
UCC上島珈琲(神戸市)はこのほど、自社が掲げる2040年までのカーボンニュートラル実現に向け、水素を熱源とする焙煎コーヒーの量産を世界で初めて開始した。国の助成を受け、焙煎機メーカーなどと共に実装を進めていたもので、同社富士工場(静岡県富士市)に導入した大型水素焙煎機が本格稼働。食品加工分野における脱炭素化のイノベーションが一歩進んだ形だ。
同社によると、工場におけるコーヒーの焙煎工程には、通常、天然ガス等の化石燃料が使われる。これは焙煎には微妙な温度調整を行いながら、高音で加熱し続ける技術が必要なためで、再生可能エネルギーによって電化することが難しいという事情があった。そこで同社では約4年前から、燃焼時にCO2を排出しない水素を熱源とする焙煎技術の確立に挑戦してきた経緯がある。
富士工場に設置された大型水素焙煎機は、同社が独自に設計・開発したもので、年間約6000トンのコーヒーを焙煎する能力を備える。燃料の水素は、隣県の山梨県が、甲府市にある施設で、独自のシステムによって製造するグリーン水素※を専用トレーラーで調達する。
※再生可能エネルギーで水を電気分解し、生成した水素。製造過程と利用時の両方で温室効果ガスの排出がない
環境負荷低減と、水素ならではの味アピール
水素によるコーヒー焙煎技術の実証を進める中で、同社が手応えを感じたのは、従来のガス燃料よりも、水素を熱源とした方が、焙煎時の温度調整幅が広く、「水素焙煎ならではの味」が創り出せることだった。水素焙煎コーヒーの量産を前に、今年1月には、これまでに同社が培った焙煎ノウハウと、水素焙煎による熱量のコントロールを組み合わせることで新しい豆の魅力を引き出す技術において特許も取得している。

同社は量産開始を機に、「水素焙煎コーヒー」と銘打った業務用と家庭用のレギュラーコーヒー豆や飲料製品など計7品目を順次、販売している。熱源を水素としたことによる製造コストがどの程度増えたかについては公表していないが、新製品の価格は従来品と比べて1.3〜1.5倍程度に設定しており、「毎日、朝と午後のコーヒーを水素焙煎に切り替えると、1年間で植樹1本分のCO2削減効果がある※」といった環境負荷低減への貢献に加え、水素コーヒーにしか出せない味わいを消費者に広くアピールしていくという。
※コーヒー1杯分の豆の使用量を12グラムと換算し、環境省発行の「ゼロカーボンアクション30レポート2021」に基づいて試算
3月に開かれた「サステナブル・ブランド国際会議2025東京丸の内」で、次世代エネルギーについて語るセッションに登壇した、同社の里見陵・執行役員 サステナビリティ経営推進本部長は、「原価の大半は原料コストであり、原料が数年前に比べて3倍にも4倍にも上がっている中で、燃料の占める割合はそれほど高くない。投資はそれなりにかかったが、十分に回収できると思っている。量産前から継続してきたステークホルダーとの連携を加速し、水素焙煎が当たり前になる世界観を作っていきたい」と語っている。
コーヒー焙煎というある意味ニッチな分野において、水素の可能性を示したUCCの挑戦が、食品分野における次世代エネルギーのイノベーションを加速させることにつながるかどうかが注目される。
廣末 智子(ひろすえ・ともこ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。