• 公開日:2021.05.06
文化を楽しみ、地球をきれいにしながら、経済を回すサステナブルな社会を――美術家 長坂真護
  • 廣末 智子

辺り一面もうもうと白煙が立ち込める、広大な、戦後の焼け野原のような場所。その只中でマスクすらしていない人たちが、燃やすごみを探し、うつろな表情で歩いている。世界最大の電子廃棄物の不法投機場所であり、別名「電子ごみの墓場」とも呼ばれる、ガーナの首都・アクラ郊外にあるアグボグブロシー地区の現実だ。2月24・25日に開催したサステナブル・ブランド国際会議2021横浜は、そんな目を疑うような衝撃映像から始まった。(廣末智子)

映像は、3年前、初めてこの地に立ち、「大量消費社会の大きな闇」を突きつけられたと感じた一人の美術家が、それらの廃棄物を素材に作品を生み出し、その収益を生かして現地の人たちの生活を改善する活動を追ったドキュメンタリー『Still A Black Star』の一場面だ。国際会議の最初に登壇したその人、美術家でMAGO CREATION代表の長坂真護氏は、この映像を通じて、「これからのサステナブルな社会を、われわれがどう生き抜いていけば良いのか、皆さんとシェアできたらと思う。利益ではなく愛を追求する社会へ、共に立ち上がろう」と呼びかけた。

電子ごみをアートに転換、先進国で起きた奇跡

アグボグブロシーを訪れる前、「とても貧乏な路上の絵描きだった」という長坂氏。初めて見たアグボグブロシーの現実は、彼の目に「資本主義の紛れもない真実」として突き刺さった。「ごまんとある製品が世界中で売られ、使われ、アグボグブロシーのようなところで最後を遂げる。その結果、地球上において最も毒性の強い場所を作り出している」。そう痛感すると同時に、「自分もそういった廃棄物を生み出している1人だ」と気付いた。「破綻したリサイクルシステムにゴミを捨てることで、終わりのない消費という流れに加担していた。僕が先進国で生産活動をすればするほど、アーティストとして活躍すればするほど、彼らにシワよせが来る」と。その一方で、希望も持った。「たくさんの電子機器が地面に横たわり、焼却されているのを見た時、これらはまだごみにはなっていない、まだ生きていて、使いみちが残されていると考えたんです」。美術家、長坂真護によるサステナブル・アート・プロジェクトはそうして生まれた。

アグボグブロシーの人々は、わずか5ドルの日当で、ガスマスクも買えずに身体を壊してがんになり、30代、40代で亡くなっていく。「そんな3万人が暮らすスラム街の人たちが、たった一人のアジア人である僕を温かく受け入れてくれた。帰る時、彼らは僕に、『真護、また来てくれるよね。君が付けているガスマスク、僕たちにも持ってきてよ。だって死にたくないから』と言ったんです」。その後、持ち帰った電子ごみを絵の具替わりに描いた作品を販売すると、なんと2200万円の値がついた。「彼らの切なる願いがアートに転化して、先進国で奇跡を起こした」と思うしかない出来事だった。

これを機に、アグボグブロシーの廃材から作った作品で得た収入をアグボグブロシーの人々へと還元していくプロジェクトは着々と進んでいる。約1000個のガスマスク配布に始まり、2018年にはスラム街初の学校「MAGO ART AND STUDY」を開校、ABCも読めなかった子たちが読み書きができるようになった。さらに2019年には彼らが新たな収入を得るための文化施設として、「MAGO E-Waste Museum」を設立し、アーティストの教育も行なっている。「われわれが持つ販売チャンネルで、彼らの絵を売り、売れた金額の10%を渡す。1枚売れると成人男性2カ月分の給料を子どもたちにプレゼントすることができます」。こうしたアートの売り上げで、アグボグブロシーの環境、文化、経済を動かすシステムを、長坂氏は「サステナブル・キャピタリズム」と提唱する。この手法を応用して、クラウドファウンディングを行ったところ、約3100万円という金額を集めることにもつながった。ハリウッドで制作した上記のドキュメンタリー映画は、米国の「Impact DOCS Awards2020」で4部門を受賞。今年、全米で公開予定だ。

昨年、長坂氏が描いた絵は625作品。これらは国内のギャラリーやオンラインショップなどで販売し、売り上げは確実に伸びている。昨年、大手デパートで行われたエキシビションには、コロナ禍で期間が半年に限定されたにもかかわらず、2万人が来場、全体の売り上げは前年の倍の3億円を突破した。さらに今年はニューヨークやパリ、香港など世界中に販売網を広げる予定で、6億円の売り上げを見込む。「世界中でサステナブル・ムーブメントを起こします。なぜなら、10年後、100億円を集めて、リサイクルギガファクトリーを彼らにプレゼントしたいから。1万人世帯の雇用を創出して、健康で健全な社会をプレゼントしたい。そう切に願っています。でも時間が足りない。今、この一刻も、地球はどんどん悪くなっているから。だから僕らはスピードを上げます」。そう一気に話した後で、同氏は、「ただ、このプロジェクトは、僕が死んだら終わってしまう脆弱なプロジェクトです。僕はこれを変えます。僕がつくったMAGOというサステナブルなフィロソフィーをみんなが参画できる画期的なものに」と続けた。

アニメキャラクター「ミリーちゃん」展開へ 10年でガーナの貧困解決させる

「そうして始まった新しいプロジェクト」として長坂氏が紹介したのが、電子ごみから作り出したアニメキャラクター、「ミリーちゃん」だ。このミリーちゃんを「第2のアンパンマンにすることを目指している」と言い、アニメシリーズを展開するとともに、実際に電子ごみからつくった人形などのグッズを販売する計画を示した。そのために今年、ガーナに小さな町工場を作るという。その工場ではミリーちゃんのグッズ作りにとどまらず、電子ごみをチップ化し、日本でケミカル処理を行って、リサイクルぺレットを生成する方針を立てている。「それをいろんな企業に売りたい。ゲーム、エレクトロニクス、アパレル、いろんな分野に活用できます。企業の皆さん、ぜひ一緒に製品を作っていきませんか」。そう会場に呼び掛けた長坂氏。誰もが参画できるこのプロジェクトの成功を確信しており、「だから僕は10年以内に、ガーナの貧困問題を解決する」と言い切った。その後は、世界中のMAGOギャラリーを拠点に、全世界の貧困や環境問題を解決していくという。
 
最後に、長坂氏は「文化を楽しみ、地球をきれいにしながら、経済を回す。このシンプルなフィロソフィーを、これから起業しようとしている人や、今ある企業に、コンセプトとして、企業理念として取り入れてほしい」とアドバイス。「利益を追求する時代は終わりました。これからはこの地球をきれいにする愛を追求して利益を生むようなサステナブルな社会を皆さんでつくっていきましょう。すべてはガーナのために。美しい地球のために。ひいては地球人全員のために。立ち上がって進んでいきましょう」。そう力強くしめくくった。

written by

廣末 智子(ひろすえ・ともこ)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局  デスク・記者

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。

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