
世界に誇る技術力で成長を遂げた日本の製造業。しかし近年、社会課題はより複雑に、人々の価値観は多様になり、商品の機能を追求する「プロダクト視点」だけではもはや響かない時代になっている。今、ものづくりに求められるのは、未来や人を起点に、課題解決の道筋を組み立てる「デザイン思考」だ。本セッションでは、異なるフィールドでビジネスと向き合うリーダーたちが、それぞれの実践を通じてデザイン思考の重要性を議論した。
Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 高島太士・Brands for Goodコミュニケーションプロデューサー/一般社団法人NEWHERO 代表 パネリスト 伊藤裕平・地球中心デザイン研究所 Chief Design Officer 高野雅彰・DG TAKANO 代表取締役社長 中尾洋子・パナソニック デザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンター インサイトリサーチ課DEIデザインユニット ユニットリーダー |
冒頭、ファシリテーターの高島太士氏は「ビジネスで社会課題を解決するには、デザイン思考が欠かせない。生活者の視点に共感し、そこからアイデアを創造し、プロトタイピングすることを繰り返すことこそがサステナブルな事業創造につながる」と提起した。
世界の水不足解消へ 砂漠にインフラ構築――DG TAKANO

最初に登壇したのは、大阪の町工場から生まれたスタートアップ、DG TAKANOの高野雅彰氏だ。2008年創業(前進の合同会社を含む)の同社は節水事業でビジネスを拡大。2023年からは、なんと日本を遠く離れたサウジアラビアを舞台に、150兆円規模の未来都市開発プロジェクトに参画している。
砂漠が9割で食料も8割を輸入に頼り、フードロスを世界一出している同国で、首都リヤドの中央に世界最大級の森を作り、気温を10度下げるという壮大な構想。同社はそこに、これから2040年にかけて加速することが予測される世界の水不足問題の解決をかけて挑む。
具体的には、最大90%以上の節水を可能にする節水ノズルや、水のみで洗浄可能な皿、さらにはシンクに流した残飯をわずか2時間で堆肥化するシステムを組み合わせて展開中で、これによって、同国では、砂漠にあっても水耕栽培で野菜を作り、その野菜が再び食卓に並ぶ、新しい循環が生まれているという。
そうした同国における自社の事業を、高野氏は、「アップルでいうところの、iPhoneだ」と巨大企業になぞらえながら紹介し、「アップルもiPhoneを作って終わりではなく、音楽などのアプリを次々とインストールできるインフラを作った。DG TAKANOも、技術イノベーションだけでなく、“残飯インフラ”を開発した点が、アップルと共通している」と世界にまだないインフラを作ることの重要性を強調した。その軸にあるのは、創業時から変わらない、まさしく社会課題を起点としたデザイン思考だ。
当事者と共に考え、多様な技術を実現――パナソニック

次に登壇したのは、日本の製造業を引っ張ってきたパナソニックのデザイン本部でインクルーシブデザインの実践に携わる中尾洋子氏だ。
中尾氏は、同社のデザイン領域が、商品やサービスなど事業に直結する部分から、マーケティングや経営戦略にも通じるブランドコミュニケーションへと広がりを見せていることを説明。商品デザインの創造プロセスには、「誰のために何を作るか」を中心に考える人起点と未来起点の2つがあるという。
人起点の商品デザインの象徴的な事例として、中尾氏は、かつては男らしいデザインと、4枚刃や5枚刃といった高機能を追求してきた同社のシェーバーが、昨今では男性像の多様化や身だしなみの変化を背景に、従来のように柄(え)の部分がなく、見た目はまるで小型家電のような、全く新しい形に変貌を遂げていることを挙げた。
そうした世の中の流れを踏まえ、同社は「常に見落としていることや、聴こえない声に気づき、当事者やその周りの人たちと共に考えることで、多様な技術や柔軟な手段を実現する」と定義する独自のインクルーシブデザインを進める。中尾氏は、その一環で、同社が実際に、社内外の多様な人の声を聞いて作成した実践ツールなどを紹介しながら、「複雑な課題の多元的な解決に向け、いろいろな企業と協力していきたい」と共創を呼びかけた。
破壊すべき既成概念見つける――地球中心デザイン研究所

