
「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」の1日目、ランチタイムに開催された「イノベーション オープン」では、持続可能な未来に向けた2つの異なる世代からの取り組みが紹介された。前半では環境省グッドライフアワード環境大臣最優秀賞を受賞したヤマキ醸造の地域循環型農業の実践が、後半では高校生による異分野融合型研究プログラム「IHRP」の成果発表が行われた。伝統的な農業から最先端の研究まで、世代を超えた持続可能性への取り組みが披露される貴重な機会となった。
Day1 イノベーション オープン 【前半】 パネリスト 横山皓己・環境省 大臣官房 地域政策課 地域循環共生圏推進室 角掛康弘・ヤマキ醸造 販売部 相談役 シニアアドバイザー 【後半】 ファシリテーター 大河原颯・特定非営利活動法人IHRP 運営 パネリスト IHRP参加者:伊藤里菜、江川陸翔、佐野陽菜、吉岡優里 |
地域循環共生圏の理念と「小さな企業活動」の実践例とは

セッションは環境省の横山皓己氏による地域循環共生圏とグッドライフアワードの説明から始まった。横山氏は「地域資源を活用して環境・経済・社会を良くしていく、ローカルSDGs事業を地域の中で生み出し続けていくことで、地域課題を解決して自立した地域を作る」と地域循環共生圏の概念を説明した。この政策は2018年4月に閣議決定した第5次環境基本計画で初めて位置づけられた概念で、自立分散型社会の構築を目指している。
そのローカルSDGs事業の見本となるような事業や、そうした活動の推進者を表彰するのが、「グッドライフアワード」だ。第12回となる令和6年度は220件を超える応募の中から大臣賞10件、実行委員会特別賞25件の合計35件が選ばれた。
横山氏は、第12回グッドライフアワード表彰式で関係者がにこやかな笑顔で映った記念写真をスクリーンで紹介しながら、「省庁の賞というと、堅いイメージがあるかもしれないが、全然そんなことはない。表彰して終わりではなく、いろいろな方とつながってほしいという思いで取り組んでいるので、ぜひ皆様にも応募してほしい」と会場の、SDGsを推進する人たちに向かって呼びかけた。
育てる人、作る人、食べる人のつながり模索――ヤマキ醸造

続いて登壇したのは、その第12回グッドライフアワードで、循環型農業を実践していることが評価され、「環境大臣最優秀賞」に輝いた、ヤマキ醸造(埼玉県神川町)の角掛康弘氏だ。
同社は、しょうゆ、みそ、豆腐、漬物を扱う加工製品メーカーだ。製品の主原料は大豆で、土づくりから自社で行うため2001年に農業生産法人を設立し、有機栽培や特別栽培による原料のみを使用する体制を整えた。以来、20年以上にわたって原料の生産から販売までを自社で手がけ、「育てる人と作る人と食べる人のつながりが、一貫して見える形を模索してきた」(角掛氏)という。
原料のしょうゆやみそへの加工には、直径2.7メートル、深さ2.3メートルの木桶(おけ)を用いるのも特徴で、角掛氏は、「非常に時間がかかるし、季節による変動も多いが、変えられないおいしさがあるので、昔からの木桶に息づいた麹(こうじ)菌を生かしたものづくりを続けている」と伝統製法への誇りを語った。
地域社会との関わりでは、埼玉県の生協組織と連携し、有休農地を活用して大豆を育てる取り組みや、森林保全活動を継続。農業未経験者向けに「畑の学校」を開いたり、自然農法や有機農法の良さを知ってもらう活動も行う。
また原発事故以降は太陽光発電に取り組み、社屋の屋根や有休農地にソーラーパネルを設置して自前でエネルギーを作っているという。
最後に、角掛氏は、今回、グッドライフアワードの「最優秀賞」を受賞したことを、「周囲の関心と努力、消費者の理解があってこそだ」と述べ、「私どものような小さな企業活動が全国で広がり、生産者が次の世代に引き継げるよう頑張っていかねばならない」と決意を込めて、セッションの前半を締めくくった。
IHRP 高校生による本格的な異分野融合型研究の成果を発表
セッション後半は、NPO法人IHRP(Interdisciplinary Highschool Research Program)による高校生の研究発表が行われた。冒頭、ファシリテーターを務めた大河原颯氏は「課外活動における地方格差を解消するために、社会課題解決に向けた熱意と発想を持った高校生に対して、文理の隔たりを超えた異分野融合型の研究の機会を提供している」とIHRPの活動を説明。今年のテーマは「巡り、繋がる、地球のいろ。」で、多くの企業や研究者の協力の下、半年間実際に研究を行った高校生たちの発表に移った。
インスリンの血糖低下作用を導き出す

