
社会課題の解決に向けた企業活動に資金の流れを振り向ける「サステナブルファイナンス」が世界で広がりを見せ、企業活動が環境や社会に与えるインパクトを重視する「インパクトファイナンス」への注目が高まっている。日本でも仕組みの拡充とともに、金融機関や投資家と、支援を受ける側の企業とが、対話を通じて、より良いエンゲージメントを実践していくことが求められているのではないか――。本セッションではそうした問題意識をもとに、金融が果たすべき役割を問い直す熱い議論が交わされた。
Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 小野塚惠美・エミネントグループ 代表取締役社長CEO パネリスト 安間匡明・PwCサステナビリティ合同会社 執行役員常務 玉井秀賢・三井住友信託銀行 執行役員 企業金融部 部長 三浦仁美・積水化学工業 ESG経営推進部 環境経営グループ グループ長 |
広がるサステナブル投資、インパクト重視の時代へ

ファシリテーターを務めた小野塚惠美氏は冒頭、自身の外資系金融機関などでの経験をもとに、2016年以降、世界でサステナブルファイナンスが広がりを見せていった経緯を説明。2020年頃からは企業活動の成果であるアウトカムを社会へのポジティブインパクトと関連付けて説明するインパクト重視の時代へと移っているという。
そうした中、自身も金融庁の有識者会議の委員を務める小野塚氏は、日本では2024年3月に金融庁が「インパクト投資の基本的指針」を策定し、同年5月には官民によるコンソーシアムも発足するなど、知見の共有が進んでいることを紹介した。
同氏によると、この間、「インパクトを含む非財務的要素を考慮することは、『他事考慮』に当たらない」という解釈がなされたことで、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)においてもインパクト投資が可能になったことの意味が非常に大きいという。
金融機関は“経済の血流を流す”原点に返って連携を

「(プロジェクトや事業が)環境や社会に悪い影響を与えていないことのみを投資判断とするのでは、意味がない。大切なのはネガティブインパクトを削減することではなく、ポジティブに課題解決に貢献することだと気づいた」
そう熱く語り始めたのは、PwCサステナビリティ合同会社の安間匡明氏だ。政府系金融機関で長年プロジェクトファイナンスに携わった経験から、ポジティブインパクトを重視する投資へとシフトすることの重要性を痛感したという。
政府系金融機関を退職した8年前からプロボノでインパクト投資の普及に取り組み、2019年のG20大阪サミットでは、日本が先頭に立って議題に位置付けることにも奔走。そのかいもあり、当初、1兆円にも達していなかった日本のインパクト投資は現在、約17兆円にまで成長した。しかし、欧米のものに比べると融資や債権の比率が圧倒的に高く、リスクテイクに対する柔軟性に欠けるなど、課題は多い。
そうした現状を踏まえ、安間氏は「金融機関同士が連携し、例えばGPIFのような大きなアセットオーナーと連帯して取り組んでいくことが重要ではないか」と提起。その根底にある思いを「私は日本の金融をもう一度輝かせたい。財務的な信用力とプラスアルファの価値によって選んでもらい、経済の血流としてのマネーを流すという役割を、やはり金融は担っていかなくてはならない」と述べ、金融機関が原点に立ち返って連携していくことの重要性を訴えた。
商品の拡充通じ、「一歩先に進む」企業を支援し続ける
安間氏の話を「いま金融機関は輝けていないのかな…と受け止めつつ、熱い思いが伝わってきた」と引き継いだのは、自身も約30年金融に携わる、三井住友信託銀行の玉井秀賢氏だ。

