• 公開日:2025.06.11
  • 最終更新日: 2025.06.09
地方発、食とエネルギーが自立・循環する地域再生の可能性
  • 環境ライター・箕輪 弥生

農家の平均年齢は67歳、毎年9万人以上が離農しており、昨今の米騒動に代表されるように、農業は今、多くの課題を抱えている。そうした中で、新たな価値を創出し、持続可能な農業を目指す企業や地域の取り組みが始まっている。本セッションでは、食とエネルギーの自給圏づくりや、農業の脱炭素をカーボンクレジットという形で支援する事例などを通じて、農業を起点とした地域再生のヒントを探った。実際に地域で活動する3人のキーマンが、地方だからこそ実現できるリジェネラティブな地域再生について実体験に基づいて語り合った。

Day2 ブレイクアウト

ファシリテーター
吉川成美・総合地球環境学研究所 上廣環境日本学センター センター長・特任教授

パネリスト
石崎貴紘・フェイガー 代表取締役
ネマニ蓮美・ファブリック サステナビリティストラテジスト
渡部務・一般社団法人置賜自給圏推進機構 代表

「昭和100年、戦後80年」となる2025年。ファシリテーターの吉川成美氏はこの年を「国際紛争のみならず、令和の米騒動に象徴されるように、農村社会が劇的な変貌を遂げる年」と位置付けた。その上で、「大きな課題となっている食とエネルギーの自給圏づくりに挑戦している地域や取り組みを紹介し、農からの地域自治や持続可能な農業のあり方を議論したい」とセッションの目的を明らかにした。

脱炭素農法を推進し、カーボンクレジットに変える

石崎貴紘氏

最初に登壇したフェイガーの石崎貴紘氏は、農業由来のカーボンクレジットの生成と販売を通じて、農業の脱炭素化を支援している。例えば、水田から発生するメタンガスを抑えること(抑制)でカーボンクレジットを創出し、その利益を活用して高温障害に強い品種を開発する(適応)といった仕組みを支援している。

この取り組みを行った農家は、2023年には60軒だったが、2024年には1300軒に急増した。さらに、日本国内にとどまらず、フィリピンやベトナムなど東南アジア諸国にも展開し、日本の高い稲作技術を生かしながら、同様の仕組みにより生産者の収益確保と脱炭素化の両立を目指している。

「最初は“目に見えないガスを減らすとお金になる”と言っても、詐欺師のように思われたこともあった」と石崎氏は振り返る。それでも、「普段やっている農業に、少し工夫を加えるだけで、これまで評価されなかったものが価値を持つ」ことに理解を示した最初の60軒の農家が成果を上げたことが、取り組みの拡大につながったと語る。

多様な価値観を取り入れ、新たな地域の食を提案

ネマニ蓮美氏

続いて登壇したのは、インドと日本にルーツを持つネマニ蓮美氏である。ネマニ氏は、大学で食と農、地産地消について研究した後、大分県豊後高田市にて直売所の運営管理、地域の食のネットワーク構築、子ども食堂などコミュニティ活動のコーディネートを手掛けてきた。

自身の活動を振り返り、「若者や外国人など多様な価値観を取り入れることで、地域ならではの新たなアイデンティティや価値が生まれた」と話す。例えば、大分でベジタリアンとして暮らす中で考案した「野菜だけのおせち」が成功を収め、地元の野菜に新たな価値を与えた事例を紹介した。

また、アイデアを活性化させ、創造的な思考を促すためのゲーム「アイディエーションゲーム」を行い、新しい商品づくりへとつなげた事例も共有。このゲームには、地域に暮らす高齢者と地域おこし協力隊として赴任した若者が共に参加し、互いのアイデアを融合させて新しい製品の構想を生み出したという。

食とエネルギーの自給圏づくりに先行する山形県置賜地域

若手2人に続いて登壇したのは、有機農業の里として知られる山形県高畠町で、長年にわたり有機農業を実践してきた渡部務氏。高畠町はスタジオジブリの映画『おもひでぽろぽろ』の舞台ともなった場所であり、50年前から地域ぐるみで有機農業に取り組んでいる。渡部氏は1973年の高畠町有機農業研究会設立に参画し、米・野菜・豆類の有機栽培を実践してきた。

渡部務氏

「化学肥料や除草剤を使用せず、たい肥をつくり、それを田畑に戻す。なるべく農協などの農業機関に頼らないで、そうした循環型農業を50年続けてきた」と語る。この背景には「農民の自立を目指す」との考えがあったといい、「農家が栽培において主体性をもち、流通も農協や市場任せにせず、自ら価格を決めて消費者へ直接届けている」と渡部氏が説明するように、高畠町では都市生活者との連携も大きな特徴となっている。

さらに、東日本大震災以降は、食だけでなく、エネルギー自給にも着手し、地域の豊富な自然エネルギーを活用した地元の電力会社「おきたま新電力」を設立。高畠町を含む3市5町からなる置賜(おきたま)地域を「自給圏」と位置付け、「置賜自給圏構想」を掲げて連携して推進している。会場に参加していたおきたま新電力の江口忠博取締役は、「地域外で使われていた自然エネルギーを、地域内で使わない手はないと考え新電力を立ち上げた」と発言した。現在は経営的にも順調で、外部に流出していた地域の自然資本が、域内で経済的にも循環するようになっている。

リジェネラティブな地域再生における食とエネルギーの重要性

吉川成美氏

ファシリテーターの吉川氏は三者の取り組みを総括しつつ、日本の農業にはもともとリジェネラティブな要素が多く含まれていることを指摘し、高畠町の自給圏の取り組みもその一例であると述べた。

一方で、渡部氏は「経済合理性だけで物事を考えるのではなく、自然と共に暮らす中で培われた私たちの論理による合理化の進め方があり、それは企業の論理とは異なる」と強調した。ネマニ氏も、「地域にある生態系を見つめ、いかに点と点を結び付けるかが重要であり、地域ごとに課題やハードルも異なる」と語った。

吉川氏はこれに対し、「サステナブルな取り組みがきちんと評価対象になる兆しが見えてきた中で、地域でそれをいかに早く取り込み、先進事例を広げていくことが重要であり、その点においては企業や都市との連携もしていけるのではないか」と総括した。

冒頭で吉川氏が示した通り、日本の食料自給率は4割に満たず、エネルギー自給率も1割をわずかに超える程度にすぎない。こうした現状において、食とエネルギーの自給は、環境や社会の再生に直結するものであり、本セッションを通じ、リジェネラティブな地域づくりの可能性は、まさに地方にこそあることが明らかとなった。

written by

箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。

東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。 著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。 http://gogreen.hippy.jp/

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