
持続可能な社会の実現には、教育と企業が連携し、次世代とともに課題に向き合うことが不可欠である。「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」の本セッションでは、「ESDが拓(ひら)く社会 次世代と共に問いを立てる――教育現場と企業による対話」をテーマに、企業人、教育者、そして現役大学生という多様な登壇者が、「問い」を起点とした新たな社会づくりの可能性を探った。ESDとは「持続可能な開発のための教育」を意味する、日本発の教育理念だ。
Day 2 ブレイクアウト ファシリテーター 岡山慶子・朝日エル会長 パネリスト: 吉川美奈子・アシックス エグゼクティブアドバイザー 白浜一志・プライムライフテクノロジーズ 技術企画推進部長 住田昌治・湘南学園 学園長 長岡大熙・東京大学 教養学部教養学科超域文化科学 言語態・テクスト文化論コース4年 |
イノベーションの源泉は若手社員の「問い」だった

アシックスの吉川美奈子氏は、最初に、同社が2023年に開発した世界最小CO2排出量シューズの開発秘話を紹介した。このシューズは従来品の4分の1以下となる1.95kgのCO2排出量を実現し、環境省気候変動アクション大賞などを受賞している。
注目すべきは、このイノベーションの発端が研究所の若手社員からの「問い」だったことだ。会社として2050年ネットゼロという野心的な目標を掲げる中、その社員は「今のままでいいのか。究極の製品を作らないと、ネットゼロなんて達成できないんじゃないか」と疑問を投げかけたという。
吉川氏は「戦略が降りてきたら、今までのやり方を少し改善してやっていくのが一般的。でも彼は『今のままでいいの?』と問いかけ、ゼロから考えましょうと提案した」と振り返る。この問いかけが、従来のシューズ開発の常識を覆す革新的な商品づくりにつながったのである。
時代の変容に応じて、目の前の課題に向き合う

大手住宅メーカーと建設会社とがタッグを組んでまちづくり事業を手がける、プライムライフテクノロジーズの白浜一志氏もまた、ミサワホームでの家づくりという仕事を通じて、新たな問いを立て続け、それを形にしてきた一人だ。
1990年代には、他の先進国と比べても家財道具の多い日本人の暮らしに合った、「蔵のある家」シリーズを開発。東日本大震災後は住宅の原点である「人を守るシェルター」としての役割に立ち返り、減災に向き合った建築仕様を追求してきた。さらに「ハウスメーカーとして地球規模の課題に何ができるのか」という観点でテーマを立て、気候変動対応としてのZEH(ゼロエネルギー住宅)の推進やオフグリッドシステムの実証実験などに挑戦。現在も、町全体の電力を再生可能エネルギーで賄う目標に向け、試行錯誤を続ける。
「その時代時代の変容に応じて、目の前の課題に向かって仕事をしてきたということになる」と白浜氏は、1建築人、1企業人としての自身のキャリアを振り返った。
教育現場で育まれる「正解のない問い」への挑戦

一方、教育現場では既に「問い」を中心とした学びが実践されている。湘南学園の住田昌治氏は、高校2年生が自ら問いを立てて論文を書く取り組みを紹介した。
「校長先生の話は長いのか」という身近な疑問から、「安楽死は日本で合法化すべきか」「湘南学園において生成AIを導入する方法はあるのか」といった社会的課題まで、生徒たちは多様な問いを設定し、調査・分析を行っている。
住田氏は教育現場の変化について「正解がない時代になっている。答えを持っていない問題の中で子供たちも生きている。自ら問いを設定し、対話を通じて試行錯誤していく」と説明する。失敗も「経験として捉え」、自ら考えて判断し行動する力の育成が重視されているのだ。
地方出身学生が見つめる教育と企業連携の可能性

東京大学4年の長岡大熙氏は、福井県勝山市出身の立場から地方教育の実体験を語った。中学時代に参加した「勝山まちづくりプロジェクト」では、地元を「美しく、元気に、有名に」するための活動を展開し、NPO法人「日本持続発展教育(ESD)推進フォーラム」による「ESD大賞中学校賞」を受賞した。
しかし、長岡氏が指摘するのは教育現場が抱える構造的課題だ。地元の教師へのインタビューから、「教員の負担増加」と「異動による継続性の困難」という2つの課題が浮き彫りになった。
「誰か1人の先生に、いろんなつながりやノウハウがあっても、その先生が異動してしまうことで、学校として行っていたことを次の世代につなげることが難しくなる」と長岡氏は語る。
この課題解決の鍵として、長岡氏は「学校ができないことの“補完役”としての企業との連携」を挙げた。例えば、地元の縫製会社が家庭科の授業を行い、「ここは、まち針よりも、テープを使用した方が早く縫える」といった、教科書にはない知識を伝授した事例を紹介。「企業の専門的な知識が、生徒たちの視野を広げる役割がある」とその価値を強調した。
双方向の価値創造を目指す新たな関係性
セッション後半では、教育現場と企業による対話の可能性が議論された。住田氏は、出前授業のような、従来の一過性的な企業プログラムから、「双方向性」と「長期的な関係性」の重要性を指摘。「ずっと長く付き合っていただけるような関係性をどう作るかが、学校と企業との連携では重要」と述べた。
吉川氏は教育の社会的意義について独自の視点を示した。「問いを立てて実行していく人たちが大人になって購買力を持ったとき、新しい視点で物を選んで買う。良き消費者を輩出している」と評価し、ESD教育を受けた人材が社会を変革する原動力になると期待を示した。
白浜氏はESDを通じた企業側の学びにも言及し、「客観的な物差し」としての教育機関の価値を強調。「企業の理屈だけでなく、第三者の目が入ることで、しっかりとした取り組みができる」と産学連携のメリットを語った。
長岡氏は地方創生の観点から、「外に出た人がいつでも安心して帰ってこられる環境を作っていく」ことの大切さを強調。教育によって故郷への愛着を育み、将来の地域貢献につなげる循環の創出を提案した。
このセッションを通じて明らかになったのは、持続可能な社会の実現には「問い」を起点とした学習と実践の循環が不可欠だということだ。教育現場で育まれた探究心と行動力を持つ次世代と、専門性と実行力を備えた企業が手を組むことで、革新的な解決策は生まれる。共に未来を創造する、真のパートナーシップ構築の可能性を強く感じた。
いからし ひろき
プロライター。2人の女児の父であることから育児や環境問題、DEIに関心。2023年にライターの労働環境改善やサステナビリティ向上を主目的とする「きいてかく合同会社」を設立、代表を務める。