ごみの終着点から資源としての始発点へ 〜玉川髙島屋S・Cが挑む、次世代型リサイクルステーションの取り組み〜
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玉川髙島屋S・CはSDGsに取り組む活動の一つとして、循環型社会の実現を目指し、開業初期に設置した地下2階のごみ分別施設を50年ぶりにリニューアル。誕生した次世代型リサイクルステーションは、「ごみの終着点から資源としての始発点へ」をキャッチコピーに、300以上のテナントから排出される廃棄物を"資源"として捉え直す。リサイクルステーションでは、コロナ禍で使用した飛散防止アクリル板を再利用し、分別ルームを可視化。テナントごとの廃棄量は、レコテック社の次世代型計量管理システム「pool」でデータ化し、施設全体で廃棄物排出量の14%削減とリサイクル率の3%向上を目指している。
この画期的な取り組みについて、同SCの運営管理を行う東神開発、環境コンサルティング会社でコンセプト設計と「pool」の導入を行ったレコテック、そして空間・グラフィックデザインを担った博展のプロジェクトメンバーに語ってもらった。
東神開発 玉川事業部 管理グループマネージャー 廣瀬陽一氏
小売・電鉄系SC運営会社を経て、2007年東神開発入社。玉川髙島屋S・Cの運営管理、二子玉川再開発事業のドッグウッドプラザ開発を担当。日本橋再開発室(日本橋再開発プロジェクトに携わる)を経て現職。
レコテックExternal Relations Manager 伊東七菜氏
日米で育ち、インドネシアのNPOを経て帰国後はアパレルやEコマース分野でキャリアを積む。自然への関心から環境サステナビリティに興味を持ちレコテック社へ。コペンハーゲンビジネススクールではサステナブルビジネスを専攻。
博展 エクスペリエンスマーケティング事業ユニット#2クリエイティブ局 ルーム長 布川光郷氏
1994年 山形県出身。2017年より博展でインスタレーションやウィンドウディスプレイ、展示会などのアートディレクションやデザインを手がける。
50年先を見据えたリサイクル施設
──まず、今回のプロジェクトの背景についてお聞かせください。そもそも、なぜごみ分別施設をリニューアルしたのでしょうか。
廣瀬:はい。私達は今、次世代型SCへの転換を目指しており、その姿は「循環型社会のターミナル」です。そこに向けたキーワードは偶然にもショッピングセンターの「S(ショッピング)」・「C(センター)」と同じ頭文字になりますが、「サステナビリティ」と「コミュニティ」だと思います。今回のリニューアルはその一環だと言えます。
──なぜ今、このタイミングだったのでしょうか。
廣瀬:2024年で当SCは開業55周年を迎えました。コロナ禍もあってやりたいことが実現できなかった時期も多くありながらも、今までの50年から、これからの50年を見据えた時に、新しいものを作りたいという思いがあり、次世代型SCを作っていくための最初の起点として、“50年ぶり”となるこのプロジェクトを進めることになりました。
プロジェクトの概要について語る廣瀬さん
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──廣瀬さんからこのビジョンをお聞きになって、率直にどう思われましたか?
伊東:通常の廃棄物の計量システムを導入する際は、建物の中で最後に考えられ、見えないところや端の狭いスペースに配置されることが多いんです。売り上げが見込めない場所なので、あまり投資されないこともありますが、今回は、単なるインフラの設備だけでなく、50年後を見据えた資源循環の象徴となるリサイクルステーションを作ろうということですから、非常にやりがいのあるプロジェクトだと思いました。
将来性とやりがいを感じたと語る伊東さん
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布川:私も廣瀬さんのお話を伺った時、非常にチャレンジングな取り組みだという印象を受けました。単純にサステナビリティの観点だけでなく、システム面から資源循環に大きく投資して、それをきちんとアウトプットしていく。本当に新しい取り組みだったので、とてもワクワクするプロジェクトでした。
「ごみの終着点から資源としての始発点へ」というキャッチコピーは、レコテックさんから「ごみ」という言い方自体を変えていく必要があるというお話をいただく中で、その捉え方を変えるにはどうしたらよいか議論を重ねて作りました。
今までは「捨てられて終わる」と思われていたものを、「資源に変えていく」ということ。そして「ごみの分別施設」は、終わりの場ではなく、始まりの場と捉え直すことで、ポジティブな印象に変えたいと思いました。さまざまなテナントや地域の方々に見ていただく場所になるという点でも、このリサイクルステーションが大きな意味を持つと考えています。
布川さんはデザイン面を担当
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廣瀬:私が印象深く覚えているのは、最初にプランを見せていただいた「ごみくん」のようなキャラクターデザインです。ごみに手足が生えて動いているような、とても楽しそうな表現でした。今まで暗いイメージだった「ごみ」が、日の目を見るというか、楽しく表現されているのを見て、すぐに「これはやりたい」と思いました。
──実際に運用を始められて、テナントの方々からはどのような反応がありましたか?
廣瀬:ある食料品店の従業員の方から「宇宙ステーションみたいでびっくり。すごくきれいで明るくなった」とこんな声をいただきました。また「自分の店から出るごみは種類が決まっているため、場所も覚えやすく分別しやすくなった」といった声も。テナントごとのICカードの導入で手間が減ったという評価もいただいています。
実は、今回のリニューアルでは、リサイクルできない品目とリサイクルできる品目の処理コストに差をつけることで、テナント従業員一人ひとりの分別次第で、お店にも経済的なメリットが出るようになります。また、自身で計量してもらう形に変更したので、若干の業務負荷は増えているにもかかわらず、いただいたコメントは全てポジティブ。これは、SDGsに取り組む上で「環境負荷低減と経済の両立」を実現できた良いケースだと思っています。
「宇宙船のよう」と評判のリサイクルステーションとpoolシステム
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広々とし清潔感のある空間はごみ分別場とは思えない
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分別したくなるさまざまな仕掛け
──poolシステムでは、テナントの方々の行動変容を促すためにどのような工夫をされたのですか?