一方、博報堂の関連企業、地球中心デザイン研究所のChief Design Officerを務める伊藤裕平氏は、長年のクリエイティブディレクターとしての経験をもとに、デザイン思考の重要性を強く感じた事例を共有した。
その一つは、医師が首にかける聴診器で、200年にわたってデザインが変わらず、ずっと首にかけていることで痕がついたり、耳が痛くなるといった問題点があったのを、白衣のポケットにしまえ、首に負担がかからないようなデザインにするよう提案。これが高い評価を得たことで、「デザインの未踏領域でこそ、デザイナーの課題解決能力を発揮できる」と実感したという。
そこから伊藤氏の、広告会社のデザイナーとして、社会課題の解決に取り組む仕事が本格化する。それが形になったものとして、まず伊藤氏は、電気自動車で使い古されたEVバッテリーを、ソーラーパネルと組み合わせて街灯として再活用した福島県浪江町での取り組みを挙げた。
また続けて、廃棄貝殻と廃棄プラを活用した循環型ヘルメット「HOTAMET(ホタメット)」のデザインとPRを手がけていることも紹介。これは、北海道猿払村で、ホタテの廃棄貝殻による環境汚染が問題になっていることと、同村の漁師が海で身を守るためにヘルメットを着用していることに着想を得て商品化したもので、関西万博の公式ヘルメットに採用されるなど、ヘルメットとして話題になるだけでなく、廃棄貝殻にコンクリートを混ぜることで、テトラポッドならぬ「HOTATETRAPOD(ホタテトラポッド)」として素材を活用できないかという動きにも広がっているという。
これらの実践を通して、伊藤氏は、「広告会社という第三者だからこそ、“破壊すべき既成概念”を見つけ、破壊的な想像を実装することができる」と強調した。
日本の製造業にデザイン思考をどう落とし込むか
セッションの後半は、日本の製造業は今、岐路にあり、その分かれ目は、デザイン思考を経営や事業にどう落とし込むかにかかっているのではないか、という論点で、クロストークが展開された。
高野氏はデザイン思考でいうところのデザインについて、「3つのレイヤーがある。意匠デザインなど“下流”のデザイン、ブランディングやマーケティングなど“中流”のデザイン、そして、どの社会課題をどう解決するかの道筋を技術チームと共に立てる“上流”のデザインだ」とした上で、「多くの日本企業に足りないのが上流のデザイン思考であり、そこを意識しなければ、機能性や価格面で海外の強い会社に市場が潰されてしまう」と指摘。
これを補足する形で、高島氏は、「デザインには3つのレイヤーそれぞれが不可欠であり、大きな夢を掲げて同じ方向に向かっていくことが大切なんじゃないか」と述べ、高野氏も「これまで日本人は技術一辺倒で来たが、これからは技術とマーケティング、デザインのトライアングルこそが求められている」と応じた。
この流れに中尾氏も、パナソニックがビジネスとテクノロジー、クリエーションの3つの相乗効果を上げる取り組みに力を入れていることに触れ、「デザインだけが突出していても他のもっと安く作れる会社に真似をされてしまっては事業にならない。当社ならではの技術力を、生活者視点でどう進化させていくかが課題だ」と話した。
一方、伊藤氏はクリエイターとしての観点から、「日々若手のデザイナーや美大生と接する中で日本のデザイン技術の高さは世界に誇るべきものと実感している。今回のセッションを通じて、自分自身も、日本のデザイン力をもっともっと押し上げていくような仕事ができればと改めて感じた」と総括。
最後に高野氏は自身がシリコンバレーで得た経験をもとに、「デザイン思考は起業家だけのものではない。人生のあらゆる場面で取り入れることで豊かに生きる一助となる」と社会を進化させる力としてのデザイン思考の重要性を会場に提起した。デザイン思考は、日本の製造業に再び活気を与え、社会を変えることができるか――。
廣末 智子(ひろすえ・ともこ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。