新たな世界を生み出すリジェネラティブ戦略―地域・世界・スタートアップから変化を学ぶ 2024年度SB-Japanフォーラム開催
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2024年度のSB-Japanフォーラムの第1回目が7月30日に開催され、約40人が参加した。今年度のフォーラムの年間テーマは「リジェネレーション」。リジェネレーションは、「システム自体が再生される」ことを前提とした概念であり、人がつくり出したシステムと環境システムが自ら再生し、繁栄する状態を指す。本フォーラムでは、こうしたリジェネラティブなシステム創出のため、各会員企業が地域(ローカル)・世界(グローバル)・スタートアップの視点からできることを考え、新たな価値観を生み出すリジェネラティブ戦略を実装段階まで進めることを目指す。
フォーラムではまず、サステナブル・ブランド ジャパン カントリーディレクターの鈴木紳介が挨拶。「サステナブル・ブランド国際会議2025 東京・丸の内」の開催が3月18・19日に決定し、ティザーサイトが公開したことを報告した。サステナブル・ブランド国際会議では、これまでリジェネレーションをテーマに開催してきており、来年の会議でも同テーマを掲げる。
再生を意味する「リジェネレーション」は、世界のビジネスのキーワードとして広がりつつあるが、まだまだ浸透しているとは言い難い。このリジェネレーションについて理解を深めるため、サステナブル・ブランド国際会議アカデミック・プロデューサーで、駒澤大学経営学部教授の青木茂樹氏が、リジェネレーションの概念を歴史、農業、ビジネス、コミュニティから解説した。
青木氏
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青木氏によると、第一次世界大戦ごろの都市計画の中で「リジェネレーション」という言葉が使われ始めたという。その後、農業分野やビジネス分野へ広がった。また現代の環境科学では、リジェネレーションは、単なる環境の修復だけでなく、生態系の機能を回復し、持続可能な未来を築くための包括的なアプローチを意味する。その概念には、生物多様性の保護、土壌と水の保全、再生可能エネルギーの利用などが含まれている。
「つまり、サステナブルな生態学的戦略とは、これまで人間中心主義だったものから自然との連携を考えることにより、生命中心となっていくこと。そこでリジェネーションの占める割合も大きくなっている」と青木氏は説明した。
農業は、大量生産・流通を目指す「慣行農法」に対し、「自然農法」の方が環境負荷を低く抑えることができる。青木氏は、農薬を使わず水耕栽培で育ったトマトを紹介し「工場のように無菌状態で栽培し、安定して多量生産することが可能であり、農業もオーガニック、リジェネラティブになっている部分がある」と話した。
ビジネスでは、これまで金融資本を中心にビジネスが展開されていたが、社会関係資本という形が出てきている。青木氏は、「ゼロ・ウェイスト」を目指して取り組んでいる徳島県上勝町を例に挙げ「上勝町に移住した、グローバルビジネスを展開している若い世代は語学が堪能で、グローバルなネットワークを持っている。『グローバル・グッド・ローカル』という、まさにローカルの中で社会関係資本がある」と話した。
また青木氏は、コトラーの著書『Regeneration- The Future of Community』を紹介。ビジネスで得られた利益は資本家などに“外部流出”させるのではなく、地域循環させ、利益はコミュニティ内に再投資すること、つまり、「コミュニティにおけるリジェネレーション」であることを説いているという。
このコトラーの考えは、ワイン生産を中心に、レストランができたり観光ビジネスが成功し、うまく地域内で循環されているワイン生産地を考えると分かりやすい。一方で大手企業がワイン生産から撤退している例もあるが、青木氏は「やはりそういう企業は、生活者とのコミュニケーションが上手くいっていない。作り手自身が思いを持って伝えていると、良い地域循環を呼ぶようだ。その辺りでブランドの差が出ている」と分析している。
青木氏は、「コミュニティの声を聞き、そしてお互いの強みを知りましょう。地域を再生させるために、大企業がどういう形で地域にコミットしていくか。こういうビジネスモデルが今求められている」とまとめた。
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続いて、サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサーの田中信康氏は、CSRDやISSBなど、世界的なサステナビリティ情報の開示要請や規制強化の動きを挙げ、改めてサステナビリティ経営の重要性について説明。「こういったマーケット環境の中で、企業は(サステナビリティへの取り組みの)ギアを上げる必要ある」と力を込めた。
そうした取り組みのヒントになるキーワードが「リジェネレーション」だ。「2024年度のSB-Jフォーラムでは、リジェネラティブなシステムを作るために、自分たちにできることは何かを、皆さんと考えていきたい。その考えを実装につなげ、フォーラムを通じて皆さんといろんな実践事例を作っていきたい」と話した。
