
2025年7月、厚生労働省が発表した「雇用均等基本調査」によると、男性の育児休業取得率が40.5%と過去最高を更新し、初めて4割を超えた。社会的な機運は高まる一方、取得期間の短さや企業規模による格差など課題は多く、「取得すること」の目的化も否めない。男女が平等に育児とキャリアを担う社会を実現するために、制度の整備だけでなく、一人ひとりの意識や家庭内に根付く「当たり前」をどうアップデートしていくかが問われている。
そんな中、ジェンダー平等の先進国であるスウェーデン発のイケア・ジャパンは、「家での平等」を考えるプロジェクト「Life at Home 2050」を推進する。同社が制定した「やっぱり家の日」である8月1日には、産官学の有識者を招いたシンポジウムが開催された。
「自分は同居人よりも多くの家事を担っている」
イケアがグローバルで掲げるビジョンは「より快適な毎日を、より多くの方々に」。これは単に商品を届けるだけでなく、人々の暮らしにポジティブな影響を与えるという哲学だ。イケア原宿(東京・渋谷区)で開かれたシンポジウムの冒頭、イケア・ジャパンのペトラ・ファーレ代表取締役社長兼Chief Sustainable Officerは「平等は家庭から始まる、と私たちは伝えています。なぜなら、平等や公平という価値観や経験は家の中で育まれると信じているからです」と力強く語った。

イケアが目指すのは、完璧な家ではなく、日々の小さな瞬間に「この家が好き」と感じられる暮らしだ。そのためには、家庭内で無意識に存在する固定観念を乗り越える必要がある。
しかし、同社が毎年グローバルで実施している「Life at Home Report」によれば、日本の家庭におけるジェンダーギャップは依然として大きく、「自分は同居人よりも多くの家事を担っている」と回答した人の割合は、グローバル平均に比べて日本では男女間の差が顕著だ。この社会構造的な課題に対し、イケア・ジャパンは「家から始まる小さな変化」を後押しする。
対話と学びで無意識の固定観念を解きほぐす
「家での平等」は、働き方や教育などさまざまな要素が絡む課題だ。そこで2024年に発足したのが、産官学民が連携して未来の暮らしを共創するプロジェクト「Life at Home 2050」。プロジェクトを牽引する同社の大谷陽子氏は、「近い未来を考えると、どうしても今の延長線上で限定的な考えになりがち。だからこそ、25年先というまだ余白のある未来に目を向け、より自由に、伸びやかに自分たちが望む暮らしを大胆に描いていこうとしている」と意図を説明する。

プロジェクトが掲げる「未来の暮らし共創宣言」は、「ボーダレスな対話と学びほぐしを通して、暮らしの当たり前を解放します」というもの。「お母さんはこうあるべき」といった無意識の固定観念が選択肢を狭めることのないよう、多様な人々との対話を通じて、誰もが自分らしく生きられる社会を目指す。
対話のきっかけは1冊の絵本から

「対話」を生み出す具体的なツールとして制作されたのが、絵本「たびする家」だ。物語は、仲良しに見える家族の心の中に、実は「モヤモヤ」があることに気づいた「赤い家」が、その原因を探すために家族を連れて旅に出るというストーリー。旅の途中で、さまざまな世代やジェンダーで構成された家族の暮らしに触れ、家族は「自分たちらしい暮らしとは何か」を考え、対話を始める。イラストは、特定の固定観念を抱かせないよう、登場人物の国籍やジェンダーがあいまいに描かれ、名前もジェンダーニュートラルなものが採用された。
絵本は読み手の想像力を引き出し、自然な形で気づきを促す。そして、親と子が一緒にページをめくる時間そのものが日常の対話のきっかけとなる。イケア・ジャパンは、この絵本から生まれる、暮らしや生き方、価値観といった人生に関わる対話を「ビッグトーク」と名付け、その重要性を訴える。日々の何気ない会話に加え、時には立ち止まってお互いが本当に大切にしていることを語り合うことが、「家での平等」への第一歩だという。
「家庭と社会は地続き」 産官学の有識者が議論

シンポジウム後半のパネルディスカッションでは、産官学それぞれの立場から、さらに議論が深められた。認定NPO法人フローレンスの前田晃平氏は、自身の育休経験を踏まえ、育休の「質」の課題を指摘。「『一家の大黒柱』という昭和的な価値観から解放されたことで、自分自身が納得感のあるキャリアを歩めるようになった」と語り、家庭内の平等が男性自身の生き方も豊かにすることを示した。
UN Women(国連女性機関)日本事務所長の焼家直絵氏は、国際比較データを提示。「世界では女性は男性より1日平均2.5倍、日本では4倍以上の時間を家事関連に費やしている。家庭内のケア労働負担の不平等が、職場での女性のキャリアアップを阻害していることは明らか」と述べ、家庭と職場が地続きの問題であることを強調した。
モデレーターを務めた東京科学大学の治部れんげ准教授は、「メディアや広告が発信するイメージが、社会の『当たり前』を形成する上で大きな影響力を持つ」とも指摘。今回の絵本のようなコンテンツが、子どもたちの世代から固定観念をなくしていく上で重要だと評価して議論を締めくくった。

「たびする家」の最後のページは、「2050年、どんな暮らしをしていたいか?」を自由に考え、書き込めるようになっている。絵本を起点とした小さな対話が、誰もが自分らしく、心地よく暮らせる社会を築くための、確かな原動力になるのかもしれない。
横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。