
2022年にChatGPTが公開されて以降、ビジネスシーンにおいて生成AIが盛んに使用されるようになった。現在の主な用途は文書作成だが、今後は一層さまざまな活用が期待される。「サステナブル・ブランド国際会議 2025 東京・丸の内」では、ビジネスシーンにおける生成AIの活用をテーマに「AIが可視化するサステナビリティのリアル」と銘打ったセッションを実施。ソフト開発、金融、コンサルティングと異なる業界で活躍する3人の登壇者の発表から、生成AIの現在地と今後の可能性を探った。
Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 足立直樹・SB国際会議サステナビリティ・プロデューサー パネリスト 牛島慶一・EY Japan 気候変動・サステナビリティサービス 日本地域リーダー/プリンシパル 髙橋沙織・農林中央金庫 コーポレートデザイン部 ストラテジーグループ サステナブル経営班 調査役 森 航哉・NTTデータグループ グローバルイノベーション本部 部長 |
AIエージェントがチームで営業を代行

NTTデータグループの森航哉氏は、まず生成AIの進化について触れた。従来のLLM(大規模言語モデル)に加えて2024年頃からRAG(検索拡張生成)と呼ばれる社内の機密情報などの検索システムが使用され始めた。NTTデータグループとしては、2025年度以降「Smart Agent」というAIエージェントを本格的に作ると述べ、一部は2024年11月からすでに実用化しているという。
Smart Agentの特徴を一言でいうと「チーム」だ。経理や法務、営業や人事といった複数の専門性が高いAIエージェント「特化エージェント」に対して、オフィスワーカー業務に最適化されたAIエージェント「パーソナルエージェント」が指示を出す。その仕組みは、まるで1人の上司と専門スキルをもつ複数の部下からなるチームだ。

利用方法としては、例えば営業におけるアポイントメントや提案準備、契約締結や事務処理などをSmart Agentが代行。その結果、労働力不足を補える。分野としては、金融や小売業、地方自治体などのほか、マーケティングや法務、ファイナンスなど幅広いシーンでの活用が期待される。今後はより複雑なワークタスクにも活用可能であるという。
また、同社ではソフトウェア開発もAIドリブンで行っている。開発にはプロジェクト管理や要件定義、設計などさまざまなフェーズがあるが、2025年度までにソフトウェア開発のライフサイクル全体の50%を、2027年度までに同じく70%をAIによって行い、生産性を大幅に向上させることを目標としている。
ファシリテーターの足立直樹氏からシステム立ち上げに必要な期間について質問された森氏は「PoC(概念実証)なら数か月もかけずにシステムを立ち上げられる」とAIドリブンなソフトウェア開発の有効性を示した。
また、同社はデータセンターの運用も行っており、森氏はサーバーの熱を効率的に冷やす冷却システムや、NTTグループ全体で開発中の、従来の電気ではなく光を用いた次世代通信技術「IOWN」についても触れた。
投融資先の自然に対するインパクトをAIで調査

農林中央金庫は「食と地域の暮らしを支えるリーディングバンク」のスローガンを掲げ、農業協同組合(JA)や漁業協同組合(JF)など会員の企業・機関から預かった合計99兆円もの資金を運用している。
同金庫の髙橋沙織氏は、同金庫がパートナー企業とともに行った「投融資先が自然環境に与えるインパクトの分析」の事例を紹介した。例えば畜産業における牛の飼育について遡っていくと、飼料となるトウモロコシや飼料米の生産は自然環境に対して大きなインパクトがあると分かった。これは衛星写真と各国の政府・NGOのレポートを生成AIに読み込ませて分析した結果だという。他にも食品別にGHG排出量やエネルギー使用量を調べると、「包装食品・肉」のCO2排出量が多いと分かった。

これについて髙橋氏は「今後、データ活用を進めたい」としたが、「個別の顧客と対話しながら調査していくことは難しく、まずはマクロなデータから現状把握が大切だ」と述べた。また、データの裏で実際に起こっている問題の追及や説明責任について「データ活用の効率化や標準化は私たちの課題」と述べた。
足立氏から、金融機関がサプライチェーンの上流まで環境負荷について調べる必要性について問われると、髙橋氏は「ステークホルダーから求められているというよりも、我々自身がそこに関心がある。データがあると議論のきっかけになるだけでなく、関係者が、気候変動が顧客の事業に与えるリスクを把握する材料になる。そうすれば、当行や投融資先全体におけるビジネスの持続可能性の見通しに役立つ」と取り組む理由を語った。
衛星画像×生成AIの新しい活用方法提案

