• 公開日:2025.06.27
学びを重視する人材流動化時代のマネジメント戦略とは
  • 小松 遥香

人材の流動化が急速に進むなか、ジョブ型人事など新たな人材マネジメントが浸透してきている。「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」では、「人材流動化時代における人的資本と多様性:未来を切り拓く人財力を構築」をテーマに、人材マネジメントにたずさわる専門家と事業者が意見を交わした。 

ファシリテーター  
須田敏子・青山学院大学 国際マネジメント研究科 教授

パネリスト  
飯田智紀・ベネッセコーポレーション 大学・社会人カンパニー 執行役員 社会人教育事業領域担当(Udemy日本事業責任者) 
川島克也・タナベコンサルティング 上席執行役員 HRコンサルティング事業部

競争力強化に向け、人事は激動の時代へ 

転職による人材流動化とともに、長らく硬直していた日本社会の採用・人材開発のあり方が大きく変化している。個人には自らの人的資本(市場性や雇用される能力)の質の向上が、企業にはそうした人材やキャリアの多様性への対応が求められている。 近年、企業の競争力強化の点から注目され、大手企業を中心に導入が進むのが「ジョブ型人事」だ。

ファシリテーターを務めた青山学院大学の須田敏子教授は2024年、『ジョブ型・マーケット型人事と賃金決定』(中央経済グループパブリッシング)を上梓した。須田氏は「人材マネジメント分野が過去30年にわたり日本経済の足を引っ張ってきた」と話し、近年の変化を「日本もようやく欧米とならぶ普通の国になってきた」と歓迎する。 

須田氏によると、人材流動化の時代において、人事の基本的な目的は「アトラクション(採用)」「リテンション(定着)」「モチベーション(動機づけ)」の3つに絞られるという。採用段階では、ジョブ型人事の浸透によって、職務に連動した人的要件のマーケットでの価値に応じて賃金を決める「マーケットペイ(市場賃金)」の活用が日本企業で急速に増えていると紹介した。 

須田氏は、過去数十年間の人事に関する調査・研究から「人的資本への投資が組織のパフォーマンス向上につながることは明らか」とし、人的資本経営の重要性を改めて強調した。 

社員の学習が企業価値に与える影響を調査

飯田智紀氏

ベネッセコーポレーションはeラーニング大手の米ユーデミーと提携し、オンライン動画学習プラットフォーム「Udemy」を展開する。現在、国内で200万人以上の個人が利用しており、法人向けサービスは約2000社に導入されているという。 

では、日本の社会人はどれほど学習をしているのだろうか。同社が18〜64歳の約4万人に行った「社会人の学びに関する調査」によると、日本人の2人に1人が「直近1年間で学習していない」と回答。「学習意欲がない」と答えた人は約4割、学習することに難しさや迷いを感じている人の割合は約65%に達する。ベネッセコーポレーション 大学・社会人カンパニー 執行役員で、Udemy日本事業責任者の飯田智紀氏は、「皆さんが情報発信をする際には、受け手がこうした状態であることを頭の片隅に置いてほしい」と呼びかけた。 

同社では、個人の学習が企業価値の向上に与える影響を調査・分析するほか、リスキリングの継続が経営にもたらすインパクトを伝え、促進するために2023年からリスキリングの好事例を表彰する「ベネッセ・リスキリング・アワード」を実施している。 

企業内大学を通じて人的資本経営を支援 

川島克也氏

1957年創業のタナベコンサルティングは全国に10拠点を構え、主なクライアントは従業員数300〜2000人の中堅企業だ。同社が中堅企業を対象に行った調査において、「人的資本」は経営戦略の重点課題でも、ESG活動の主要テーマでも1位だった。 

上席執行役員の川島克也氏は、いま中堅企業が求める人材像について、「自律性(指示以外のことも自律的に行動できる人材)」「専門性(専門知識・スキル・技術を持つ人材)」「革新性(固定観念にとらわれず新しい発想ができる人材)」を持ち合わせたリーダーシップのある人材だと説明した。一方で、企業経営の三大投資(マーケット開発、商品・サービス開発、人材開発)の中でも、人材開発への投資はその効果が充分に検証されていないと指摘。 

適切な人材投資戦略を実行するために、同社ではクライアント企業での「企業内大学」の設立支援に力を入れている。デジタルとリアルでの学びを通じて、企業のビジョンを実現するために必要な次世代のプロフェッショナル人材を戦略的に育て、定着させることを目指すもので、これまでに181社(2025年3月時点)が導入しているという。 

高度化するマネージャーの役割 処遇や制度の見直しを 

須田敏子氏

ディスカッションで須田氏は「個人の学習がチーム学習に進化し、それが企業価値の向上につながるには何が重要か」と問いを投げた。飯田氏は、学習したことを生かして周囲の課題を解決しようとする「ラーニングヒーロー」の存在と「組織からの働きかけ」を挙げ、「ラーニングヒーローは組織に必ずいる。まずはその人たちを可視化することで、ラーニングヒーローがラーニングヒーローを生み出し、チームが活性化されていく」と強調。さらにラーニングヒーローが多く生まれる組織では、上長が部下の学びに興味や関心を持ち、「それは何を学んでいるの」「頑張っているね」といった適切な声がけを行い、学びをアウトプットする活躍の機会を与えるという。飯田氏は「マネージャーの役割は大きい」と力を込めて語った。 

一方で須田氏は、そのマネージャーの業務が、ジョブ型人事の浸透によって1on1ミーティングなどの「ピープルマネジメント」が増え、過多になっていると指摘。「あまりの忙しさに管理職になりたくない人も増えている。適正な報酬を与える、また本人が管理職になるかどうかを決められるようにするなど、仕組みの見直しが求められている」と警鐘を鳴らす。 

川島氏もこれに同意する。「マネージャーになりたくない、という声は中堅企業や中小企業でも多くなっている」。その主な理由として「報酬が適正でない」「役割が不明確」「育成する仕組みがない」ことを挙げ、「マネージャーの役割が複雑かつ高度になっているのにも関わらず、その準備段階に投資ができていない企業は、マネージャーになりたがらない層が多くなる傾向がある」と述べた。 

須田氏は、「今までの日本の人事は、できる人が損をする、頑張った者が負けるという世界だった。それではなかなかGDPも上がらない。でも日本も徐々に変わり、初任給から制度を変える動きが生まれていることは良いこと」とさらなる変化に期待を込め、締めくくった。 

written by

小松 遥香(こまつ・はるか)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。

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