伊東:誰でも簡単に計量管理ができるよう、ユーザーインターフェースにはかなりこだわりました。例えば、台車に描かれているグラフィックをpoolシステムのボタンの絵と連動させたり、カラーも統一したり。利用者のジャーニーを考えた設計にしています。
タッチパネルとかご台車のアイコンを統一
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また、各テナントには専用のダッシュボードを提供していて、リアルタイムで自分たちがどのような資源を分別できているのか、可視化できるようになっています。前月や前年との比較、同業者との比較など、ある種のゲーミフィケーション的な要素も取り入れました。
布川:デザイン面では、分かりやすさはもちろんですが、アイコンの印象なども非常に重視しました。全体の空間が明るいというのも大事なポイントで、リニューアル後の空間に立つと、吸っている空気が違う感じがするんです。深呼吸できるような、そんな居心地の良さを実現できたと思います。
──実際の運用面では、機能性とデザイン性のバランスも重要だったのではないでしょうか?
廣瀬:そうですね。台車の高さを協議した時のことですが、当SCで働く従業員は、10代のアルバイトから70代のベテランスタッフまで幅広く勤務形態もさまざまで、女性が約7割を占めるという特徴があります。全ての人が使いやすい環境を作りたいと考えていました。
デザイン上は台車を高くしてアイコンの視認性を高めたい。でも使う側としては低い方が使いやすい。最後はお互い数センチずつ歩み寄って決めました。従業員のES(Employee Satisfaction従業員満足度)も大事なので、使いやすさとデザイン性の両立にはかなり議論を重ねましたね。
機能性とデザイン性のバランスに苦心した台車
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布川:まさに、使い勝手と見た目の両立は大きな課題でした。ですが、実際に弊社の製作スタジオで、台車を見ながら、検証できたことで、台車のバーの色をアイコンと合わせて視認性を高めるなどのアイデアが生まれ、さまざまな工夫で解決できました。
伊東:私たちとしても、働いている方々の動機づけをどうするかが重要でした。テナントで働いている方々の環境への関心度はさまざまです。そういった方々にどう意識を変えていただくか。あまり難しいデータをたくさん見せても嫌がられてしまうので、視覚的に分かりやすく、次のアクションにつながるような表示を心掛けました。
──データの「見える化」は大きな特徴ですね。
廣瀬:そうですね。レコテックさんのシステムの良さは、まさにその見える化だと思っています。通常は、ごみを出して終わり、請求書が来て支払えば終わり、なんですが、このシステムでは、その後どうリサイクルされたかや費用はいくらだったか、自分の店はどういうごみが多くて、どういう位置づけなのかといった情報がすべて見えるんです。
結果を数字やグラフで示すことが次の行動につながる
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伊東:ありがとうございます。実は、このプロジェクトに向けて新しい機能も開発しました。サプライチェーン全体を見据えた時、再資源化された素材を使いたい企業が増えてきているんです。でも、回収のサプライチェーンを作るのは難しい。poolシステムは、その橋渡しの役割も担っているんです。
──布川さんは、「見える化」を空間デザインに反映する上で、特に意識されたことはありますか?
布川:プロジェクトのコンセプトの「透明性」は、単に素材が透明ということではなく、「見せていく」という姿勢全体を表現しています。空間全体を白く仕上げたのも、汚れやすそうに見えても、それでもきれいに見せていくという意思表示なんです。飛散防止アクリル板を再利用したのも、見学するスペースの見せ方として透明性を持たせたいと考えたからでした。
ショッピングセンターの新たな価値創造の第一歩
分解と再構築をイメージしたシンボルマーク
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──シンボルマークも印象的ですね。“分解と再構築”を表現しているとか。
布川:リサイクルというと円形の矢印マークを思い浮かべると思うんですが、それよりも深いところに着目しました。素材レベルでの分解、再構築という視点から、粒子のような点の構成で表現しています。右上に向かう流れは、循環の先へという意味を込めています。
廣瀬:このロゴマークは、とても評判がいいんですよ。女性も男性も、分かりやすくて印象に残ると。英字体を採用したのも素晴らしいアイデアでしたね。カタカナだと硬い印象になってしまいますが、これなら洗練された印象を保つことができます。
終始和気あいあいとした雰囲気。お互いに信頼しあっている様子が見てとれた
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西館3Fには買い物客が不要品の循環先を選択できる衣料等回収BOX「Depart de Loop Port」を設置
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──最後に今後の展開について、お聞かせください。
廣瀬:このリニューアルは、私の中では「フェーズ0」なんです。ここからが本当の始まり。第一段階として、開発と運営を一体で進めていきます。弊社の特徴は、開発した人間が運営も担当すること。“思い”が途切れないよう、私自身がしっかり軌道に乗せていきます。
次の段階では、投資に見合う価値を生み出していくこと。単なる利益だけでなく、テナントや従業員、お客さまとの共感やエンゲージメントを深めていきます。そして最終段階では、リサイクルステーションを核に、ショッピングセンター全体で新たな価値を生み出していく。終わりのない、好循環を続けていきたいと考えています。
文:いからしひろき 写真:原 啓之