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脱炭素社会への移行で果たす、三井化学の役割とは――橋本修 三井化学 代表取締役社長執行役員 × 斎藤幸平 東京大学大学院 准教授 対談

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コミュニティ・ニュース

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三井化学の起源は、1912(明治45)年に三井鉱山が化学事業を興したことにある。事業の基盤には石炭化学があり、中核をなしたのが肥料と合成染料のインジゴ(藍)だった。インジゴは、65年間続いた同社の化学事業の象徴となる事業で、戦前・戦後の時代の影響を大きく受けてきたという。そして現在、脱炭素という時代の波が押し寄せてきている。日本の経済成長に伴走してきた化学メーカーとして、「世界を素から変えていく」を掲げた同社は何を考え、取り組もうとしているのか。橋本修社長が、『人新世の「資本論」』で知られ、3月22日開催の「三井化学フォーラム2024」でも講演を行った、経済思想家の斎藤幸平氏と共に、これから目指すべき社会の姿を語り合った。

グリーンを求める社会の要請に応えるのは、三井化学の最重要課題

斎藤幸平 東京大学大学院 准教授(以下、斎藤):
今日は『歴史的対談』になるのかな、と思って来ました。私のようなマルクス研究者にとって三井化学というと、やはり思い出すのは三井三池炭鉱闘争です。御社は石炭化学をスタートに戦前から日本の近代化を支えた企業であり、当然これまで事業の過程でCO2をたくさん出してきたと思います。そういう企業が中心になって、これからどのような新しい社会を作っていくのか考えることは非常に大事だと考えています。

私は、これまでのような成長依存や利潤だけを重視するようなあり方から、社会が脱却しなければいけないと思っています。それは技術を捨てて、原始的な生活をするということではありません。その素材の次元からも脱炭素化していくこと。そして豊かな社会を実現していくことが重要です。

※三井三池炭鉱は1997(平成9)年3月に閉山。現在でも福岡県大牟田市、熊本県荒尾市には当時の炭鉱産業の景観が残されている。

橋本社長

橋本修 三井化学 代表取締役社長執行役員(以下、橋本):
先ほど三池炭鉱についてお話しされましたが、戦前・戦後の日本は食糧増産を目指していて、当時、三井鉱山の化学事業は肥料原料を作ることに力を入れていました。それから食料を優先させるために作付け禁止になっていた藍に代わって、インジゴ染料(合成藍)を開発して、それによって国民の生活レベルを上げていこうという方針だったのです。

また石炭ガスをいかに使うか模索するなかで、1954(昭和29)年に当時の石田健社長が欧米視察に出向かれました。そこで偶然、のちにノーベル化学賞を受賞したチーグラー博士と出会い、それをきっかけに当社は「チーグラー法ポリエチレン技術」の独占ライセンス権を獲得し、石油化学事業を開始しました。ベンチャースピリットと共に石炭から石油へのエネルギー転換という大きな社会変化の流れに乗ってきたと思っています。

いま、時代の流れとしてグリーンウェーブが来ています。この波の中で当社がそれを乗り越えて、そして最終的に社会的な要請に応えていくこと。これはもう、最重要課題だと思っています。これまでは、トップダウンで欧米企業の先進事例をまねて、効率性を追求していけば成長できました。ですが、それはもう通じません。社会や企業の最小構成単位は「人」ですから、その人それぞれが価値を生み出していくような、体制や体質、文化にしていかないと当社が目指すことは達成できないのです。

本当の意味でリジェネラティブなものになっていけるか?

斎藤:長期的に見れば、炭鉱は廃れる運命にあったと言えます。ただ当時は、日本の国土で石炭を掘り、掘っていた労働者がいて、それで得た資源からエネルギーだけでなく、肥料や染料なども得ていた。ただ、その結果、大気汚染や健康被害もあった。つまり恩恵を受けつつ、同時にその矛盾を公害という形で間近に体感していたわけです。ところが、資源が石油に移行すると、日本は中東などから大量に輸入して、基本的に炭鉱のような労働者の必要がなくなる。仮に事故が起きても、遠い世界の話であり私達には見えにくくなっていきました。その結果、気候変動問題について、日本では社会的な関心が公害の時代に比べて圧倒的に低い。

斎藤氏

私は「転嫁(外部化)」と言っていますが、そういう循環的な過程に亀裂が生まれたときに、その矛盾を別のところに不可視化していく技術は、石炭よりも石油の方が圧倒的に優れていると思います。ただ、「人新世」という時代において、気候変動もそうですし、マイクロプラスチック問題など、外部化がもはやできなくなって可視化されてきています。

