
気候変動の深刻化に伴い、広告・メディア業界にも、サステナビリティへの責任の重みが増している。「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」の本セッションでは、業界を代表する企業の担当者が、自社のCO2排出量削減の事例や業界全体の動向、今後の展望について熱い議論を展開。カーボンフットプリントの可視化やバーチャルプロダクションによる映像制作などを通じて、情報を発信する立場から、行動を起こす“実践者”となり、社会全体の意識変革を目指す姿勢が浮き彫りとなった。
Day1 ランチセッション ファシリテーター 竹嶋理恵・電通 サステナビリティコンサルティング室 エグゼクティブ・プランニング・ディレクター パネリスト 大竹紘子・ハースト婦人画報社 社長室 サステナビリティマネージャー 長谷川徹・電通クリエイティブピクチャーズ ビジネスイノベーションデパートメント フェロー |
社会全体に影響力を持つ分、責任も大きい

セッション冒頭、ファシリテーターを務めた電通の竹嶋理恵氏は、「広告・メディア業界が提供するサービスは、企業のサプライチェーン(スコープ3)に含まれ、業界としてもCO2排出量の可視化と削減が不可欠。社会全体に大きな影響力を持つ分、責任も大きい」と力強く訴えた。 そして企業がサステナビリティに取り組まないことによる3つのリスクとして、「経営リスク、人的資本リスク、ブランドリスク」を挙げ、「もはや企業にとってはサステナビリティに取り組まないと生き残れない状態」と現状を分析し、警鐘を鳴らした。
雑誌製造におけるカーボンフットプリントの可視化も

ハースト婦人画報社の大竹紘子氏は、同社が1905年の婦人画報の創刊時から女性の活躍や社会進出に光を当て続け、SDGsという言葉が生まれる前の2007年には、雑誌「ELLE JAPON(エルジャポン)」で環境の特集号を発行するなど、今につながるサステナビリティに取り組む流れがあったことを紹介。
近年は情報発信の側面だけではなく、雑誌などを作る際にCO2排出量を削減する実践に努め、2010年から環境に配慮した認証紙を使っているほか、2019年には表紙のプラスチック加工をやめることで約80%のプラスチック使用量を削減。2023年からは印刷に製本に使用する電力を再生可能エネルギーに変更しているという。
さらにBtoB事業として、雑誌製造におけるカーボンフットプリントを策定し、その結果を雑誌の奥付にQRコード付きで開示するなど、業界全体の脱炭素化を見据えた事業にも力を入れる。
雑誌を作る裏側で、さまざまにサステナビリティを推進する上での課題やその意義について竹嶋氏から聞かれた大竹氏は、「コストも時間もかかり、専門知識も必要。正しくやらなければいけないという思いも強く、当初はなかなかそれを上回るメリットやきっかけを見つけられなかった」と苦労を振り返りつつ、「どこの排出量が多いのか、それをどうやって減らせるのかを可視化することで、社員一人ひとりの当事者意識が一気に芽生えるのを目の当たりにした」と成果を語った。
バーチャルによる映像制作をスタンダードに

電通クリエイティブピクチャーズは、日本で初めてテレビCMを手掛けた電通映画社をルーツに、さまざまな広告コンテンツの制作を手掛ける。同社のビジネスイノベーションデパートメント フェローを務める長谷川徹氏は、同社が2021年に「環境に配慮した映像制作のフロー」として導入したバーチャルプロダクションの取り組みなどを、実際の映像を見せながら、具体的に説明した。
バーチャルプロダクションとは、撮影スタジオに大型のLEDパネルを常設し、このパネルにロケ地の映像やCGで作った美術セットなどを映写して撮影する仕組みで、長谷川氏によると「CO2の排出削減に直結する」。なぜなら、バーチャルであれば、車のCMであっても、実際に車を走らせることはなく、通常であれば、一度の使用で廃棄されてしまうことの多い美術セットも何度でも活用することが可能だからだ。
さらに同社では、このバーチャルによるCO2 削減効果を可視化する「カーボンカリキュレーター」を2022年に開発し、すでに多くのCMや映画、ドラマなどのCO2排出量を算定。例えば、制作期間が2カ月で撮影に2日かかるCMの場合、リアルでは約9トン排出されるCO2が、バーチャルでは約4.5トン(100%再エネを使用したスタジオでは3.84トン)とほぼ半減することが分かっているという。
長谷川氏は同社のバーチャルプロダクションが実際に現在放映中のNHKの大河ドラマの現場における大幅なCO2削減にもつながっていることなどにも言及。事業がそもそも業界を横断する形で組織されたものであり、今後も同社のスタジオを拠点に他社との連携を深めることで、「映像制作の未来のスタンダードを構築し、広げていきたい」と力を込めた。
サステナビリティは個社でやっている場合ではない
セッション後半では、電通グループが「広告業界、メディア業界全体の脱炭素を推進していくための組織」として2023年10月に立ち上げたイニシアティブについて、竹嶋氏が「ことサステナビリティに関しては、個社でやっている場合ではない。業界全体のC02削減に向けたルールづくりや運用方法について決めていこうという動きだ」と説明。その上で、さらなる脱炭素化の推進に向けた展望を2社に聞いた。
これに対し、長谷川氏は「バーチャルプロダクションは一過性の面白い技術みたいに思われているところもあるかもしれないが、そうではなく、業界の脱炭素化を進める上での決定的な技術だ。日本は欧米や韓国に比べても遅れをとっているのでこれを盛り上げたい」と述べ、ビジネス上の価値であると同時に共創のツールとして技術を高めていく姿勢を強調。
大竹氏も同じく企業連携の重要性の観点から、コンテンツ制作の一部に、電通クリエイティブピクチャーズの「カーボンカリキュレーター」を取り入れる予定があることを明かし、長谷川氏と会場に向け、「一緒に取り組めることを楽しみにしている。結果は皆さんに共有していきたい」と語った。
メディア全体が自分ごと化した時に、情報発信の重みが変わる?
セッションは最後に、サステナビリティの推進における広告・メディア業界の可能性について、トークを展開。長谷川氏は「我々の持つ強い発信力は、もっと脱炭素化に生かしていける。社会全体が脱炭素に正しく取り組むきっかけを作るために、我々が率先して実践し、発信していく責任がある」と業界の使命に言及。
大竹氏は、「取り組みを通じてメディア全体がサステナビリティを自分ごと化した時に、発信する情報の重みや伝え方が変わるのではないか」と述べ、そのことが、情報を受け取る側にも良い影響を与えることへの期待とともに、「それだけの責任を伴うことは忘れずにいたい」とメディアとしての覚悟を口にした。
広告・メディア業界が単なる情報発信の担い手にとどまらず、サステナビリティ推進の”実践者”として大きく進化している――。本セッションからはその様子が鮮明に伝わってきた。同業界には今後もその発信力を生かし、社会全体の意識変革と行動変容をリードしていくことが求められている。
いからし ひろき
プロライター。2人の女児の父であることから育児や環境問題、DEIに関心。2023年にライターの労働環境改善やサステナビリティ向上を主目的とする「きいてかく合同会社」を設立、代表を務める。