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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
コミュニティ・ニュース

新たな時代に求められる脱炭素社会、イノベーションの最前線は――TMIPとサステナブル・ブランド ジャパン共催イベントレポート

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サステナブル・ブランド ジャパン編集局

脱炭素社会を巡る世界の潮流は、サプライチェーン全体の温室効果ガスの排出を抑制するだけでなく、資源を循環させ、そこから新たな価値を生み出す時代へと向かっている。サステナブル・ブランド ジャパンは7月、東京・丸の内を拠点に、大企業とスタートアップ・官・学が連携してグローバルなイノベーション創出を支援するプラットフォームであるTMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)との共催でイベント「カーボンニュートラルの先にあるリジェネラティブ(循環・再生する)な社会を実現するイノベーション」を開いた。この分野における日本、そして世界の共創は今、どこまで進み、何が課題とされているのか――。最前線で取り組む企業やNPO、大学の関係者らによる講演やパネルディスカッション、事例発表を紹介する。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

1.5度目標が急速に前提化、枠組み超えた連携広がる

【基調講演】
グリーントランスフォーメーションの潮流~「消費・排出抑制」から「循環・価値創出」
福嶋勇太・デロイトトーマツコンサルティング パブリックセンター

2016年11月発効の「パリ協定」を起点に実現の流れが加速したカーボンニュートラル。デロイト トーマツコンサルティングの福嶋勇太氏は、基調講演の冒頭、「気候変動リスク議論の深まりや新規産業創出の可能性が世界観を変化させ、さまざまなGX(グリーントランスフォーメーション)が広がっている」と指摘した。

いま世界で何が起きているのか。2019年ごろから国や自治体、企業によるカーボンニュートラル宣言ラッシュが起こり、昨年11月にCOP26の成果文書として「グラスゴー気候合意」がなされてからは平均気温の上昇を産業革命前から1.5度に抑える目標が急速に前提化。カーボンニュートラルよりも一歩踏み込んだ「カーボンネガティブ」へのチャレンジも加速している。

つまり脱炭素を巡る世界観は、「これまでの多消費・多排出から、消費・排出を抑制し、さらには循環によってどう価値を創出するかという流れに変わっている」と福嶋氏はみる。

もっとも1.5度目標に沿った電力の脱炭素化は発電限界費用の試算を一つとってみても、難易度の非常に高い挑戦となる。それだけに分野を超えた備えと連携が必要であり、従来の枠組みを超えた協業が既に始まっているという。

脱炭素ビジネスには、化石燃料からの段階的な移行(トランジション)や資源循環、サプライチェーン全体での脱炭素化や効率化など、社会要請と市場環境、技術の変化に応じたビジネスの可能性があり、さまざまなコラボレーションが考えられる。その特徴的な例として福嶋氏は欧州で2017年から2020年にかけてサプライチェーンの上流から下流までを巻き込んでなされた資源循環の実証を挙げた。

また、企業が脱炭素に取り組む理由の一つを福嶋氏は、「新たな価値観や評価基準の醸成にある」と説明。ESG投資の規模は年々大きくなり、情報開示や活動評価のイニシアチブが多数存在するのに加え、消費者の環境意識も高まり、購買行動も変わってきていることを指してのことだ。

最後に福嶋氏は直近のウクライナ情勢に触れ、欧州では2030年までにロシア産化石燃料への依存から脱却し、短期と中長期の対策を組み合わせて再エネを加速する方向性が示されていることを指摘。「世界情勢の変化によっても変革の道筋は揺らぐ。このような大きな変化の起きている時代だからこそ、今日ここに参加されている企業、団体の皆さまと共創、連携の可能性と具体策を模索していきたい」と述べ、講演を締めくくった。

企業の力が重要 企業が投資していかないと市場が生まれない

【パネルディスカッション】
カーボンニュートラルを加速させるイノベーションの起こし方
栗原綾子・セールスフォース・ジャパン サステナビリティ&コーポレートリレーション サステナビリティプログラムスペシャリスト
菅原聡・一般社団法人Green innovation 代表理事