その意味で石油文明が限界を迎えている中で、グリーンなものに転換していくときに、再び別の転嫁によって不可視化するのではなく、「本当の意味でリジェネラティブなものになっていけるのか」が、今まさに問われていると考えています。ですが、資本主義は転嫁の歴史なのでなかなか難しい。それに、資本主義の発展そのものが化石燃料と切り離せないわけで、どういう未来を破壊とか搾取のない形で作っていけるのかを皆で考えなきゃいけない。

※地質学的な区分で「人類の時代」をいい、人間の経済活動により自然システムが変化してしまったことを指す

橋本:そうですね。ただ企業側からすると、1社でできることには限界があります。各社の技術を合わせたり、あるいはアカデミアや国などとコラボレーションしながら新しいエコシステムを作っていくことが必要です。私は、現実的にそういう動きになってきていると感じています。

その中で、技術の背景や科学的な知見とは離れた考えで「取り組んでいる」と見せることは、本質的な取り組みとは言えません。例えば生分解性のプラスチックを数%程度入れたプラスチック製品で、「環境・社会に貢献しています」といったことがありますが、実はリサイクルしにくくなってしまいます。むしろピュアな形にした方が、同じものに戻し易いわけです。そうすると、化石原料を使って物を作らなくても、今あるものの中で循環させていけます。
もちろん生分解性プラスチックが活きる用途がありますので、そこは適材適所なわけです。

ですが、それをよく理解していない人たちが、「生分解を使っているからこれがいい」と考えてしまい、逆に循環しづらくしている。当社は技術オリエンテッド(指向性)なメーカーとして、科学的根拠に基づいて、本質的な取り組みをしていかなくてはいけないと考えています。

以前、おむつなどの衛生用品向けに環境負荷が低い素材を開発しましたが、コストが折り合わず断念したことがありました。ですが、これを繰り返しては本質的な解決になりません。社会的にかなり環境への意識は上がってきていると思うので、この機会を捉えて取り組まないと、本当に地球が持続的でなくなるのではないかと危惧しています。

斎藤:私も「SDGsは大衆のアヘンだ」と言っています。要するに、世の中にはウォッシュが多いわけです。ファストファッションでは、「リサイクルしている」「オーガニックコットンを使っている」というような環境にやさしいイメージを発信して、「その分多量に買ってください」という事業を続けていたら、洋服が膨大に捨てられて処理場のキャパも超えてしまいます。私達は本質的に、過剰になり過ぎた社会のあり方を変えていく必要があります。それは「あらゆる豊かさを手放すべき」ということではなく、過剰さを是正するという意味で、私は「脱成長」という言葉を使っています。

社会が「コスト」として見るか、「価値」として見るか

斎藤:御社はどのような技術に取り組んでいるのですか?

橋本:そうですね。ひとつは素材の「バイオマス化」、もうひとつは「リサイクル」です。
バイオマス化では廃食油や食用油の製造の際に出てくるバイオマス廃棄物を原料としたプラスチックの製造に取り組んでいます。リサイクルでは、今までワンウェイだったものをどうやって循環させていくかですね。マテリアルリサイクルを進めるための課題を技術面でサポートできる素材を開発しています。他にもケミカルリサイクルといって、例えば工場や家庭で出たプラスチックごみを化学的に原料レベルにまで分解して、再び新しいプラスチック素材として循環させていくことも進めています。コストがかかりますが、この方法と回収をセットで回していくと、使用量自体も減っていきますし、循環するので新しい化石資源を原料として使用することも減り、環境に対する負荷は減っていく。そういったモデルを作ろうとしています。

ただそのときに、技術だけではなく、先ほどおっしゃったような社会システムとセットで進めないと意味がありません。その際、どうしてもコストが上がってしまうので、社会がそれをコストとして見るのか、あるいは価値として見るか。次の世代にCO2の問題などを引き継がせなくて済むという「価値」であれば、規制や税金、クレジットなどのサポートを受けて広げられます。

斎藤:先日、御社の包装素材について、コストは上がるけど環境への負荷が低くなると聞きました。例えば、プラス数%ぐらいであれば、少なからぬ人は躊躇(ちゅうちょ)なく払えると思うんですよね。今までなぜ化石資源が安かったのかと言えば、それは気候変動という大きなコストに対して、外部化をしたその分の支払いをしてこなかったからです。気候変動に対するコストがどれぐらい大きいのかを科学が示している以上、そのコストを未来世代にいつまでも押し付けるのでなく、まず社会経済の中に内部化していく必要があると思います。

