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  • 公開日:2025.05.07
  • 最終更新日: 2025.05.01
日本独自のサステナ開示「SSBJ基準」とは? 企業実務に大きな影響
  • 横田 伸治

今春、日本のサステナビリティ情報開示は新たな局面を迎えた。サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開発を進めてきた日本独自の開示基準、通称「SSBJ基準」の概要が2025年3月に公開され、上場企業への法定適用に先んじて、任意適用が可能となった。 

SSBJ基準は、国際的な潮流と日本の実情を踏まえて策定された、信頼性と比較可能性の高いサステナビリティ情報開示の枠組みだ。投資家や金融機関が企業の持続可能性を重視する中、この基準への対応は、企業の競争力や将来価値を左右する重要な要素となる。本記事では、「SSBJ基準」とは何か、また法定適用に向けて企業が押さえておくべきポイント、そして義務としての情報開示を超え、企業価値向上につなげるための視点について解説する。 

写真:photoAC

国際基準と整合する、国内独自の開示基準

「SSBJ基準」は、公益財団法人財務会計基準機構内に設置されたSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が開発した新基準だ。日本企業に対し、サステナビリティ情報を「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つの構成要素で整理し、開示することを求める。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)によるグローバルなベースライン「ISSB基準」の「S1基準(全般的要求事項)」と「S2基準(気候関連)」に準拠しており、気候関連開示は、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言の枠組みを基礎として、より詳細で具体的な情報開示が求められることになる。 

例えばScope1、2、 3のGHG排出量、気候関連のリスクと機会が事業戦略や財務諸表に与える影響、移行計画の具体的内容、目標達成に向けた進捗状況など、具体的かつ定量的な情報の開示が重視される。これまで定性的な説明にとどまっていた部分についても、数値データに基づいた客観的な情報提供が必要となる場面が増えることが想定される。 

これらの内容は2025年3月に確定・公表された。SSBJ自体は適用の義務を定めていないが、金融庁によれば、2027年3月期以降、時価総額の大きな企業から順に有価証券報告書における法定開示として適用される見通しだ。2025年3月期からは先んじて任意適用が可能となっており、早期に対応を進める企業は、投資家等へのアピールや社内体制構築の先行メリットを得られる可能性がある。 

金融庁「第2回 金融審議会 サステナビリティ情報の開示と 保証のあり方に関するワーキング・グループ」より 

SSBJ基準制定の背景には、グローバルに活動する企業にとって、各国で異なる基準に対応する負担が大きくなっていたことが挙げられる。国際的に統一された基準への要請が高まる中、国内企業が国際的な資本市場で適切に評価され、不利にならないようにするため、ISSB基準と整合しつつ、日本として独自の国際基準を定めたい狙いもあった。そこで、日本の金融商品取引法などの法制度や産業構造、慣行といった国内の実情を考慮し、必要最低限の修正や補足を加えた日本の基準として「SSBJ基準」を開発した。 

投資家の意思決定に重要な影響を与える財務情報に関連性の高いサステナビリティ情報(財務マテリアリティ)に焦点を当てていることも特徴だ。これは、欧州のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)が、企業が社会・環境に与える影響(インパクト)も重視する「ダブルマテリアリティ」を採用している点とは異なるアプローチだ。 

企業実務に対する影響は 

SSBJ基準の適用は、企業の情報開示実務に大きな影響をもたらす。単に開示項目が増えるだけでなく、情報の質、収集プロセス、社内体制の全てにおいて高度化が求められると言える。 

SSBJ基準対応における最大の課題の一つが、信頼できるデータの収集・管理だ。特にバリューチェーン全体での連携が必要なScope3排出量や、これまで定量化が難しかったリスク・機会の財務的影響など、新たなデータ収集・分析が求められる。さらに、財務とサステナビリティ双方に精通した人材の不足は、多くの企業が直面する課題だろう。 

既存の情報開示との整理も必要だ。SSBJ基準の導入は有価証券報告書において法定開示が求められ、その正確性・網羅性・比較可能性が担保される必要がある。統合報告書においては、SSBJ基準に基づく法定開示情報を活かしながら、より説得力のある価値創造ストーリーを描くことが可能になる。また、機会やリスクに関連するサステナビリティ関連情報の詳細をデータブックやウェブサイトで開示することも有効だ。環境関連情報(気候変動関連項目、原材料利用、リサイクル、廃棄関連情報、大気、水など)、社会関連情報(人権、安全・品質、サプライヤー対応、従業員関連項目、地域貢献など)の詳細情報開示の受け皿も用意できることが望ましい。 

このように企業は、各開示媒体の特性を理解し、情報の一元管理と戦略的な情報発信体制を構築することが求められる。 これらに対しては、経営層の強いコミットメントの下、全社的なプロジェクトとして、段階的に取り組むことが現実的だ。データ収集・管理・分析のためのITツールの活用や、非財務データと財務データを統合的に管理・分析する基盤の構築も求められる。外部専門家の活用や業界内での連携も視野に入れるべきだろう。 

またSSBJ基準の影響は、直接的な開示義務を負う大企業だけでなく、バリューチェーン全体の取引先となる中堅・中小企業にも及ぶ。大企業からの情報提供要請の増加や、金融機関によるサステナビリティ融資の広がりなどを考えれば、中堅・中小企業にとっても、自社のサステナビリティへの取り組み状況を把握し、対応を進めることの重要性は増している。 

写真:photoAC

  

「SSBJ基準」対応を価値創造のエンジンに

一方で、最も重要なのは、このSSBJ基準への対応を、単なる「コスト」や「義務」として受け身で捉えるのではなく、プロアクティブに自社の持続的な成長と企業価値向上につなげる「戦略的な機会」と捉えることである。 

例えば、基準対応を通じてサステナビリティ・リスクを体系的に把握・評価し、経営戦略に統合することで、変化への耐性(レジリエンス)を高めることができる。また脱炭素化やサーキュラーエコノミーといった社会課題の解決につながる技術・製品・サービスは、新たな市場と成長機会を生み出す。何より、透明性の高い情報開示と実質的な取り組みは、投資家、顧客、従業員、地域社会など多くのステークホルダーからの信頼とエンゲージメントを高め、企業価値向上に貢献するものだ。 

SSBJ基準が求める「戦略」や「指標と目標」の開示は、企業がサステナビリティを経営戦略にどう位置づけ、具体的な行動に落とし込んでいるかを問う。自社にとっての重要課題(マテリアリティ)を特定し、それに基づくKPIを設定・管理し、その進捗を開示する。そして、その一連の取り組みが、いかにして社会課題の解決と自社の企業価値向上に結びついているのか、独自の価値創造ストーリーとして明確に語ること。これこそが、SSBJ基準への対応を、受け身の姿勢を超えた価値創造へとつなげる鍵となる。 

SSBJ基準の適用開始は、日本企業にとってサステナビリティ経営を本格化させる号砲だと言える。法定適用に向けた変化を前向きに捉え、早期かつ主体的に取り組むことが、これからの時代の企業競争力を左右するだろう。 

written by

横田 伸治(よこた・しんじ)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。

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