
地域に蓄積された資源を活用して新たな価値を創出し、持続可能なコミュニティを形成するにはどうすればよいか――。そのような問題意識の下、「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」で、「ストックシェアリングによる新たな街とコミュニティづくり」と題したセッションが開かれ、全国各地で空き家や文化、空間などの共有材を活用した最前線の取り組みが披露された。
Day2 ブレイクアウト ファシリテーター 高松平藏・ドイツ在住ジャーナリスト パネリスト 石川貴之・日建設計 イノベーションデザインセンター 執行役員 関谷岳久・日本航空 関係・つながり創造部 部長 千葉健司・アトリエいろは一級建築士事務所 代表取締役/アメリカヤ ビルオーナー |

冒頭、ファシリテーターの高松平藏氏は「ストックシェアリング」について、「空間、時間、人間。これらをストックとして考えてシェアしたり、新しい価値をつくったり、コミュニティーをつくろうという考え方だ」と説明。各社の取り組みについて、ストックシェアリングという文脈に置き換えて紹介するよう求めた。
廃墟ビル再生が起こした“うねり”

半世紀以上前の建築で、山梨県韮崎市の「シンボル」とされた「アメリカヤ」ビル。オーナーの逝去後15年間放置され、「廃墟と化していた」そこを再生させたのが、地元で一級建築士事務所を営む千葉健司氏だ。SNSを中心にテナントを募集しながら、工事期間5カ月でリノベーション。2018年4月、カフェやDIY専門店などでテナントは埋まり、グランドオープンを迎えた。
続けて翌年には、向かいの築70年の長屋を改修した「アメリカヤ横丁」もオープンさせ、当初5店舗だった居酒屋が、現在8店舗に増えているという。さらには空きビルもゲストハウスにリノベーションしたほか、県外からの移住者がカフェやクラフトビール店などを次々に開店。これに伴い、市は改修補助を50万円から拡充し、家賃補助要件を移住起業者にも広げた。千葉氏は「商店街の中のストックである空き家を使いながら、まちづくりがどんどん広がっている。共感してくれる人がどんどん集まって、小さなプロジェクトが大きなうねりを起こした」と実感を込めて語った。
“直接金融”がローカル起業を育む

日本航空の関谷岳久氏は、所属する「関係・つながり創造部」について、「文字通り、街と街、人と人を結びつけ、関係やつながりを創造する部署だ」と説明。その上で、「コロナの時には人流が止まり、ウェルビーイングが下がった」こともあり、「移動を通じて皆さんのウェルビーイングを向上させたい」と語った。同社は2030年までに「関係・つながりの総量」を2023年比で1.5倍に増やす目標を掲げ、マイレージクラブのデータから、「関係人口の人数」と「地域との関わり度の向上」を独自に数値化しているという。
ストックシェアリングの事例として関谷氏が注目するのが、香川県三豊市だ。若い移住者が空き家や耕作放棄地を活用し、ローカルビジネスを次々と起業している。背景には「例えばうどん屋さんをやりたいと言えば、友達が株主になって応援する」(関谷氏)といった、“直接金融”の文化があると言い、関谷氏はこれを「知人の新しい取り組みに小口の出資という形で関わる。みんなでシェアして成り立っている社会」と解説した。同社もこうした地域企業に出資した上で、インバウンド誘致の支援などを行っている。
さまざまなきっかけを生む「共創の場」

東京スカイツリーなど大型建築を手掛ける日建設計は2023年4月、本社3階に開放型の共創の場「PYNT(ピント)」を開設した。その背景について石川貴之氏は「仕事の中身が複雑になってきて、最初からいろんな方々と共創しながら仕事をつくっていかないと、ベストソリューションが提供できない」との思いがあったと言う。ピントでは、外部の人たちと研究開発や実験を行うと同時に、カフェのスタンドや水曜夜にはバーもある。「インフォーマルなものとオフィシャルなものをごちゃ混ぜにしながら、さまざまなきっかけを生み出す場所」(石川氏)だ。
実際、建物解体ゴミや公園活用など「1企業だけでは解けない複雑な社会課題をテーマにして、いろんな人が集まって、一緒に試行錯誤している」と石川氏。また「社会課題や地域課題は複雑化しているが、テーマを共有し、目的に共感するコミュニティができれば、単に『私』ではなく『私たち』になれる」とし、共創が生み出すコミュニティの重要性を強調した。
パッションとオリジナリティが鍵に
セッション後半、会場の大学生から「パッションを持続するためにどのように仲間を作るか」との質問が上がった。
これに対して石川氏は「個人のパッションを仕組みとして維持するのは難しい」としつつ、同社の社員が自らのネットワークでピントに200人を集め、そこから会話が生まれて1000人ほどが集まるようになった例を紹介。「古典的だが、自分のネットワークの中から人づてに広げていくのが大事」と答えた。関谷氏は三豊市のパブの例を挙げ、知らない人も含めて集まる場所の重要性を指摘した。
まだ日本ではなじみの薄い概念を指す、「ストックシェアリング」という言葉をテーマに展開された本セッション。高松氏は3氏の報告から「パッション」と「オリジナリティー」をこの概念に通じる共創のキーワードとして挙げ、セッションを締めくくった。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。