ESGやサステナビリティを企業価値や競争優位性の向上につなげるためのコンサルティングを行うEY Japan。牛島慶一氏はサステナビリティにおけるAI活用のトレンドを3つ紹介した。
1つ目はサステナビリティレポートの自動作成である。データを生成AIに読み込ませ、そのデータをもとにグラフ作成やナラティブ(人が書いたように自然)な文書作成を行う。例えば、財務情報と非財務情報の同時開示が求められる際、AIを用いれば資料作成の負荷が低減されるだけでなく、蓄積されたサステナビリティデータをもとに高度な予測や分析も自動でできるようになる。
2つ目として、生成AIを活用した衛星画像の分析を挙げた。これにより、森林や、湖や池などの水量、動物の生息数の減少など、目視では気づかないことも正確に分析し、示唆してくれる。これはEUDR(欧州森林破壊防止規則)に有効で、EY Japanでも同様のソリューションを提供している。

牛島氏は「このソリューションは貿易(流通)のファクトチェックにも活用できる。船舶や物資の動きと衛星画像の整合性を生成AIによってチェックできるからだ。一部では実用化されている」とビジネスシーンにおける活用状況の実態を話した。
3つ目は話者の自信の度合いを生成AIで評価するというもの。例えば、CEOやCFOが決算説明会などにおいて話す様子を動画に残す場合は多いが、その際、生成AIが顔色や声のトーンをもとに自信の度合いを分析。その結果をもとに、取引先やステークホルダーはさまざまな意思決定ができるという、非常にユニークな活用事例だ。
AIの正確性、信頼性をどう判断するか
登壇者による事例紹介が終わった後は、ファシリテーターからの質問に答える形でクロスセッションが行われた。
生成AI活用の今後の課題を問われた髙橋氏は「生成AIには正確性の向上を求めたいが、インパクトの見極めは人間がしなければならない。例えば、ある土地から虫が一匹いなくなったことを生成AIで正確に把握できても、その事象がどれほどのインパクトを与えることなのか?というのは人間が判断する必要がある」と述べた。
森氏は「人間も間違えることがあるし、そもそも生成AIの学習データが100%正しいとは限らない」、牛島氏は「正確性も大切だが、さらに重要なのは信頼性だ。生成AIの分析結果に多少の誤りがあっても、意思決定の判断材料となり得る信頼性は必要。ただし、それを担保する方法は確立されておらず、どのようにガバナンスを効かせるかが重要だ」とそれぞれ指摘した。 さらに、牛島氏は生成AIと電力需要の関係にも触れ、「生成AIやデータセンターによって電力使用量が増加するため、電力需要の予想の見直しが必要。同時に、再生可能エネルギーとは別のベースロード電源や安定的なグリッド(電力網)も欠かせない」と述べた。
生成AIが生み出す希望とは
最後に各々が生成AIへの希望を語った。
髙橋氏は「金融商品の成果分析に期待する」と語った。現状、金融商品を詳細に分析するにはアセットマネージャーの過大な人的労力が必要であるため「生成AIで日々の情報収集と分析ができるようになれば大きなメリットだ」と述べた。
森氏は、牛島氏が指摘した電力需要の逼迫について「Smart Agentに使われるような、小規模で電力消費量の小さい生成AIを用いることで、必要最小限の電力で成果を最大化できる」と解決の可能性を示した。
牛島氏は「生成AIを用いたデータの可視化や映像化に期待している」と述べた。EY Japanではすでにその取り組みを始めている。IPCCや国際シンクタンクのデータをもとに、30年後の地球を4つのシナリオで映像化した「Four Futures」がそれで、サステナブル・ブランド国際会議の会期中を含む 4日間、同社のオフィスで上映された。
足立氏は、「AIの技術によって、今後は私たちのいろいろな判断も後から検証しやすくなるのではないか。AIを使って、いかに世の中がサステナブルな方向に肉薄できるかが重要だ」とセッションを総括。
すでにさまざまな業界で生成AIが活用されており、必要不可欠な世の中になっている。本セッションで紹介された生成AIの活用例は無限の可能性の一部であり、今後どのようにAIを活用し、自分が携わるビジネスを加速、あるいは拡大させるのかは、自ら考えを深める必要があるだろう。
廣石 健悟 (ひろいし・けんご)
1985年生まれ、長野県長野市在住。学生時代の専攻は機械工学。新卒で鉄鋼系物流会社に入社して大型物流設備の導入を担当した後、半導体パッケージメーカーに転職して生産設備・治具の設計を担当。フリーライターとして独立後は、インタビュー記事を中心にイベントレポートやニュース記事などを執筆。執筆分野は工学を中心としてビジネス、採用、地域活動など幅広い。 x アカウント@k_hiroishi