
ソースといえば、ブルドックソースを思い浮かべる人も多いでしょう。東京生まれの会社ですが、関西の方にとっては、むしろグループ会社のイカリソースのほうが身近に感じられるかもしれません。いずれのブランドも、多くの人が一度は手に取ったことがあるほど親しまれています。食卓に並ぶ濃い色のソース容器は、家庭ごとの思い出や日常に自然に溶け込み、暮らしの風景の一部となっています。
ブルドックソースは東証プライム上場企業で、海外にも商品を展開していますが、実は従業員数は本体で200数十人、イカリソースを含めても300人ほど。この数字を聞くと、ほとんどの方が「えっ、そんなに少ないの?」と驚きます。商品やブランドの知名度からすれば、もっと大きな組織を想像する人が多いでしょう。でも、だからこそ一人ひとりの役割が大きく、全員の距離感も近い。中堅企業ならではの強みと温かさが、ここにあります。
そんな同社には、サステナビリティの専門部署はありません。経営企画室のメンバーが日常業務と並行して推進役を担っています。私の経験でも、従業員が数百人規模の企業で専任部署を置いている例はまれで、多くは兼任体制。大企業のように人数を割けない分、担当者の熱意や柔軟さがそのまま成果に直結します。
私がブルドックソースと初めて関わったのは2021年。当時、各部署では環境・社会に配慮した取り組みを進めていましたが、全社的なサステナビリティに関する重要活動テーマが明確になっていませんでした。ちょうど長期ビジョンと次期中期経営計画の策定期。「このタイミングでサステナビリティをしっかり組み込みたい」と、経営企画室の執行役員と課長の熱意から声をかけていただきました。
迷っている時間はない
最初のゴールは明確でした。
「サステナビリティの重要活動テーマを決める。それを長期ビジョンや中期経営計画に反映させる」
通常、このプロセスには半年以上かかります。資料を集めて分析し、インタビューや複数回のワークショップを実施、中間報告を経て最終承認に至ります。しかし、従業員200人規模の会社で、多くの従業員を長時間拘束するのは容易ではありません。さらに、長期ビジョンや中期経営計画との整合を取るためにも、時間的な余裕はほとんどありませんでした。
そこで出た結論は、「超集中の1日ワークショップ」。
1日で重要活動テーマの洗い出しから優先順位付けまでをやり切る、まさに短期決戦です。「本当に1日でできるの?」という不安もあったと思いますが、参加メンバーの選び方と当日の進め方を工夫すれば可能だと確信していました。
熱気に包まれたワークショップ
ワークショップは朝からスタート。会議室に入ると、長テーブルの上には模造紙や付せん、マーカーがずらり。最初は少し緊張した雰囲気でしたが、アイスブレイクを経て、次第に笑顔や相づちが増えていきました。

流れはこうです。
① 事業活動の棚卸し
自社の事業を通じて社会や環境に与えるプラス面・マイナス面を洗い出し、インパクトの大きい順に並べます。製造、調達、物流、販売……普段は交わらない視点がぶつかり合い、思わぬ意見が飛び出します。
② バリューチェーン視点での確認
抽出した課題を調達から販売までの全バリューチェーンで再確認。漏れや見落としはないか、どこに大きな影響が集中しているのか、サプライヤーとの連携は必要か……真剣な議論の中に、時折笑いも起きます。
③ 重要活動テーマへの集約
似た内容や関連性の高い活動をグループ化し、5つ前後の重要活動にまとめます。
④ 全体発表と統合
各グループが発表し、全員で共通する活動を確認。一部のグループしか挙げなかった意見でも、「これは外せない」と全員が合意すれば採用します。
この日、意見をしっかり出せる参加者が多く集まり、会場はファシリテーターの声がかき消されるほどの熱気に包まれました。あまりのにぎやかさに、思わず「うるさい! ちょっと静かにして聞いて!」と声を張り上げた瞬間も。短時間で深い議論を引き出せたのは、事前の準備と人選が功を奏したからだと思います。
執行役員も一緒に汗をかく
特筆すべきは、商品企画、製造、経営企画の執行役員もグループワークに参加していたこと。さらに、社外取締役が見学に入り、プロセスを見届けてくれました。役員が参加すると場が固くなることもありますが、この日はむしろ逆。活発なやりとりが増えました。その後の社内承認もスムーズに進んだことでしょう?!
ワークショップ後、経営企画室が内容を整理し、発表された長期ビジョンでは、「サステナブル・バリューチェーンの実現」が戦略の柱の一つとして明記されました。この一体感こそが、今回の取り組みの最大の成果です。
ブルドックソースに学んだ3つのこと
この経験から得た学びは3つあります。
- 経営とサステナビリティは切り離せない
ワーク準備中も長期ビジョンの進捗を経営企画室の執行役員や課長と共有しながら、当日の勉強会資料も調整して臨みました。
- 短期間でも十分な成果を出せる
人選と準備が整っていれば、短期間でも重要活動テーマを固められる。
- ワークショップは社員浸透策にもなる
参加者は約20人。ワーク後には「それってサステナ的にどうなの?」という会話が日常業務の中で交わされるようになったそうです。中堅企業の規模だからこそ、このスピードと浸透力が実現します。
今回の取り組みを通じて強く感じたのは、人がつなぐ力です。
ワークショップ当日、グループを力強くリードしてくれた商品企画の執行役員は、その後の役員人事で経営企画室担当の取締役に就任しました。新しい立場から、サステナビリティの戦略と実行を、現場を巻き込みながら前に進めています。また、2021年に当時の執行役員と共に私に声をかけてくれた課長は、現在も経営企画室の課長として活躍しています。多忙な日々の中でも熱い思いを失わず、新たな課題に真正面から取り組んでいます。お二人のその姿を見るたびに、私も大きな勇気とエネルギーをもらっています。このプロジェクトは、重要活動テーマを決めたら終わりではありませんでした。社員同士が信頼を深め、サステナビリティを「自分ごと」として育てていく、その過程そのものだったのです。
【参照サイト】 ・ブルドックソースのサステナビリティ重要活動テーマがこちらです。現在は、アクションプランも追加されています。 https://www.bulldog.co.jp/sdgs/ ・ブルドックソースの長期ビジョン/中期経営計画がこちらです。VC戦略(VC=バリューチェーン)の重点戦略1「サステナブル・バリューチェンの実現」として組み込まれています。 https://www.bulldog.co.jp/company/management_plan.html |

今津 秀紀
株式会社Sinc 統合思考研究所 客員研究員/ SustainWell Imazu(サステインウェル いまづ)代表
元TOPPAN株式会社 SDGs事業推進室 室長 兼 TOPPANホールディングス株式会社 社長戦略室 SDGsビジネス担当。サステナビリティを軸にしたコーポレートコミュニケーションの専門家。現在は、重要課題の特定や目標設定など、サステナビリティ経営推進の支援を行っている。企業情報サイトランキング1位、サステナビリティ報告書賞 最優秀賞、エコサイトランキング1位、Green Good Design賞等、顧客企業への貢献実績多数。学会「企業と社会フォーラム」副会長。一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク事業連携アドバイザー。