広尾学園高校の江川陸翔氏は、「インスリンの血糖低下作用に脂肪、肝臓、脳がどのように関与しているかを明らかにする」ことを目的に、千葉大学医学部での研究に参加したことを報告。動物実験を通じて得られた具体的なデータを示しながら、高校生とは思えない、高度な理論構築を展開してみせた。それによると、研究の結果として、「脳と脂肪のインスリン受容体の協調作用が、血糖値に大きく影響するのではないか、という結論を導き出した」という。
社会課題の解決へ 生物の能力を新技術に

十文字高校の伊藤里菜氏は、「生物の能力を活用した新しい技術の誕生と社会課題解決」をテーマに、探究を続ける。IHRPでは、津波などの自然災害における塩害を解決するために、多肉植物アイスプラントの塩分吸収能力を活用することについての考察を深めたと言い、今後も探究を通して、「生き物の『なんで?』を解明して、そこからさらに『へぇ!』となるようなものを作りたい」と思いを語った。
寄付の価格に見合うパッケージデザインの工夫を

西武学園文理高校の吉岡優里氏は、パッケージデザインが社会課題解決型商品の購買行動に与える影響について、高校生100人を対象に独自にアンケート調査を行った結果を発表。それによると、女子高生はパケ買い(パッケージのデザインに引かれて購入を決めること)狙いの商品を好む傾向が強く、男女ともに、10円の寄付であれば寄付付き商品を選ぶが、30円では寄付なし商品を選ぶことが分かったという。また寄付先には、野生動物の保護や、トルコ地震の復興支援よりも、能登半島地震の被災者への支援が多く、吉岡氏は、「高校生は身近な出来事ほど寄付しやすい可能性が高い。寄付額を30円以上とする場合は、価格に見合うデザインの工夫が必要だ」と提起した。
都市開発における「場所の記憶」を可視化

Loohcs(ルークス)高等学院の佐野陽菜氏は、都市開発における「場所の記憶」の可視化をテーマとした探究を紹介した。きっかけは、自身も住んでいたことのある、東京・下北沢で大規模な再開発が行われた結果、慣れ親しんだ街の姿が失われたことに地域住民が反感を抱く一方で、メディアなどではこの再開発が一定の評価を得ており、「両者の間に、そうした差異がなぜ生まれるのかに着目した」ことだという。佐野氏は、この探究を踏まえ、「地域住民の思いが組み込まれている場所を維持して残す都市構造を実現していきたい」と展望を語った。

大河原氏は最後に、IHRPの来年度のテーマが「見えないもの」であることを発表した。「見えないもの」とは、「小さいものであったり、早いもの、遠くにあるもの、言語や時間、価値観など、確かに存在するけれども目には見えないものを指す」という。そう説明した上で大河原氏は、「SDGsの目標達成期限である2030年まであと5年となった今だからこそ、気づかないうちに見過ごしている課題や誰かの声を可視化することが狙い」と強調した。
グッドライフアワードの受賞者による発表がなされた前半のセッションと、文理の隔たりを超えた高校生たちが、研究成果を発表した後半のセッション。全体を通じて感じたのは、ヤマキ醸造の20年以上にわたる地道な環境循環型農業の実践と、高校生たちの最新科学技術を駆使した研究は、全く異なるアプローチながらも、持続可能な社会の実現を目指している点は共通であることだ。個人的な意見ではあるが、高校生たちの柔軟な発想と本格的な研究への取り組みが、ヤマキ醸造のような伝統的な知恵と融合すれば、世代を超えた真の持続可能性が実現できるであろうこととを、強く印象づけられた。
いからし ひろき
プロライター。2人の女児の父であることから育児や環境問題、DEIに関心。2023年にライターの労働環境改善やサステナビリティ向上を主目的とする「きいてかく合同会社」を設立、代表を務める。