• 公開日:2025.09.17
倫理的なAI開発のヒントは「バイオミミクリー」にあり
  • Sustainable Brands Staff
Image Credit: Happy_Foxy

人工知能(AI)はめざましい発展を遂げる一方で、倫理・環境的な難題を突きつける。持続可能なAIはどうすれば実現できるのだろうか──。2025年6月、この問いのヒントとなる一つの論文が発表された。執筆者であるアクロン大学(米オハイオ州)などの研究者らは、地球や社会に有益な倫理的AIの開発のためにバイオミメティクス(生物模倣技術)を活用することを提案する。(翻訳・編集=小松はるか)

論文『有益なAIの実現に向けて──生物と協調するAIを設計するためのバイオミミクリー(生物模倣)を活用したフレームワーク』は、バイオミミクリーに着想を得た有益なAIを開発するための分野横断的な仕組みづくりを目指し、認知や知覚、レジリエンスの新しい形を実現しようとするものだ。執筆者には、アクロン大学の哲学科の教授兼学科長のジョン・ハス博士と、生物学科で統合生命科学を教えるピーター・H・ニエヴィアロウスキ教授、そしてポーランドの古都クラクフのヨハネ・パウロ2世教皇庁立大学で科学史・科学哲学を担当するパヴェウ・ポラック教授、情報・AI哲学を専門とするロマン・クシャノフスキ助教授が名を連ねる。

共同研究が始まったきっかけはアクロン大学の統合生命科学研究科博士課程の講義だ。ポラック氏とクシャノフスキ氏が行ったAIに関する講義を巡り、後に共著者となる4人の研究者の議論は白熱し、哲学、生物学、コンピューターサイエンス、環境倫理を横断する共同研究が生まれた。

AIは元々、生命システムを模倣して開発されたものだ。論文は、そうしたAIの起源をバイオミミクリーの視点から捉え直し、AIの設計や実装の在り方を再考した。執筆者らは、自然界が進化の中で生み出してきたイノベーションに学ぶ「バイオミミクリー」を基盤とするAIは、よりエネルギー効率が高く、倫理的責任を果たし、生態系に根差したものになりうると主張する。

ニエヴィアロウスキ氏は「自然界は38億年にわたって課題を解決してきた。生命システムは、微生物コロニー(集団)の複雑な信号伝達から人間の脳の省エネルギー構造に至るまで、効率的で持続可能な知能の手本を提供する、習得するのに値するものだ」と語る。

自然の英知を生かし、倫理的な機械学習を

OpenAIやMeta、Googleなどの大規模言語モデル(LLM)の登場に伴い、生成AIの利用が近年、急拡大している。OpenAIの「ChatGPT」だけでも1日約10億件の質問が寄せられているという。大規模言語モデルは世代が変わるたびに高性能になり、企業はAIの高速な学習能力を生かしてサステナビリティに関わるさまざまな課題に取り組めるようになっている。しかし、AIによる電力や水などの資源への需要は膨大で、増え続けており、課題を生み出している。

仏コンサルタント企業「キャップジェミニ」の調査機関が行った最新の調査によると、日本を含む北米、欧州、アジア太平洋の15カ国12業種のうち売上高10億ドル(約1470億円)以上の企業に所属する経営幹部(部長職以上)の約半数が、生成AIの利用によって温室効果ガスの排出量が増え、自社のサステナビリティ目標の達成が危ぶまれることを認めている。

アクロン大学の研究は、AIの問題の多くは、AIの設計やユーザーとの関わりにおいて、より意識的に生態学的アプローチを取ることで解決できると論じる。これは、大規模言語モデルの計算方法にわずかな変更を加えることで、エネルギーと資源の需要を大幅に減らせる可能性があることを示した、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンとユネスコによる最近の研究を踏まえたものだ。

「現在のAIシステムは規模とスピードを優先し、持続可能性を見過ごしがちだ」とハス氏は指摘する。

「これに対し、人間の脳は低消費電力の電球ほどのエネルギーで動き、信じられないほど複雑なタスクを実行する。もし私たちが自然計算をさらに理解し、模倣できたら、同じように有能でありながらもはるかに省エネルギーなAIを設計できる可能性がある」

論文は、環境への影響にとどまらず、倫理や、人間とAIとの関係に関わる問題を掘り下げている。研究者らが主張するのは、真に有益なAIを開発するには、自然界の共生システムに見られる共感や協力、謙虚さといった倫理原則を組み込む必要があるということだ。ニエヴィアロウスキ氏は、「私たちが考えているのは、AIが人間と同じことができるかどうかだけではなく、どう振る舞うべきかということだ。AIは協力すべきか。境界を尊重すべきか。人間のニーズだけでなく生態系の均衡にも役立つべきか──考えなければならない」と続けた。

執筆者らは、バイオミミクリーはAIが地球上の生命と共生しながら進化するための指針となり、さまざまな課題に対処するのに役立つと指摘する。種間の共生のような自然界の共生関係を調査することで、人間や環境を支配するのではなく、それらと共存する「有益なAI」モデルを提案する。ハス氏は「AIと人間の価値観との調和については多くの議論がある。しかし私たちは、さらに一歩進んで、生態系やプラネタリーヘルス(人間の健康と地球の健全性を一体として捉える概念)との調和まで含める必要があると考えている」と語った。

AIは人間に代わる存在であるべきではない

今回の研究結果は、実社会の複雑な課題に立ち向かうために、科学・工学・人文科学を横断して専門家が集結するアクロン大学の統合生命科学プログラムの学際的手法を体現している。

ニエヴィアロウスキ氏は「アクロン大学では、このプログラムから発明や特許、新しい思考法といった真のイノベーションが生まれてきた」と話す。

「学生たちはすでにバイオミミクリーを材料科学やロボット工学などの分野に応用している。AIに同様の原理を応用することは次の段階として自然なことだ」

一方で、ハス氏は「AIは人間に取って代わる存在であるべきではない」と断言する。

「AIは人間とともに進化する存在になれる。自然から学び、限度内で発展し、あらゆる生命の繁栄に貢献できるということだ」

4人の研究者らは、2025年6月に開かれた『ジャーナル・フィロソフィーズ』の第1回国際オンラインカンファレンスで最優秀口頭発表賞を受賞した。9月には、ハス氏がワルシャワ工科大学で開催される「倫理とAI」がテーマの会議でも論文を発表する予定だ。

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