
遠洋漁業の港町として知られる静岡県焼津市に2025年2月、廃ホテルをリノベーションしたホテル「西町DOCK」がオープンした。訪れる人と地域の文化が交わる「まちと旅の接点」でありながら、建物の再生を通じて、困難を抱える人々の就労や生活をも支える「タテナオシ」の最新事例でもある。まちづくりと福祉を結び、実現したいのは「共感力のある社会」。運営するRenovate Japan(東京)代表の甲斐隆之氏に、これまでの取り組みや原体験、今後の展望を聞いた。
観光消費を超えて、まちと旅の接点をつくる
これまで東京で活動してきた甲斐氏と焼津との最初の接点は、「西町DOCK」となる物件そのものだった。2022年夏、ある不動産投資家から「コロナ禍で手に入れたものの、活用しきれずにいる物件をどうにかできないか」という相談が舞い込んだ。初めて焼津の地を踏み、廃墟同然だった物件を目の当たりにした甲斐氏は、「規模とポテンシャルがあって、巨大すぎもしない。ちょうどいいチャレンジ物件だ」と直感したという。

コンセプトは、「まちと旅の接点を作る」こと。単に観光消費するのではなく、焼津の文化や人と深く交わり、「自分の殻から抜け出した感覚」を旅人に持ってほしい。そんな思いが、船が停泊し、さまざまなモノやコトがつながる「ドック(DOCK)」という名前に込められた。 設計においては「関わる人たちがそれぞれの色を残せるように、余白を残したかった」と語り、たとえば2階の廊下の壁は、焼津市内の事業者から出た廃棄壁紙を無料で回収し、地域の人々とともに手作業でパッチワークにしつらえた。甲斐氏は「手を加えた感触、自分がそこにいた感触を残せる場所にしていきたい」と話す。
自分も空き家物件も、「お荷物」ではない
運営するRenovate Japanのコア事業である「タテナオシ」。空き家物件の改修に留まらず、そのプロセスで生活困窮者などの居住支援を行う事業だ。DV被害を受けたり外国人差別を受けたりするなどの理由で、家や仕事に困っている人を「リノベーター」として雇用。物件内で早期に改修作業を終えた部屋を「リノベーター」が暮らす個室として提供し、他の部屋の改修作業に当たるスタッフとして住み込みで働いてもらう仕組みだ。最新事例となる西町DOCKでも、オープンに向けた作業の中で福祉的支援が生まれていた。
「西町DOCKでは、水道工事の遅れや資金面での綱渡りなどがあり、当初計画していた住み込みでの『リノベーター』の受け入れは、厳密には実現できませんでした。ただ、地元で雇い入れた若者の多くは、何らかのマイノリティー属性を抱えていたり、仕事を見つけるのに困っていたりする方々でした」(甲斐氏)

リノベーション前の物件の様子(Renovate Japan提供)

スタッフや地域住民が交わりながら、改修作業は進められた(Renovate Japan提供)
地域や社会に居場所を見出しにくかった人が、「タテナオシ」の理念に共感して西町DOCKに集まる。そして地域の人々とともに働く中で、社会とのつながりや明るさを取り戻していく。甲斐氏は「地域の『お荷物』となっている空き家物件を、自分は社会の『お荷物』だと思い込まされている人が、『自分も物件もプラスにしていく』ために行動する。そんな形を実現できれば」と思いを語る。
「罪滅ぼし」として、行政にも企業にもできないことを
活動の根底には、甲斐氏自身の原体験がある。6歳で父を亡くした同氏は、遺族年金を頼りに母子家庭で育ち、進学塾にも通わずに国公立大学まで進学。苦労を重ねてきた自負があったというが、大学で受けた講義をきっかけに、「そもそも自分が大学まで進学できたのは、遺族年金や公教育といった制度や、その重要性を知らせる情報に支えられていたから。同じ地域でもその制度にたどり着けない人がいるし、制度自体がない国や地域もある」と気付いたという。
「自分がいかに恵まれていたかを痛感し、恵まれていないと思っていたことが恥ずかしくなった。その罪滅ぼしに、何か自分にできることはないかと模索するようになった」と胸中を明かす。

しかし、行政による困難層向けの支援には限界があるとも思っていた。開発経済学を学ぶため大学院に進学した後、民間のシンクタンクで公共政策調査などに携わる中で、税金を使う行政では個別最適化した支援が難しいことに歯がゆさを感じていた。例えば、ホームレスの生活保護申請を支援するため、行政が一時保護施設を紹介しても、長年過ごしたペットが一緒に入居できないことを理由に、当事者側から支援を断られてしまうケースがある。また、DV被害者の多くはコミュニケーションに不安を抱えていて、相部屋が多い既存のシェルターになじめないことも多い。
かといって民間の営利企業では、家賃を払えない人々に居住空間を貸し出せない。「困難を抱える人が、家賃を払わずに使える居住リソースは無いか」と考えて思い浮かんだのが、空き家だった。「ボロボロでは住めないし、改修が終わってしまったら家賃を払わなければいけない。改修工事の間の、まだ市場価値が曖昧な状態の空間を使えないか、と考えたのが『タテナオシ』の始まり」と甲斐氏は振り返る。
発案から数か月後の2020年10月に合同会社Renovate Japanを創業。以来、居場所のない若者を支援する民間団体と連携して「リノベーター」を集め、都内の小規模集合住宅などを中心に、空き家の改修を受託してきた。住居と収入を得た「リノベーター」たちは、約1年間の作業の後、頼れる親族や新たな就労先を見つけたり、住所を得たことで生活保護を申請できたりするなど、それぞれの道を切り開いていくという。
日本をリノベートし、共感力のある社会に
近年は、東京都のDV被害者向けシェルターが個室化を進めるなど、行政側の支援体制にも変化が見られる。甲斐氏は「いい意味で我々の役割が減ってきた」と語り、空き家の改修時だけでなく、中長期的な福祉的支援の実現を目指している。西町DOCKでは今後、ホテル事業での収益を安定させた上で、従来の「リノベーター」のように家と仕事に困っている若者だけでなく、地域で働き口を探している高齢者などをスタッフに迎えることも検討しているという。

甲斐氏が見据えるのは、「共感力のある社会の実現」だ。西町DOCKに泊まれば、これまで関わってきた人たちのストーリーを知り、地域に根付く文化に触れることができる。こうした体験を通して、自分とは異なる立場の他者の気持ちを想像してほしいという。
「『タテナオシ』事業を通じて、マイナスに見えたものがプラスになる可能性や、社会から一度弾かれた人が輝ける余地があることを示したい」という決意は、創業時から変わらない。社名に込めた「日本をリノベートする」という壮大な願いに向け、挑戦は続いていく。
横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。