• 公開日:2025.09.16
排出量削減に苦慮する航空業界の切り札となるか 有望なイノベーション5選
  • Tom Idle

航空業界は多くのビジネスにとって不可欠だが、気候変動の大きな要因であり、脱炭素化を迫られている。しかし、オフセット取引だけではもはや持続可能性は達成できないようだ。そんな中、航空業界の未来を一変させる有望なイノベーションが続々と生まれている。電動航空機やクリーンエネルギーを使用した持続可能な航空燃料(SAF)の実現に向けた技術から、飛行機雲を回避するプラットフォーム、太陽光のみで自律飛行する航空機まで、航空業界に依存する企業にとっては目が離せない技術ばかりだ。(翻訳・編集=遠藤康子)

image credit: shutterstock

航空業界は早急な変革を求められている。ところが、最大の頼みの綱である気候変動対策「国際航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム(CORSIA)」はすでに失速気味だ。カーボンクレジット評価機関シルベラの最新報告書によると、CORSIAの要件に適格したカーボンクレジットを発行したプロジェクトはたったの1件。航空会社がオフセット取引を通じて排出量目標を達成できるよう後押しをするのがCORSIAの目的であることを思えば、供給不足としか言いようがない。コロナ禍以降、国際線の運航が回復基調にあることから、事態はなおさら深刻だ。ボランタリー炭素市場(VCM)は需要に追い付くことができず、航空会社は気候対策面で大きな不信を買う恐れがある。

CORSIAはもともと、問題を全面的に解決するための制度ではない。とはいえ、供給不足という事態によって、より根深い真実が浮き彫りになった。航空業界は、オフセット取引だけで持続可能性を実現することなど到底無理であり、航空会社と航空機メーカーは発生源で排出量を削減できるような、実現可能で大規模に展開し得る手段が必要だということだ。

政策は遅々として進まず、代替ジェット燃料は依然として限界がある。その一方で、イノベーションの世界ではより有望な動きが見られ、航空業界の持続可能な未来を塗り替えるような新技術が次々と誕生している。いまだ初期段階にある技術が多いものの、その先には、オフセット取引の必要性が増すよりむしろ減っていく未来が見えてくる。

本稿では、航空業界の排出量削減を後押しする注目すべき新技術を5つ紹介しよう。問題解決の切り口はそれぞれ異なるが、全てを組み合わせれば、よりクリーンな航空業界の未来予想図をほんの少し垣間見ることができる。

1.軽量で充電不要のセラミック燃料電池

image credit: Gretchen Ertl

米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、液体ナトリウム金属を使った燃料電池を開発した。航空機の電動化を阻む最大の課題の一つであるバッテリーの重さを解消することが目的だ。

同大が開発したのは、再充電しなければならない従来のバッテリーと違い、安価な液体ナトリウムで動くシステムだ。エネルギー密度は現行のリチウムイオン電池より高く、3倍を超える可能性がある。重荷となっている現在のバッテリーを排除し、電動航空機の商業利用を実現するのが目標だ。

  • 技術的な仕組み

このシステムの軸は、液体ナトリウム燃料と大気とを隔てる固形セラミック電解質だ。大気中の酸素は幕を通過するとナトリウムイオンと反応し、電気が発生する。この方法なら、バッテリーと違って充電が要らず、ナトリウムを補給するだけで済むため、軽量化され、エネルギー密度も高くなる。また、反応性のある2つの成分は分離されており、酸素は不燃性なので、安全性も増す。現時点では、試作機はまだ小型だが、拡張が可能で、MITのスタートアップ支援事業「ザ・エンジン」に拠点を置くプロペル・アエロが現在、開発を進めている。

  • 環境意識の高い企業が注目すべき理由

航空業界は2024年だけでも化石燃料の消費量がおよそ990億ガロンに上り、いまだもって脱炭素化が最も困難な分野の一つだ。しかし、この技術の規模を拡大すれば、短距離と中距離の航空便で使われている化石由来ジェット燃料の量を段階的に減らし、最終的にはゼロにできるかもしれない。商用フライトによる環境負荷の低減、サプライチェーンの脱炭素化、画期的な技術への投資といった形で気候変動に力を入れている企業にとっては見逃せないチャンスだ。これは単なる燃料電池ではない。航空業界におけるネットゼロ実現への道となる可能性がある。