同行のサステナブルファイナンスの取組額は、2021年度以降、累計で約3.8兆円に上り(2024年3月時点)、玉井氏によると、主力商品であるポジティブインパクトファイナンスだけでも「この4年間で約100件弱、金額にして1兆円に近い資金の流れを作ってきた」という。
この間、同行では、従来、個別の融資単位で行っていたインパクト評価を、企業単位で実施することにより、同じ企業に融資する他の金融機関も活用できるフレームワークを構築。2022年には京都府から、脱炭素化と地域経済活性化の好循環を目指すコンソーシアムの運営を受託し、京都銀行や京都中央信用金庫といった地域の金融機関が、中堅・中小を含めた地域の企業に融資を行う仕組みの策定支援にも携わった。
玉井氏によると、そうした背景には、「(制度金融なども活用することで)サステナビリティに対して意識の高い企業に、大義と経済的メリットの両方を感じてもらいたい」というインパクト投資の普及にかける思いと、「同行自体がインパクト投資をマネタイズするための工夫」が込められているという。
さらに玉井氏は、同行が取り扱いを始めたばかりの、企業の自然に対する取り組みを支援し、TNFD(自然関連財務情報タスクフォース)に基づく情報開示の充実などを促す「ネイチャー・インパクトファイナンス」について紹介。「これまでは気候変動問題の解決に向けた企業活動を支援してきたが、そうした企業が一歩先に進もうとするのを、第3者機関の意見も踏まえて評価する新しい仕組みだ」と述べ、ファイナンス商品の拡充を通じて企業を支援し続けていくことへの使命感を強調した。
将来のポテンシャルを判断してもらえる開示に
ここまで繰り広げられたのは、金融を通じてサステナブルファイナンス(インパクト投資)を広げる側の思いだった。ではそうした投融資を受ける側の企業はどのような思いで情報開示を進めているのか――。
積水化学工業でESG経営を推進する三浦仁美氏は、住宅、環境・ライフライン、高機能プラスチックスの3つからなるカンパニー制を敷く同社が、まさに“コングロマリット”な化学メーカーであるがゆえに、「会社をつなぐ一つのメッセージとして、企業価値を明確に反映できる指標や算定方法を日夜考えながら開示を行っている」と切り出した。

三浦氏によると、同社が現在、自社の持続可能性を判断する指標とするものには、マテリアリティの解決のために積極的に投資を行い、事業・利益の拡大を進めながらも長期的には資本コストを抑制することができているかを測る指標と、「サステナビリティ貢献製品」と位置付ける製品群の売り上げと利益、さらには、事業を通じて社会への便益が拡大できているかのアウトカムを測る指標の3つがある。
そうした指標を算出し、開示する過程においては、「それぞれのステークホルダーに対して、どういう指標がいちばん重要視されるのか」と同時に、「経営判断の指標としてフィードバックさせる」ことの両方を念頭に置いているという。
その上で、三浦氏は今後の情報開示のあり方について、「現在の企業価値ではなく、将来の価値、ポテンシャルを判断していただけるような見せ方にしていきたい」と思い描く姿を語った。
求められる開示と、行いたい開示の溝を埋めるには
後半のクロストークは、サステナブルファイナンスの投融資を受ける企業側の思いを、投融資を行う金融機関側はどう受け止めるか、を軸に展開された。

プレゼンの最後、三浦氏が、「ともすれば、(金融機関側から)一定のフレームでの開示を求められ、評価されるための開示に偏りがちになっていると感じる」と指摘。「事業会社側からすると、規定のフレームを超え、自社の戦略を表現できるような指標こそが企業価値を最大限に示せるのではないかと考えるが、どうだろうか」と率直に述べ、玉井氏らの意見を求めたためだ。
この問題提起に対し、玉井氏は、「非常に難しい論点だ」とした上で、「形式的なKPIだけではなく、もっときめ細やかに、企業ごとに数字の設定の仕方を可変させていくことも、金融機関の腕の見せ所になってくると思う」と応じた。
一方、安間氏も三浦氏の指摘に共感を示し、「ポジティブインパクトには企業ごとの個別性がある。そこを評価する仕組みに変えていかない限り、インパクトと企業価値の好循環は生まれない」と強調。現在、安間氏が所属するPwCでは、不確実性の高い将来を見据えた企業のサステナビリティ活動を、いかに財務につなげるかという未来志向のアプローチによるコンサルティングを行っているという。
若い世代に伝われば、大きなうねりになる
インパクト投資の裾野を広げる上で、三井住友信託銀行では、個人の投資家にターゲットを絞った、「フューチャートラスト」と銘打つ商品にも力を入れる。玉井氏によると、「将来的には、スマホで小口購入できるような形に進化させる」方向だ。
この話を巡って、小野塚氏は、「中学生に資産運用の講座を行い、『金融とは、自分が今使わないお金を、その時、必要とする人に届ける仕組み』と話したら、すぐに理解された」というエピソードを通じ、「若い世代にフューチャートラストのような投資の形が伝わったら、大きなうねりになるのではないか」と希望を語った。
狭義のインパクト投資から、広義のインパクト投資へ――。持続可能な社会の構築に向け、金融機関と企業とが対話と連携を通じてインパクトを可視化し、真の企業価値創造へとつなげる挑戦が動き出している。
廣末 智子(ひろすえ・ともこ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。