
団塊の世代が75歳以上の超高齢化社会を迎えた2025年、医療や介護の人材不足や医療費の増大など、医療を取り巻くさまざまな課題が叫ばれている。今後さらに高齢世帯の孤立化や地域格差の広がりが避けられない中、誰一人取り残さない社会を実現するには、どんな手を打っていけばよいのか——。本セッションでは、介護予防と看護、在宅医療の第一人者が登壇し、それぞれの現場における課題や視座を共有しつつ、誰もが身体的、精神的、そして社会的にも満たされた状態にあるウェルビーイングなまちづくりへとつなげていくための方法論が議論された。
Day2 ブレイクアウト ファシリテーター 岡山慶子・朝日エル会長 パネリスト 飯島勝矢・東京大学 高齢社会総合研究機構 機構長/未来ビジョン研究センター 教授 福井トシ子・国際医療福祉大学 大学院 副大学院長 山中光茂・医療法人社団しろひげファミリー しろひげ在宅診療所 院長 |

ファシリテーターを務めた岡山慶子氏は冒頭、自身が30年ほど前に米国のヘルスケア・ビレッジを視察したことがきっかけで、本セッションを貫くテーマである「ウェルビーイングなまちづくり」の概念と出会ったことを紹介。その上で、「ヘルスケアは、今や一言では包括できないほど複合的な社会課題となっている。今日は登壇者の先生方に、それぞれのご専門のところから、提案や情報をいただき、議論を深めていきたい」と呼びかけた。
従来のアプローチからの脱却を——飯島氏

東京大学の高齢社会総合研究機構で機構長を務める飯島勝矢氏は「健康長寿と幸福長寿の両立」に向け、「日本全体を視野に入れた課題解決型の地域実装」の必要性を強調。75歳以上の高齢者の、「フレイル」と呼ばれる心身虚弱の状態は、閉じこもり傾向が強いといった社会的側面に表れ、その割合は自治体の取り組みによって大きな差異があることから、産官学民が協働し、従来の固定化したアプローチを脱却して取り組むよう訴えた。
そうした考えから、同機構では、フレイル予防を軸とする次世代型の自助互助システムの構築に注力する。その最たる仕掛けが、全国26都道府県の104市区町村(2025年3月時点)が導入する「フレイルサポーター」活動だ。高齢者同士がお互いの状態をチェックし合いながら、フレイル予防への意識を高める住民主体の取り組みで、参加者の地域貢献と生きがいにもつながっているという。
「幸福長寿の価値を、高齢者自身に感じていただくことが大事。受け皿である地域コミュニティと、当事者一人ひとりの両方が一歩を踏み出していかねばならない」と飯島氏は提言した。
看護師の数を増やす=解決策ではない——福井氏

国際医療福祉大学大学院副大学院長の福井トシ子氏は、プレゼンの冒頭、「今の日本は、すべての人が基礎的な保険医療サービスを、必要な時に、負担可能な費用で享受できる状態を維持することが危うい状況にきている」と警鐘を鳴らした。
なぜなら、近所に医療施設がなく、医師や看護師がいないという「物理的アクセス」と、医療費の自己負担額が高いといった「経済的アクセス」、そしてサービスの重要性を知らない人もいるという「社会習慣的アクセス」の3つが障壁として現実味を帯びたものとなっているためだ。
2040年の高齢者人口は、2015年比で15.8%増え、85歳以上が占める割合は26.1%と、「高齢者人口のさらなる高齢化」は避けられない。すなわち高齢者の孤立化や生活機能の弱体化が進み、保険医療福祉サービスの低下が懸念される中、「制度の狭間に落ちる人をどうフォローアップしていくかが社会課題だ」と福井氏は力を込める。
そうした課題に、看護はどう向き合っていくのか——。福井氏が「看護界で今トレンドになっている」として挙げたのは、定年退職をした看護師らが地域で心身等に不安を抱える住民の相談に乗り、健康増進を支援するNPOの活動だ。
福井氏は、「健康な地域社会づくりを進める仕組みが必要。ヘルスリテラシーの向上をもっと強化すべきだ」とした上で、「単に看護師の数を増やすことが解決策ではない。ナイチンゲールの誕生日にちなんで制定された〝看護の日〟のキャッチフレーズである『看護の心をみんなの心に』の精神が地域に根付けば、社会の変化を起こすことができるんじゃないか」と会場に呼びかけた。
どんな病気、環境でも在宅医療で看取る——山中氏

東京都江戸川区のしろひげ在宅診療所は、医師や看護師、ヘルパーや栄養士ら約180人の職員が、24時間365日、全員が常勤で稼働する。開業6年目にして、毎月50〜60人の新患が来る、全国最大の在宅診療を行う事業所となった。
院長の山中光茂氏は、2009年から2015年まで三重県松阪市の市長を務めた異色の経歴の持ち主で、「国も自治体も、地域医療計画を作る中で、在宅で看取りができる環境づくりに力を入れると言っているが、この20年間、行政レベルでは全く進んでいない」と、自身もそこに身を置いていたからこそ分かる、現状の問題点を提起する。
全国で在宅診療所自体は増えているが、山中氏によると、その多くは、バイトドクターが中心だったり、夜間はコールセンターの対応のみで、緊急往診や看取りを行っているところは3割に満たない。
一方、しろひげ診療所では毎月20〜30人を看取り、年間の看取り率は85%を超える。患者の半数以上は末期がんや難病、2〜3割は重度精神疾患で、「どんなに重い病気であっても、どれだけ困難な環境にあっても、徹底してサポートする。家で完結ができる介護や生活の体制づくりを進めている」と山中氏は力説する。
法人内に「社会貢献部」を置き、引きこもりや就労が困難な人たちの居場所づくり事業にも力を入れるしろひげ診療所。山中氏は在宅診療や地域包括ケアに関して、現状では民間に頼り切っている行政システムの実態を批判しつつ、「地域のウェルビーイングを高めるために、医療と介護と生活をシステマチックにつなげる在宅診療所の役割を果たし続けていきたい」とプレゼンを締めくくった。
住民も役割と責任を負う関係性が大事
後半のクロストークは「ウェルビーイングなまちづくりとは」を軸に行われ、飯島氏は「もっともっと住民が地域で活躍できるよう、産業界とも連携して一緒にビジネスモデルをつくり、好循環を生み出していければ」と展望を語った。まちづくりというときの「まち」の単位については、市町村の単位にとらわれず、「若者から高齢者まで、より全体を見渡せるような小規模な日常生活圏」とする方が良いという。
福井氏は「頼り、頼られる関係性がまちをつくる」と強調。一方、自身の出身地で、「人口9000人の無医村」である福島県大玉村が、「国が病床の整備を図る際の地域単位となる〝2次医療圏域〟という考え方そのものが成り立たない」状態にあり、コミュニティの全体像が見えづらくなっていること、高齢者がデジタルツールをどう使いこなしていくかが課題になっていることを報告し、問題提起した。
山中氏は、まちづくりに関して「民間企業がソーシャルビジネスとして関わるなど、行政との〝明るい癒着〟を推進していくべきだ」とする持論を展開。「民間が役割と責任を負うのと同時に、住民も自分たちのこととして責任を負う。そういう関係性が大事だと思う」と呼びかけた。
宮野 かがり (みやの・かがり)
神奈川県横浜市出身。学生時代、100本以上のドキュメンタリー映画を通して、世界各国の社会問題を知る。大学卒業後は事務職を経て、エシカル・サステナブルライターとして活動。都会からはじめるエシカル&ゆるべジ生活を実践。