2.ポリスチレン廃棄物をSAFの原料に転換

image credit: Fred Zwicky

米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の研究チームが、梱包材や容器として使われて廃棄されたポリスチレンをエチルベンゼンに変換する手法を開発した。エチルベンゼンは航空燃料の性能を向上するために使われる主要な芳香族炭化水素だ。

芳香族炭化水素は、燃料システムを密閉して漏れを防止し正常に燃焼させる上で必要不可欠なもので、ジェット燃料の8%から25%を占めている。ただし、SAFにはこの芳香族炭化水素が十分に含まれていないケースが多く、そのことが使用の制約要因の一つとなっている。イリノイ大学が開発したこの画期的な技術を用いれば、より安全性に優れ、大規模展開が可能なSAF混合燃料が実現するかもしれない。

  • 技術的な仕組み

ポリスチレン廃棄物をエチルベンゼンに変換する際に欠かせないのが熱分解だ。まず、ポリスチレンを加熱してスチレン濃度が高い液体に分解する。そこに水素を加え、粗エチルベンゼンを生成した後、蒸留して純度を90%に高める。それをSAFと混合すると、化石燃料由来の代替品と同じ用途で使えるようになる。

このエチルベンゼンはさらに、石油由来エチルベンゼンと比べ、排出量が50%から60%も少ないという注目すべき結果がライフサイクル分析で示された。生産コストが安いというおまけもつく。

いまだ実験段階ではあるものの、研究チームはこのプロセスを継続的に試験運用できるよう規模拡大を目指している。また、原料を安く安定的に確保するため、廃棄物の排出から回収、処理、最終処分に至る一連のルートと提携する仕組みを構築中だ。

  • 環境意識の高い企業が注目すべき理由

廃棄物の削減、排出の抑制、SAFの性能向上という複数の課題を一気に解決してくれるのがこのイノベーションだ。航空貨物や商用フライトを多用する企業には、低炭素型の航空業界に向けた現実の道筋が見えてくる。循環型経済を目指す企業は、目の前のごみが文字通り明日の輸送を支える燃料になり得ることに気づかされるだろう。

3.再エネで大量生産する次世代のSAF

image credit: Metafuels

スイスのスタートアップ、メタフューエルズが、再生可能エネルギーを動力とした持続可能な合成航空燃料「e-SAF」の大量生産プロセスを他に先駆けて開発中だ。その際に用いられるシステムを「Aerobrew」と言う。SAFはかねてから航空業界の脱炭素化にとっての鍵だと考えられてきたが、生産コストの高さと大量生産の難しさが足かせとなってきた。そこでメタフューエルズが取り組んでいるのが、高収量で低コストの代替策であり、既存の航空機を改造しなくても、化石由来ジェット燃料に代わって使える可能性がある。

  • 技術的な仕組み

Aerobrewのプロセスではまず、再エネを動力にした電気分解でグリーン水素を生成し、直接空気回収技術(大気中のCO2を直接分離・回収する方法)などを利用して回収したCO2と混合する。そうしてできた原料からグリーンメタノールを合成した上でSAFに変換する。Aerobrewは他のSAF製造方法と違い、メタノールからジェット燃料に変換する際の効率を最大化するため、収率が大幅に上がり、生産コストを削減できる。

Aerobrewで完成した燃料は、既存のエンジンやインフラを改造せずにそのまま使えるドロップインタイプなので、あらゆる航空機に使用可能だ。メタフューエルズはスイス政府からの補助金500万ドルを含む2200万ドルを元手に、商業規模の生産へと動き始めている。2024年には再エネ企業ヨーロピアンエナジーとの提携でデンマークに施設を建設することが発表された。この新施設では、1日当たり1万2000リットルのe-SAFが生産される見込みだ。

  • 環境意識の高い企業が注目すべき理由

航空業界から排出されるCO2は急増している。それを阻止できる最も有望な手段の一つは依然としてSAFである。ただし、SAFの前には大規模な展開が可能かどうかという問題が立ちはだかっている。その点、メタフューエルズが開発した技術なら、SAFを再エネと炭素回収の力を借りて、実際に大規模生産できる道を開く。世界的に事業を展開する企業や物流企業、意欲的な気候目標を掲げる企業が同社のイノベーションを活用すれば、クリーンな空が現実のものとなり、電動飛行機や水素飛行機が実現するまで何十年も待たずに済むかもしれない。