地産地消を促進する飛騨の「電子地域通貨さるぼぼコイン」
(左から)古里氏、田中氏
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「電子地域通貨さるぼぼコイン」は、2017年12月に事業をスタート。QRコードを利用した利用者読み取り方式を採用し、当時、マス向けサービスでの採用は国内初だった。飛騨地方は土地面積の約9割を森林が占め、年間470万人の観光客が訪れる。そのうち60万人が外国人宿泊客だという。少子高齢化の影響を受け、地域産業が潤わないと地域が衰退するという危機感があった。
「お金の地産地消にウエイトをおき、行政と連携した。税金を原資にした還元を地域で回すことが重要で、使途を限定できるデジタルツールを使うのは行政側にもメリットがある」と、コミュニケーションデザインから「ふくよかなまち」づくりに取り組むリトルパークの代表で、慶応義塾大学大学院で特任准教授を務める古里圭史氏はいう。さるぼぼコインの累計販売は107.3億円、加盟店は1992店舗、ユーザー数は3万1585人に上る。
古里氏は、東京で監査法人などに就職した後、生まれ故郷の飛騨にUターン。飛騨信用組合に入職し「電子地域通貨さるぼぼコイン」を展開した。
厳格に地元資本のお店を加盟店の要件としたので、拠出した財源はそのまま地域に戻り、その経済効果は1.6倍になるという試算もある。古里氏は「経済的な効果ではないが、地域の中で自分たちのツールがあることがすごく大事。地元の小中高などの教育機関が課題探究学習のテーマに選び、職員が出前学習するなど、コミュニケーションが生まれている」と地域コミュニケーションの効果にも触れた。
田中氏は、「この仕組みを加盟店に理解してもらう難しさはあったか?」と質問。古里氏は「やはりコストの問題があって、なかなか電子決済を導入できないという課題があった」と前置きしつつ「域内・域外という意識がある土地柄で、外から来る事業者はさるぼぼコインの加盟店にはなれないため、地域の加盟店と利害が一致し理解も得られやすかった。しかし、ユーザー側はポイントが1%付与しかないなど、使うメリットがなかなか理解されなかった」と話した。
さらに古里氏は「大義だけでは組織を動かすことはできない。事業の上でそれが短・中・長期的にどうコミットしてくるのかを、しっかりと作り込んで説明した。CSV経営的なアプローチじゃないと、なかなか難しい」と続ける。
また、「サステナビリティはテクノロジーで解決すると言われているが、デジタルツールには使い方の難しさがある」という田中氏に、「ツールを選定する前の段階でなぜそれを使うのかを、きちんと掘り下げて考えることが一番大事」と会場に向かってアドバイスした。
課題ドリブンで発想を
地域から展開しているリジェネラティブ戦略の事例を聞いた後、参加者は、古里氏のリードにより、気になるテクノロジーやアプリをテーマに自己紹介を開始。身近なテクノロジーとしてスマホを挙げる人が多かったが、中には自社のゲームアプリを紹介しつつ、「最近企業からSDGsへの取り組み内容を入れた依頼が増えている」などと話す参加者もいて、盛り上がっていた。
参加者同士が打ち解けたところで、古里氏はさらに「スマホの5年後を考える」ことを促した。「ドラえもんのような夢のある話でもいい。5年後のスマホのツールを活用して、自社の課題解決をどうやって行っていくかまで考えてほしい」と説明した。参加者はまず個人で考えた後、グループでディスカッションした。
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「そもそもスマホが無くなっているかもしれない」という話から、「スマホでタイムマシンができるようになる」「自分の周囲の温度調整ができる」など豊かな発想が出て、さらに「現実的に業務でどう生かせるか。どういう機能があると便利か」に議論の中心が移っていくグループが多かった。あるグループでは、スマホに製品素材の質感をリモートで伝えられるセンサー機能や、名刺交換した人がどのくらいサステナブルなものに関心があるかをスコア化する機能を付けるなどのアイデアが出た。また、他のグループでは、スマホのデータを活用して、顧客の関心に合わせた製品やサービスを提供することなどが発表された。
古里氏は「5年後のスマホというと、自由な発想が広がる。実は新規事業を作る時の頭の体操で使われる手法」と明かし、「デジタルツールをどう使うかを考えるときに『機能ドリブン』になっていたと思う。だが、本来は課題解決をしたいことがあって、そこからバックキャストしていく。そうすると、もっと発想が自由に広がるはず」と説明した。今回は、15分間のグループディスカッションだったが、「30分くらいやるとそれがきちんと腑に落ちる」という。
「ぜひいろいろな既成概念にとらわれず、『課題ドリブン』で発想し、ぜひ事業に役立てて何か新しいものを創発してほしい」と古里氏はまとめた。
フォーラム後の交流会の様子
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次回は9月24日、「リジェネレーションでネイチャーポジティブ」をテーマに、三陸ファクトリー代表取締役副社長の眞下美紀子氏を迎え、生態系を増やすために企業が貢献できることは何かを探っていく。