
「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」で開催されたセッション「Brands For Good マーケティングのパラダイムシフト」。本セッションでは、日本マーケティング協会による34年ぶりの定義改定を契機に、マーケティングの役割がどのように変化しているのか、そして企業はサステナビリティとどのように向き合い、実践していくべきかについて、アカデミアと実務家の視点から活発な議論が交わされた。
Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 青木茂樹・サステナブル・ブランド国際会議アカデミックプロデューサー / 駒澤大学 経営学部 市場戦略学科 教授 パネリスト 竹嶋理恵・電通 サステナビリティコンサルティング室 エグゼクティブ・プランニング・ディレクター 福島常浩・トランスコスモス 顧問(当時) 山下紘雅・グレートワークス 取締役社長 |
セッション冒頭、ファシリテーターの青木茂樹氏は、従来のマーケティングが顧客志向を軸に、企業がコントロール可能な「4P(Product, Price, Place, Promotion)」を駆使して売り上げや利益を追求する活動と捉えられてきたことを説明。しかし、より広く社会的な視点を取り込んだ概念とするため、日本マーケティング協会は2024年、新たにマーケティングの定義を「顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである」とした。
ここで青木氏は「顧客」だけでなく「社会」と共に価値を創造すること、そして「ステークホルダーとの関係性醸成」や「持続可能な社会の実現」が明記された点に注目し、このパラダイムシフトを現場の実務家がどう捉えているか、と問題提起を行った。
価値交換から関係性の醸成へ

長年マーケティング実務に携わってきたトランスコスモスの福島常浩氏(所属は2025年3月時点)は、自身も定義改定の検討メンバーであった経験から、その背景と意図を解説した。
福島氏は大きな環境変化として、人口の停滞・減少とデジタルトランスフォーメーションの進展を挙げた。特に先進国における人口減少は、これまでの人口急増を前提とした成長モデルが通用しなくなることを意味し、マーケティングの在り方に根本的な見直しを迫るものだと指摘。その上で、新定義の核心は「価値交換(=商取引)」から「関係性の醸成」へと主眼が移った点にあると強調する。顧客はステークホルダーの一部であり、商品やサービスすらも、顧客との良好な関係を築き維持するための「手段」に過ぎないと解釈できるとした。
また、定義改定の議論においては、旧定義の問題点を改善するアプローチではなく、「これからマーケティングが何を担うべきか」というゼロベースの発想で進められたことも明かした。その中で、「持続的成長」という文言は必須ではないと判断され、最終的に削除されたのは、「売り上げの成長を義務付ける必要はない。『デグロース(脱成長)』のように、利益や付加価値、あるいは熟成といった多様な価値観があり得る」との判断だったという。また、戦略・戦術といった「戦争用語」を排除し、協調的な姿勢を重視した点も大きな変化だと説明した。
「賛同者」と共に動く協働型マーケティング

マーケティングとサステナビリティ双方の視点を持つ電通の竹嶋理恵氏は、サステナビリティ時代における新しいマーケティングアプローチとして「協働型マーケティング」を提唱した。人口減少、長期的な不景気、格差拡大など国内市場の変化、そして地政学リスクの高まりといったグローバルな状況を踏まえ、「大量生産・大量消費の時代は終わり、従来のマスマーケティングだけでは企業は生き残れない」と指摘。企業のサステナビリティ活動は、情報開示などの「守り」から、事業価値や収益向上につなげる「攻め」のフェーズに入っているが、その変革を社会に定着させるには、企業努力だけでは限界があると述べた。
そこで、生活者との関係性において、従来の「購買者(顧客)」や「フォロワー」を超え、企業のパーパスやビジョンに共感し、その実現に向けて「共に動く賛同者」を獲得することが不可欠だという。この「賛同者」と共に価値を創造していくアプローチが「協働型マーケティング」だ。「立場の異なる人たちが共通の目的のために協力し合う」ことを目指すもので、ターゲットは必ずしも購買者に限らず、大人数である必要もない。手法としては「賛同者が参画できる仕組みづくり」が、目的としては「継続的かつ中長期的な収益拡大と、企業への強固な支持の獲得」が重要になると説明した。
最後に竹嶋氏は、「入り口は必ずしも『地球のため』といった大義である必要はない。楽しさやワクワク感、参加しやすさといった『共感』を呼ぶ伝え方やトーン&マナーも重要だ」と付け加えた。
ブランディング視点によるマーケティングの「ありたい姿」

ブランドコンサルティングを手掛けるグレートワークスの山下紘雅氏は、ブランディングの視点からマーケティングのパラダイムシフトを捉えた。山下氏は統合報告書における「価値創造プロセスモデル」の策定支援や、企業の「ありたい姿(To Be)」を言語化・可視化するコーポレートブランディングの経験と照らし合わせて、新しいマーケティングの定義に、自身がブランディング業務で日常的に議論しているキーワードが網羅されていることに驚いたと語る。
その上で、ブランディングとマーケティングは、「企業が価値創造を通じてどんな持続可能な社会をつくりたいか」という同じ山を、異なるアプローチで登ろうとしているのではないかと考察。「ブランディングは『自分たちはこうありたい』という内発的な願望から出発することが多く、マーケティングは市場や顧客という外部起点で考える傾向があったが、両者が歩み寄り、統合的にアプローチする時代になっている」と述べた。
山下氏は「企業目線・買い手目線」よりも「自分(個人)目線」、「論理・データ」よりも「感情・共感・ストーリー」、「機能的差別化」よりも「意味的独自性」といった価値観の重要性が増しているのではないかと語る。「もっと自分たちの『わがまま』や『ありたい姿』を大切にし、共感を呼ぶストーリーで独自の土俵を作ることが、これからの時代には有効ではないか」と提言した。
これからのマーケティング実践のヒントは
ディスカッションでは、会場から「生活者と消費者の違いは何か」「経営層と現場の意識の乖離(かいり)をどう埋めるか」といった実践的な質問が寄せられた。「生活者」と「消費者」の違いについて、竹嶋氏は「消費行動だけでなく、より広い暮らしの文脈で捉えるのが生活者。企業の活動に賛同する人は、必ずしも現時点での消費者ではない」と説明。経営層と現場の乖離については、山下氏がブランディング視点での課題感を共有。福島氏は、4~5人の最小ユニットまでが独自にミッション・ビジョン・バリューを策定・議論するトランスコスモスの取り組みを紹介し、現場の腹落ち感を醸成していると述べた。
最後に青木氏は、「SDGs疲れ」も聞かれる中で、マーケティングが社会やステークホルダーとの関係性に向き合う重要性は増していると強調。「きれい事を言うだけでなく、泥臭く現場に飛び込み、対話を重ねることが不可欠だ」と締めくくった。
横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。