「3ZEROへの挑戦」 再生紙がつなぐバルブメーカーKITZの環境戦略
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総合バルブメーカーのKITZ(キッツ、東京・港)は、1951年の創業以来、バルブの設計・製造・販売を通じて、産業や社会のインフラを支えてきた。環境長期ビジョンでは「3ZERO(トリプルゼロ)」を掲げ、CO2排出ゼロ、環境負荷ゼロ、リスクゼロを目指している。その取り組みの一環として、同社の技術開発の発信拠点である長野県の茅野工場に導入され、環境負荷の低減に大きく貢献しているのが、エプソンのオフィス製紙機「PaperLab(ペーパーラボ)」だ。ペーパーラボを軸とする同工場の環境への取り組みと、それによって生まれている社内の変化について、茅野工場の工場総務部の白井潔氏に話を聞いた。
Interviewee
KITZ(キッツ)
人財総務本部 工場総務部 茅野総務グループ
白井 潔(しらい・きよし)さん
コストと環境保護の両立が課題 ペーパーラボ導入の舞台裏
──まず、KITZの環境への取り組みについて教えてください。
白井:当社では、環境長期ビジョン「3ZERO」を掲げています。これは、CO2ゼロ、環境負荷ゼロ、リスクゼロを目指すものです。具体的に、CO2排出ゼロでは、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの導入を進めています。環境負荷ゼロでは、有機溶剤を使用しないものづくりや、廃棄物の削減やリサイクル活動を通じたゼロエミッションを目指しています。リスクゼロは、安心、安全な工場運営を通じて、従業員や地域社会の安全を確保することを意味します。
総務部としては、これらの取り組みを横断的に支援し、管理する役割を担っています。私自身は工場のエネルギー管理者として、工場全体のエネルギー使用状況を把握し、省エネ目標についての報告と評価を行っています。また、ごみの排出実態の管理や、安全管理の事務局としての役割も担っています。ペーパーラボの導入も、環境負荷ゼロの取り組みの一環として総務部が中心となって推進しました。
茅野工場の環境施策の責任者を務める白井さん
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──バルブ製造とエネルギー使用の関係について詳しく教えていただけますか。
白井:バルブの製造過程では、電気誘導炉を使用して金属を溶かすため、電力使用量が非常に大きいんです。実際、CO2排出量の8~9割は電気使用によるものです。また、砂型鋳造を使用しているため、廃棄物として砂も多く出ます。
当社の製品はエネルギープラントや水処理場に使用されるなど、社会インフラを支える企業だと自負しています。そのため、製品の安定供給と同時に、こうした環境負荷を減らす大きな責任があると認識しています。この認識のもと、省エネ技術の導入や再生可能エネルギーの活用、廃棄物の削減など、さまざまな角度から環境負荷の低減に取り組んでいます。
──具体的にどのような経緯でペーパーラボを導入されたのでしょうか? その際、課題となることはありましたか。
白井:当社の工場では昔ながらの紙を使用する作業が多く残っており、ペーパーレス化を進めつつも、紙の使用を完全になくすことは難しい状況でした。そこで、何か良い方法はないかと探していたところ、工場の省エネ環境管理委員会のメンバーの1人がエプソンさんのペーパーラボを知ったのです。
ただし、製造業ではコストが非常に重要なので、環境への取り組みとコストのバランスを取るのが難しいという課題がありました。具体的には、物を直接生み出さない部分に多大なコストをかけるのはどうかという考えが根強くあったのです。
しかし、長期的な視点で環境への投資は必要になると捉え直し、トップダウンで会社の方針を伝えてもらうことで克服しました。そうした経緯があって、エプソンさんが発売してから約2年後の2019年に導入することになったのです。
──導入後に新たに発生した課題はありましたか?
白井:はい、主に紙の品質に関する課題が出てきました。どうしても再生紙にはインクの残りかすのようなものが小さく模様のように残ってしまうのですが、一部の営業の方々から「このような(真っ白ではない)名刺は恥ずかしくて渡せない」という声があがったのです。また、検図(図面のチェック)では、細かい数字が見づらいという意見もありました。
しかし、これについてもトップダウンで環境への取り組みをアピールする良い機会だという方針を示してもらい、全社員がこの再生紙の名刺を使用するよう促しました。若い社員は抵抗なくスッと受け入れてくれましたね。むしろ、KITZの青色ロゴが映えていいと言ってくれる人もいます。検図の問題については、重要度に応じて普通紙と再生紙を使い分けるなど、柔軟に対応しています。
若い世代に評判が良い再生紙の名刺
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古紙処理に課題はあるも、社外PRと機密文書処理に想定外の効果
──実際の運用状況について教えてください。
白井:現在、月に約60万枚の紙を使用しており、そのうち40万枚を再生しています。稼働率は以前70%程度でしたが、最近は50%程度に落ち着いています。これは、コロナ禍でのリモートワーク導入やデジタル化を機に、ペーパーレス化が進んだためです。2年前は90万枚、3年前は100万枚を超える使用量でしたので、かなり削減できています。
──再生紙の用途はどのようなものがありますか?
