• 公開日:2019.08.06
  • 最終更新日: 2025.03.27
第1回 カンヌが多くの人を惹きつける理由
  • 亀井 光則

「カンヌで日焼けすると広告の神様が逃げていく」

これは10数年前に初めてカンヌライオンズに参加することになった時、会社の先輩からもらった餞別の言葉だ。ビーチで遊んでないで、ちゃんと勉強して来なさい、と。カンヌのような愉しそうな場所にビジネス出張する際の戒めの言葉だったと思う。名言っぽいが、もしかしたら単なるやっかみ発言だったかもしれない。「〜〜の神様が逃げる」というテンプレートも古いし、「広告」という単語も古い。だが10年以上たったいまも、カンヌライオンズに参加する時はいつもこの言葉を思い出すのだ。

カンヌといえば、一般的には国際映画祭が有名である。映画祭は毎年5月に行われるが、翌6月に行われているのがカンヌライオンズだ。会場は映画祭と同一で、有名なレッドカーペットもある。元々は映画祭のコマーシャルフィルム部門がスピンオフしたため「国際広告祭」という名称であった。しかし時代は変わり、2011年には正式名称からAdvertisingがなくなって、Cannes Lions International Festival of Creativityに。広告だけでなく、様々なクリエイティビティ(創造性)を評価するフェスティバルに生まれ変わった。

このクリエイティビティという単語は、定義が難しい。様々な業界や領域で使えるが、指していることも様々だから一言では説明しづらい。やや魔法的な言葉といってもよい。前述の通りカンヌライオンズは広告祭ではなくなったが、カンヌライオンズで共有されているクリエイティビティを理解するためには、広告時代からの流れを知ることが必要だと思う。

クリエイティビティは広告領域では「表現のおもしろさ」というような意味合いで使われてきた。その存在価値をもっと具体的にいうなら、「マーケティング目標に対して、広告表現をジャンプアップさせることで目標達成に近づけていくための、企画発想や制作の努力」といったところだ。広告表現をおもしろくすることで、目標を達成するだけでなく、時として想定していなかった高みへ辿り着けることが起こる。その成功体験が、クリエイティビティという存在を支えている。かつ、この表現のジャンプアップ方法が「今までに誰もやっていない」とベスト。これも特徴的だ。はじめての手法を評価する姿勢が、ゼロからイチを生み出す意味を含む創造性という単語を選ばせているのだ。

広告には様々な制限がある。尺の長さや掲載サイズだけでなく、表現上の規制も。また自社ブランドの広告のすぐ近くに競合ブランドの広告が存在することも多々ある。広告というのは、情報を伝える場としてはかなりの悪条件なのである。でも、こうした悪条件だからこそ、情報を伝達する手法が発達したのだ。難しいことをわかりやすく伝える。さらに、わかりやすいだけでなく競合よりも魅力的に伝える。悪条件を跳ね返してゴールを達成するための情報伝達の最適解を模索する。その「技」をお互いに見せあい高めあってきたのが、カンヌライオンズなのだ。

そして、あらゆる情報があふれる現代。広告だけに限らず、すべてのコミュニケーションやリレーション活動は悪条件になりつつある。いまやどんな情報発信にも伝達のための工夫が必要だ。そのためのヒントがカンヌライオンズには詰まっている。つまりそこは「広告領域で発達したコミュニケーションの基礎技術を共有し、さらに高めあって多様な領域に転用・応用していく場」なのだ。現在のカンヌには広告関係者だけでなく、様々な業界の関係者が集まってきている。マーケティング会社、PR会社、コンサルティング会社、そしてクライアントである事業会社など。カンヌを訪れた人たちが、広告の基礎技術(クリエイティビティ)を、自らの領域と掛け合わせていく。参加者の多様性によって、掛け合わせたインパクトが拡大する。それが現在のカンヌライオンズの価値だと思う。

「カンヌで日焼けすると広告の神様が逃げていく。」広告の神様は、私たちにクリエイティビティを与えてくれた。広告の神様に逃げられないように、私はいまもカンヌに行くと日焼け止めをしっかりと塗ることにしている。

第2回では、日焼けする暇もないカンヌライオンズのコンテンツの充実度をご紹介します。

written by

亀井 光則(かめい・みつのり)

大学卒業後、広告代理店にて広告クリエイティブから販促プロモーションまで幅広く経験。 「テクノロジーとクリエイティブの融合」というカンヌライオンズの潮流に身をまかせて、2008年より凸版印刷へ。印刷テクノロジーを駆使した体験型クリエイティブで、Cannes Lions、CLIO、One Show、Spikes Asia等の海外広告賞を受賞。カンヌライオンズでも議論されていた「Social Good」が、今後さらに大きな流れになる可能性を感じて、再び潮流に身をゆだねることを決意。商品プロモーションから、コーポレート・コミュニケーション領域の部署へ異動。現在、企業ブランディングの文脈の中で、社会にもブランドにも双方に「サステナブル」なことを実践する提案を行っている。 ・Cannes Lions 視察5回 ・Spikes Asia 2016 ヘルスケア部門 審査員

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