
企業経営においてサステナビリティの重要性が増す一方、その取り組みを社員一人ひとりの行動レベルにまで浸透させ、「自分ごと」として捉えてもらうにはどうすれば良いのか。また、そのための取り組みを経営層に納得させるポイントは何か。「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」では、この普遍的な課題に挑むヤマハ発動機と、先進的な取り組みを加速させている味の素の担当者が登壇。両社の具体的な施策や現状の課題意識を踏まえた、実践的なヒントが共有された。
DAY2 ランチセッション ファシリテーター 小林たくみ・PwCコンサルティング合同会社 パートナー 執行役員 パネリスト 青田元・ヤマハ発動機 経営戦略本部 執行役員 CSO、経営戦略本部長 兼 Yamaha Motor Ventures Chairman 小笠原和子・味の素 コーポレート本部 グローバルコミュニケーション部 シニアマネージャー |
サステナビリティがリスク回避型の受動的な対応にとどまるか、企業価値向上の源泉となる能動的な取り組みへと昇華できるかの分岐点にある。ファシリテーターを務めたPwCコンサルティング合同会社の小林たくみ氏は、この転換を成功させるためには、経営層だけでなく、社員一人ひとりがサステナビリティを「自分ごと」として捉え、日々の業務に落とし込むことが不可欠であると、本セッションの意義を強調した。
ミッションドリブンへ回帰するヤマハ発動機

プレナリーに続いて登壇したヤマハ発動機の青田元氏は、同社の概要やサステナビリティへの取り組みの説明は割愛しつつ、本題として「欧米型のフレームワークでサステナビリティを整理するとリスク対応に偏りがちだが、本来目指すべきは創業以来のミッションドリブンな姿勢であり、そこから生まれるアップサイド(企業の成長余地)の追求だ」と力説。
同社は「感動創造企業」というパーパスの下、具体的なアウトカム設定やマテリアリティ特定を進めているが、社内浸透や社員の腹落ち、業務とのひも付けにはまだ課題を感じているという。青田氏は「社員一人ひとりの活動が、いかに会社のサステナビリティ、そして企業価値向上につながるのか。そのストーリーをファイナンスに結びつけていくことが重要」と語る。また社員が特定の守備範囲にとらわれることを避けるため、あえて専門部署としての「サステナビリティ推進部」を解消し、全社員の「自分ごと化」を促す組織変革にも触れた。
ASVマネジメントによる個人と組織の共成長の先進事例

味の素の小笠原和子氏は、同社が推進する「ASV(Ajinomoto Group Shared Value)」経営について、動画を投影しながら独自の「ASVマネジメントサイクル」を紹介した。これは「理解・納得」「共感・共鳴」「実行・実現」「モニタリング・改善」という4ステップで社員の主体的な行動を促す仕組みで、個人と組織の共成長モデルとして強力に推進されている。
特に注目されるのは、2023年に刷新されたパーパス「アミノサイエンスで人・社会・地球のWell-beingに貢献する」の浸透策だ。当初は「自分の仕事とどう関係が?」という声もあったというこの新パーパスに対し、同社は社員の「マイパーパス(個人の志)」と「会社のパーパス」の重なりを見出すワークショップをグローバルで展開。「アンバサダー制度」を設け、社員自らがパーパスを語り共感を広げる役割を担う。小笠原氏自身もアンバサダーを務めており、個人の内発的な動機と会社の方向性を接続する取り組みが「自分ごと化」を強力に後押ししていると語った。
経営陣の納得を得る価値創造ストーリーとモニタリング
ディスカッションでは、ファシリテーターの小林氏が「(サステナビリティの)財務的価値への接続」の観点からパネリストに意見を求めた。青田氏は「経営者がサステナビリティを継続するためには、それが利益や将来の成長につながるというナラティブ、つまり価値創造ストーリーが不可欠」と取り組みを持続させるための前提を述べた上で、「財務指標になっていないものを非財務指標ではなく『未』財務指標と考え、これを追いかけていくストーリー構成を今後数年で整えたい」と決意を示した。
一方味の素では、ASVの進捗がエンゲージメントサーベイで毎年モニタリングされ、「志への共感」といった項目が一人当たりの売上高などと相関があることもデータで示されている。ASV経営が企業価値向上につながることが可視化されている点が特徴的だが、小笠原氏はエンゲージメントサーベイの結果は「結果表ではなく進捗指標であり、次に何をすべきかを明らかにするためのもの」と、継続的な改善の重要性を示した。
事業部門の巻き込みについて、味の素ではサステナビリティ委員会に事業本部長が参画し、現場レベルでの浸透を図っているほか、グローバルの各拠点への権限移譲が進み、各特性に合わせた拠点ごとの取り組みも進んでいるという。ヤマハ発動機でも、今後グローバル会議の議題にサステナビリティを本格的に組み込み、経営層の納得感を高めていく方針が示された。
最後に青田氏は「トップランナーである味の素さんの話は非常に参考になった」とコメント。小笠原氏は「社内外のステークホルダーとの信頼関係を築きながら、ASV経営をさらに推進していきたい」と抱負を述べ、セッションを締めくくった。
横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。