その時には、やっぱり個人レベルではなく、社会が変わっていかないといけない。実は、脱プラ生活をひと月ぐらいやってみました。みそはわざわざ工場まで行って量り売りでタッパーに入れてもらったりしましたが、店に行くと、あらゆるものがプラスチックで包装されている。日本では何でも包装して、そこにさまざまなデザインを施して、魅力的にブランディングして、全てビジネスにつながっているわけですから。まず「減らすこと」をしないと、結局は素材だけを変えても、今度は違う資源を求めて環境破壊が起きてしまうかもしれない。そういう意味で業界全体としての取り組みを期待しています。

橋本:当社は2019年から、廃棄プラスチックをなくすことを目指す国際的なアライアンス「Alliance to End Plastic Waste(AEPW)」の設立メンバーとして参加しています。プラスチック廃棄物管理のポイントは「リデュース」「リユース」「リサイクル」の3つで、量を減らしその後きちんとリサイクルする。リユースできるものについては、何度も使う。そういう仕組みづくりを目指して取り組んでいます。

斎藤:確かに1社でそれを成すのは難しいですね。社会システムの問題や転換する重要性が、もっと世の中に伝わるといいと思います。ファスト化した社会では、一つのものを大切にすることから変えていくことが重要ですし、必ずしも最新の素材である必要はないと思います。

例えば革ですが、その良さを見出すことができれば、革製の財布を何十年も使うし何度も修理して使うでしょう。あるいはインジゴに絡めて言えば、デニムの色落ちの“味”もそうですよね。革や藍染の背景にある伝統や技術を持った職人がいることに目を向ければ、サステナブルなあり方に気づくことができます。そういうものを良いと感じるような消費ができるといい。

『暇と退屈の倫理学』を著した國分功一郎さんは、「浪費が大事」だと言っています。ただここでの「浪費」とは無駄遣いではなく、モノそれ自体を十二分に享受すること。消費者は良いものが味わえるようになり、そして良いものが売れる社会に変えていこう、という考え方です。革の良さを職人から聞いたりして価値を見出し、それを享受するのは消費するだけとは違います。ですから素材を通じて、私達も単に「たくさん消費すればいいんだ」という感性そのものを、変えていくことが必要です。

橋本:まさにそのとおりです。プラスチックは本来長く使えるものなので、使っていただき、それが使えなくなったときには再資源化する。ただ、何回もリサイクルすると機能は落ちるので、機能をサポートする素材や技術を開発していきたいと思います。

流行ではなく、モノの価値を見直す方向に社会を動かしていくことは、企業の役割だと私は思っています。当社は大量消費してもらい、そこで儲けたいと思っているわけではありません。価値を認めてそれに対して対価を払っていただき、その資金で技術開発をしてより良くしていく。それが我々の仕事です。

斎藤:化学物質なしに私たちの生活は成り立ちません。さっき言った愛着やストーリーがある革のような化学素材ができたりすると、夢が広がります。御社のような大企業だからこそ、回収も含めたサーキュラーエコノミーシステムを他の企業や自治体を巻き込んで一緒に作ってほしい。御社にはそういう力があるし、力を持っているからこそ、責任があるのではないでしょうか。

文・構成 松島香織(サステナブル・ブランド ジャパン)  撮影 原 啓之

三井化学は、3月22日に「もういちど想像してみよう。リジェネラティブな未来を。」をテーマにフォーラムを開催しました。今回、橋本社長と対談された斎藤幸平氏も基調講演に登壇。そのほか、さまざまなステークホルダーが参加し、リジェネラティブな未来について語り合いました。下記URLからアーカイブ視聴のための新規ご登録が可能です(無料)。
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/special/mci_forum2024/?utm_source=newsletter&utm_medium=email&utm_campaign=sbj_taidan

橋本 修(はしもと・おさむ)
三井化学株式会社
代表取締役 社長執行役員

1963年東京都生まれ。1987年北海道大学法学部卒業後、三井石油化学工業(現三井化学)入社。2014年理事経営企画部長、2017年常務執行役員ヘルスケア事業本部長、2018年取締役常務執行役員、2019年4月取締役専務執行役員、2020年4月代表取締役社長執行役員に就任。

斎藤 幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。

専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』角川ソフィア文庫)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。同書は世界10カ国語で翻訳刊行されている。日本国内では、晩期マルクスをめぐる先駆的な研究によって「日本学術振興会賞」受賞。近刊は、『マルクス解体』(講談社)、『ゼロからの『資本論』』(NHK新書)、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」を受賞、同書は日本国内で50万部を超えるベストセラーとなり、世界 10カ国語で翻訳刊行されている。