白井:主に社内文書や名刺に使用しています。社内のロゴが入った封筒を日常的に使えたら付加価値がついてPRにもなると考え、再生紙で封筒を作ってみましたが、のり付けが上手くいかず、また水に弱いという課題が出てきました。さらに、機械で紙を裁断すると粉っぽくなり、メンテナンス頻度が上がって封筒の単価が高くなってしまったので、現在は需要の高い再生紙の生産を優先しています。
再生紙の活用が今後の課題
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──運用で苦労されている点はありますか?
白井:紙の需要と供給のバランスが難しいですね。再生紙の需要が高まると、再生の原料となる古紙が不足してしまいます。再生紙をもう一度ペーパーラボで再生するのは技術的に制約があり、全部は再再生していません。結局、普通紙を購入して使い、それを古紙として回収し、再生紙を作るというサイクルになってしまうんです。また、長期保管が必要な伝票などは、発売から7年しか経っておらず耐久性が確認されていないため、普通紙を使用しています。
──紙の回収や再生の作業はどのように行っていますか?
白井:基本的に各部署で回収場所を設け、いっぱいになったらペーパーラボのある場所に持ってきてもらいます。再生作業は主に1人の専任スタッフが行っています。仕分けの技術が非常に高く、常に安定した稼働ができています。
古い書類の再生には特に苦労しています。10年前の書類は、再生紙に使うことを想定していなかったため、ホッチキスや付箋が付いたままで、新聞紙なども混ざっているんです。これらを1枚ずつ選別する必要があります。また、湿気でぐにゃぐにゃになった紙も、伸ばして使えるように工夫しています。
現在は担当者1人体制で運用している
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──バルブメーカーならではの視点で、ペーパーラボの導入効果をどのように評価されていますか?
白井:金属バルブ製造ではリサイクルが一般的に行われていますが、紙のリサイクルは一般の方にも分かりやすい取り組みです。同じように資源循環を図りながら生産している点で、環境への取り組みをアピールする良い機会になっています。例えば、工場見学の際には、バルブよりもペーパーラボの方に興味を持ってもらえることもあります。
──機密文書の処理にも活用されているそうですね。
白井:はい、ペーパーラボは機密文書の処理にも非常に有効です。シュレッダーよりも安全で、外部に持ち出す必要がないため、情報漏えいのリスクも大幅に減らせます。実際に使ってみると、自社で局所的に機密書類を処理できる安心感は想像以上でした。
紙と電力の二軸の環境戦略で社会インフラ企業の責任を果たす
──ペーパーラボ以外の環境への取り組みについても教えてください。
白井:2013年度比で2030年度までにCO2排出量を90%削減する目標を掲げています。その一環として、工場で使用する電力を100%CO2フリー電力に切り替えました。具体的には、「信州Greenでんき」を購入しています。
さらに、1300kWの太陽光発電設備を導入しました。これにより、工場の電力使用量の約25%を賄える見込みです。
──太陽光発電の導入を決めた理由は何でしょうか?
白井:当社はインフラ部分を担う製品を作っているという自負がありますので、安定した供給体制を維持するためには、エネルギーの自給自足も重要だと考えたんです。特に、ロシアのウクライナ侵攻後の電力価格高騰は、この決断を後押ししました。実際、電力価格の高騰時は大騒ぎになりましたので、自社での発電能力を高める必要性を強く感じたんです。
工場エントランス付近の「紙工房」と呼ばれる部屋に設置されているペーパーラボ。「ガラス張りで目立つのでお客さまからの問い合わせは多い」と白井さん
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──ペーパーリサイクルについて今後の課題や目標はありますか?
白井:あらためて社内封筒の作製を検討しています。また、ファイリング用の色つき厚紙の製作も考えています。ただ、再生紙の需要が高いため、これらの新しい用途に振り向ける余裕が今のところないのが課題ですね。
──最後に、ペーパーラボ導入を検討している他社へアドバイスをお願いします。
白井:紙の再利用は環境保全活動として取り組みやすく、社内外にアピールしやすいのが特徴です。また、機密文書の処理にも非常に有効です。コストと環境保護のバランスを取るのは難しい面もありますが、長期的な視点で検討する価値は十分にあると思います。
実際に導入をする際は、単に紙のリサイクルだけでなく、総合的な環境戦略の一部として位置づけることをお勧めします。当社の場合も、金属リサイクルのノウハウを生かしながら、紙のリサイクルに取り組むことで、より包括的な循環型社会への貢献を目指しています。