• 公開日:2025.05.16
文京区とイノカ、中高生の好奇心と未来を育む「アクアベース」オープン 
  • 横田 伸治

2025年5月、東京都文京区に新たな学びと交流の拠点が誕生した。海洋生態系の研究や保護を手掛けるイノカ(文京区)と同区が共同開設した中高生向けの居場所「アクアベース」だ。イノカのオフィスを、中高生が自由に過ごせるサードプレイスとして開放。最先端の技術で再現された海の生態系に触れることを通じて、中高生の知的好奇心を刺激し、主体的な学びを育むことを目指す。 

官民一致で生まれた新たな居場所 

現代社会、特に都心部において、子どもたちが日常的に自然と触れ合う機会は著しく減少している。イノカで教育・イベント事業部長を務める松浦京佑氏は、「海に行ったことがないという子どもたちも増えている」と警鐘を鳴らす。この状況に対し、イノカは自社のオフィスが「中高生にとって新たな居場所になるのではないか」という可能性を感じ、今回のプロジェクトに参画。従来から、親子連れなどを対象に教育ワークショップを手掛けてきた同社だが、専門的な研究環境を整えた同社オフィス自体を学びの場として開放するのは大きなチャレンジだ。 

一方、文京区では、既存の児童館などが主に小学生以下をターゲットとする中、「多感な時期にある中高生にとっても、学校や家庭とは異なる第3の場所が必要」という認識が強かった。そこで、2015年に「青少年プラザ(通称・b-lab / ビーラボ)」を開設し、中高生向けに自由な居場所を提供するとともに、地域における主体的な活動を支援。10代の居場所事業の先進事例として全国的に注目を集めてきた。 

しかし、文京区副区長の加藤裕一氏は「b-labは区の東端に位置するため地理的に訪れにくい中高生も多かった」と話し、新たな拠点への期待の声があったことを明かす。b-labが10周年を迎え、多くの若者がそこでの経験を通じて夢や方向性を見出してきた実績も、新たな居場所づくりの後押しとなった。こうした両者の思いが合致し、公民連携による「アクアベース」プロジェクトが実現した。 

好奇心を刺激し、夢を見つけられる場所に 

「アクアベース」の最大の魅力は、イノカが誇る「環境移送技術」によってオフィス内の水槽に再現された、多種多様な海の生態系だ。水槽は単に美しいだけでなく、「さまざまな生態系を、海を切り取って持ってきた」と松浦氏が語るように、緻密な計算と研究に基づいて維持されている。訪れる中高生たちは間近で水槽を観察でき、水族館でも安定飼育が難しいとされるサンゴのほか、カクレクマノミやサンゴトラザメといった水生生物の営みや生態系の複雑さを五感で感じ取ることができる。 

「アクアベース」内覧会の様子 

「自然と触れ合うということが、やはり我々の知的好奇心の入り口であり、子どもたちにとっても良い体験になる」と松浦氏は強調する。アクアベースでは、ふと水槽に目を向けた瞬間に生まれる「なぜ?」「何だろう?」という小さな疑問や発見を大切にする。専門知識を持つスタッフが常駐して中高生の疑問に応じ、時には一緒に考える伴走者となる。 

中高生向けの特別イベントも実施される。普段は触れることのできない高度な実験機材を使ったり、現役の研究者とディスカッションしたりする機会も提供される予定で、「(小学生向けイベントのように)ただクイズをやるだけではなく、自分たちで課題を見つけ、乗り越えていけるようなコンテンツが必要」と松浦氏が語るように、中高生の探究心を刺激し、主体的な学びを深める工夫が凝らされるという。 

加藤副区長は、b-labの卒業生たちが「(b-labに来たことで)自分たちの新たな興味や方向性を見つけられた」と語っていたエピソードを紹介し、「アクアベースも、子どもたちが夢を見つけられる、旅立ちの場になれば」と期待を込める。 

(左から)文京区の丹羽恵玲奈教育長、イノカの金田颯斗氏、文京区の加藤裕一副区長、イノカの松浦京佑氏 

5月7日のオープニングセレモニーで行われた「サンゴカット」は、多様な海の生態系の土台となるサンゴのように、この場所が未来へのつながりを育んでいくことへの願いが込められている。カットされたサンゴは、今後アクアベースを利用する中高生たちが見守る館内に展示される予定だ。 

アクアベースが育む、未来への種 

この取り組みは、サステナビリティの観点からも多くの示唆に富んでいる。 

「環境教育」の推進は最も分かりやすい例だ。身近に海の生態系に触れることで、生物多様性の重要性や海洋環境問題への関心を自然な形で高めることができる。 

次に「次世代育成」への貢献。中高生の知的好奇心を刺激し、科学や自然への興味を引き出すことは、将来の環境問題解決を担う人材育成につながる。アクアベースでの主体的な探究活動は、論理的思考力や課題解決能力を養う絶好の機会となるはずだ。松浦氏はこうした力を「学びの本質であり、彼ら中高生の新たな可能性を広げる小さな種」と表現し、「我々はその種がしっかりと芽吹き、成長していくことを見守りながら、時にはそっと水をあげられるような存在でありたい」と語る。 

「地域共創」のモデルケースとしての意義も大きい。企業が持つ専門技術やリソースと、自治体が持つ課題意識やネットワークが結びつくことで、新たな社会的価値が創出される。この公民連携のスキームは、他の地域における課題解決にも応用可能なヒントとなるかもしれない。 

加藤副区長が「地域の方、様々な方に温かく見守ってほしい」と呼びかけた通り、アクアベースが地域に根ざし、多くの子どもたちの成長を見守る存在として発展していくことが期待される。この小さな海の拠点から、未来の地球環境を豊かにし、持続可能な社会を築いていく大きな力が生まれるかもしれない。 

アクアベース

所在地 
東京都文京区後楽2丁目3番21号(住友不動産飯田橋ビル1階・株式会社イノカオフィス内) 

利用対象 
区内在住・在学・在勤の中高生世代 

運営日 
水曜日・金曜日 午後3時〜7時 
土曜日 午後1時〜6時 

利用料 
無料 
written by

横田 伸治(よこた・しんじ)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。

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