4.環境に有害な飛行機雲の形成をAIで阻止

image credit: chamillewhite

飛行機雲はご存じの通り、空を飛ぶジェット機の後に尾のごとく形成される雲だ。ところが、日中は太陽光を反射するが、夜間はその熱を地球に封じ込めてしまうため、意外にも気候にとっては大きな脅威である。実際、飛行機雲は航空業界による気候影響の最大60%を引き起こしている。この飛行機雲についてはつい最近まで、形成を回避するのは複雑すぎて困難だと考えられてきたが、英国に拠点を置く気候テック系スタートアップのサテイビアがその常識を覆そうとしている。同社は、航空会社が飛行機雲を形成しにくい飛行ルートを計画できるAI活用型プラットフォーム「DECISIONX」を開発した。これを使えば、新型の燃料やハードウェアがなくても排出量を削減できるのだ。

  • 技術的な仕組み

サテイビアのDECISIONXは、高解像度の気象予報、航空機の性能データ、大気モデリングを活用して、飛行機雲が形成されやすい場所とタイミングを予測するシステムだ。地球の大気を再現した独自のデジタルツイン「5-DX」を基盤にしており、利用する航空会社は飛行ルートを変更したり、高度を微調整したり(わずか数百フィートの場合もある)して、飛行機雲が形成される幅の狭い大気層を回避できる。わずかに調整するだけでも、温暖化を防止する効果があるという。

DECISIONXには、こうしたルートや高度の変更で生じた気候インパクトを定量化できるという利点もある。航空会社は、飛行機雲の形成回避で得た効果をのちに炭素換算値に換算し、認証を受けてVCMで取引可能な単位に変換できるのだ。DECISIONXの運用はすでに始まっており、アラブ首長国連邦のエティハド航空は2023年、DECISIONXを日常運航に組み込むべくサテイビアと複数年の契約を結んだ。

  • 環境意識の高い企業が注目すべき理由

サテイビアが開発した技術は非の打ちどころのない気候緩和策だ。新しい機体は不要で、多額のコストもかからず、賢い飛行ルートを選んで飛ぶだけでいい。商用フライトや航空貨物によるスコープ3排出量を懸念する企業は、飛行機雲の形成回避を支援することで、気候インパクトを目に見える形で削減できる可能性がある。また、時として信頼性に疑問の残るオフセットと違い、科学的に裏付けられたカーボンクレジットを取得することも可能となるだろう。

5.太陽光だけで長時間飛行できる自律型航空機

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米スタートアップのラディカルが、高高度を何カ月もの間着陸せずに飛び続けられる自律型航空機を開発した。その電力源は太陽光のみだ。従来の航空機はCO2を大量排出するが、ラディカルの超軽量航空機は排出量がゼロで、気候監視から通信まで幅広い分野での活用が見込まれている。

  • 技術的な仕組み

ラディカル製の航空機は太陽光パネルで充電できる搭載型バッテリーを動力源とし、高高度を持続して自律飛行する。人工衛星と違い、一定の位置に長く滞空できるため、広範囲をカバーする高解像度データをリアルタイムで提供することができる。想定されている活用法としては、山火事や気象システムのモニタリング、海上での違法行為の監視などがある。また、モバイル通信やインターネット接続用の低軌道プラットフォームという用途もあり、ブロードバンドを端末に直接提供することも可能だ。

ラディカルのイノベーションは単なる理論ではない。同社は2023年に小型の試作機でテスト飛行を実施した後、シードラウンドで450万ドルの資金を調達。ベンチャーキャピタルのスカウト・ベンチャーズやYコンビネータなどが支援者に名を連ねた。次なるステップは、1年以内に実物大の試作機でテスト飛行を実施し、長期間の飛行が可能だと証明することだ。

  • 環境意識の高い企業が注目すべき理由

ラディカルの技術が目指すのは、乗客の輸送ではなく、よりスマートで気候ポジティブなインフラの実現である。農業や環境保護、電気通信、ESGレポートに関わる企業にとっては、従来の人工衛星システムより低コストで解像度が優れている上に、CO2を一切排出せずにデータ収集や通信を継続できる解決策だ。航空業界のイノベーションは、もはや単なる航空輸送の枠にはとどまらず、地球にとって望ましい事業目標の達成を直接後押しする段階に達している。

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