
昨今の情勢を受けて「サステナビリティは岐路に立っている」という見方がある。しかし、米国の独立系広告代理店パブリックで調査責任者を務める筆者は、その考えを強く否定する。消費者の期待などを考えれば、企業にはサステナビリティを推進しないという選択肢はもはや残されておらず、それを裏付ける調査結果もある。また、サステナビリティについて発信することも重要だ。論点を絞り、専門用語を使わず、人々の視点に立って伝えることが効果的だ。(翻訳・編集=茂木澄花)
私たちの前にあるのは一本道だ
「サステナビリティは岐路に立っている」という考えが本当に嫌いだ。この考え方の裏には、私たちの前に実現可能性の等しい2つの道があるという認識がある。1つは人と地球を尊重する道、もう1つは野放しの資本主義と台頭するナショナリズムを押し通す道だ。
だが、私たちは岐路に立ってなどいない。短期的にはサッチャーやフリードマンの考え方が主流だった時代もあったかもしれないが、もはやそうではない。目の前にあるのは、母なる自然が私たちのために築いた、明確な一本道だ。
ボストン・コンサルティング・グループのティム・モヒン氏は、最近ポッドキャストで配信されたインタビューでこう語っていた。「米国における自然災害の多くは気候変動に関連したもので、過去1年間の被害額はGDPの約2%に上った。世界一の経済大国でGDPの1%を超えるというのは、大変なことだ。これにより保険業界は対応を迫られているが、サステナビリティ推進を促す市場要因として、これは氷山の一角にすぎない」
企業はもはや、サステナブルな企業になるか否かを選択する段階にない。取り組みの根拠はリスク緩和かもしれないし、失われつつあるものを再生することかもしれないが、政治より地球が優先であることを企業はよく認識している。行動を起こさなければ、自社の事業より地球が優先されるであろうことも分かっている。だからこそ、企業は気候関連の目標を引き上げ、改善し、サステナビリティのための投資を続けているのだ。
今、本当に問うべきことは、企業が行動を起こしているか否かではなく、サステナビリティについて発信しているかどうかだ。多くの企業は発信をしておらず、S&P 500を構成する企業の決算説明会におけるサステナビリティへの言及は、過去3年間でなんと76%も減少した。
それもそのはずだ。急激な経済的変化、地政学的変化、文化的変化に乗り遅れないよう、自社のコミュニケーションと広報の機能を「十分に整備できている」と感じているCEOはたった17%しかいない。
CEOたちは、政治的な逆風や、サステナビリティ意識の高まりに反発する「反ウォーク」の人々からの反発を避けることに気を取られている。そのあまり、サステナビリティに取り組み、発信することが確かな成長戦略であるというプラスの面を無視しているのだ。
サステナビリティの取り組みと発信が必要である理由は次の通りだ。
1.将来を見越したリーダーシップが消費者から期待されている
- 米国の消費者約1000人を対象とした調査では「DEIと気候変動対策活動の両方を継続することを企業に期待している」と回答した人が、支持政党や世代を超え、70%以上に上った。【グローブスキャン「米国内のサステナビリティ(Sustainability in the USA)」(2025)】
- 米国とカナダの消費者の7割が「企業はサステナビリティと倫理的な活動にもっと取り組むべきだ」と回答した。【パブリック「配慮ある消費者に関するレポート(Conscious Consumer Report)」(2025)】
2.消費者は自身の価値観に従って買い物をしている
- 過去1カ月にサステナブルな製品を購入したと答えた米国の消費者は、2024年7月の43%から、49%に増加した。【グローブスキャン】
- 半数以上の消費者が、社会、倫理、環境に関する理由から、特定のブランドを買い控える(ボイコット)か、積極的に購入する(バイコット)可能性があると答えた。【パブリック】
3.サステナビリティは事業成長を促進する
- 環境に配慮した米国内の小売店は、従来型の小売市場よりも71%早いペースで成長している。2025年に米国の消費者が購入する環境配慮型商品の総額は、2170億ドルになると予想されている。2032年には、環境に配慮した小売店の市場価値が、総額4000億ドル以上になるとの予測もある。【キャピタルワン】
4.価値観はブランド・ロイヤルティの基盤である
- 世界的な広告会社であるオグルヴィが最近実施した調査によると、真のブランド・ロイヤルティは、共感、共通の価値観、本質的なつながりを基に築かれるという。
ユニリーバ元CEOのポール・ポールマン氏は、最近次のように語った。「リーダーが送る最悪のシグナルは、沈黙だ。沈黙は弱さを表す。私は諦めました、というメッセージを伝え、自分を批判する人たちの言いたい放題にさせてしまう」
言い換えれば、中立でいることはブランドを守ることにはつながらず、ブランドの棄損になるということだ。
結論は明らかだ。サステナビリティは賭けではなく、強じんで存在意義のある企業になり、長期的な成長を遂げるために最も有力な手段だ。もはや企業には、声を上げて先陣を切るか、取り残されるかの二択しか残されていない。
サステナビリティ発信への3つのアドバイス
現在、サステナビリティに関する発信をためらう雰囲気が漂っているのは確かだ。しかし、その必要はない。周囲の声に流されず、リスクを回避するために特に有効なコツを以下に挙げる。
1.一点に集中すること
- あいまいで、いい気分にさせてくれるだけの目標を立てる時代は終わった。実質的な成果を上げ、人々に参画し続けてもらうために、自社の事業にとって重要なサステナビリティ課題に集中すること。そして、その中でも特に優先度の高い課題を選び、それについて徹底的に発信することが重要だ。
2.専門用語を排すこと
- サステナビリティに関するコミュニケーションは、実際の日常生活では誰も使わない、まわりくどい言葉遣いにとらわれてきた。「地球沸騰化」などといった用語の代わりに、「汚れ」「きれいな水」「健康」「生活費」といった、みんなが食卓で話すような言葉を使おう。それで信頼性が足りないようなら、書き換えればよい。
3.個人的な話にすること
- 人間と地球のことを気遣っている人でも、最優先事項はやはり自分自身と家族のことだ。身勝手などではなく、人間とはそういうものだ。人々と同じ目線に立って、快適、便利、節約、安心といった実生活におけるメリットと価値観を結び付けるメッセージを伝えよう。
パブリックが最近公表した「配慮ある消費者に関するレポート(Conscious Consumer Report)」では、サステナビリティに関するコミュニケーションを通じて人々を動かす方法についてより詳しく説明している。