続いて、セールスフォース・ジャパンの栗原綾子氏と、一般社団法人Green innovation(グリーン・イノベーション) 代表理事の菅原聡氏が登壇し、「カーボンニュートラルを加速させるイノベーションの起こし方」をテーマにパネルディスカッションが行われた。

創業以来、約20年、ビジネスと社会貢献を両立してきたというセールスフォースは、気候危機にある地球に対する取り組みとして、「世界の大企業の排出量をいち早くネットゼロにし、1兆本の樹木の保全・再生・育成と、海洋保全によって100ギガトンのCO2を吸収し、エコプレナー(環境起業家)の活動支援に全力を投じる」とするサステナビリティビジョンを掲げる。

このビジョンに基づき、同社は昨年、バリューチェーン全体での温室効果ガス排出量ネットゼロを達成した。栗原氏によると、その活動は現在、顧客やパートナー企業と共にネットゼロを、そしてカーボンネガティブを目指すフェーズ3に入っていると言い、HP上で「セールスフォースの気候変動アクションプラン」として具体的な活動内容を公開、多くの企業に対し、排出量ネットゼロをいち早く達成するため、そこに掲げられている6つの優先事項を活用することなどを呼びかけている。

また栗原氏は、今春、日本法人が提供を開始した、企業の環境データを可視化し、温室効果ガス排出量削減につなげるソリューションサービスである、ネットクラウドゼロについても詳しく紹介。包括的にデータを管理することで、煩雑な排出量の算出を容易にし、削減のための動的な分析や、目標達成に向けた変革が可能になるだけでなく、バリューチェーン全体の脱炭素化につながるプラットフォームだという。

次に、グリーン・イノベーションの菅原氏から昨年スタートしたグリーン・イノベーター・プロジェクトについての紹介がなされた。その背景について、菅原氏は「2050年をどんな未来にしたいのか、私達が幸せに豊かに暮らすにはどのような未来をつくっていくべきなのか。地球環境の危機に対して世代やセクターを超えて対話し、共創できる場を作ろうと考えた」と説明。具体的には、2030年を目標に経済と環境の好循環を生む1000人の“共創型イノベーター”を育成することを掲げ、さまざまなセクターの第一人者を講師に、座学とフィールドワークを織り交ぜたアカデミーを運営している。

菅原氏は大学時代、世界一周の旅の途上で訪れたコンゴの難民キャンプで14歳の少年に出会った。少年は、携帯電話に使われる希少鉱物を巡る紛争で家族全員を殺され、「自分の将来の夢は村を襲った部族を殺しにいくことだ」と話したという。「先進国のわれわれが豊かな生活をしているその先で、資源を巡って誰かが殺されている。そんな社会構造を変えなくてはいけない」。その時、そう強く思ったことが、今、グリーン・イノベーションに向き合う菅原氏のモチベーションの源泉になっている。

「イノベーションを起こすには、核になる人、つまり、イノベーターが必ずいる。そして、イノベーターがイノベーションを起こすには、スキルや知識よりもスタンスが重要。政府がいけないとか、大企業や教育のせいだというのでなく、今ある目の前の課題を自分はこんなふうに解決していくんだ、ほかの人や会社を巻き込んでイノベーションを起こしていくんだという人こそがイノベーターだ」

世界のリーダーたちとの対話で気付かされる

ここから2氏は議論に入り、栗原氏は、セールスフォースでは経営陣がCOP26や世界経済フォーラムの年次総会であるダボス会議に参加することで地球規模の課題に向けた世界の温度感を肌で感じ、それが会社全体に波及していることを報告。世界のリーダーたちとの対話の重要性については、同フォーラムのユースコミュニティ出身の菅原氏も共感を示し、一例として、SDGsの課題を探る国連会議で「地球自体がステークホルダーだ、とする視点にあらためて気付かされた」と語った。

さらに栗原氏は、「脱炭素やサステナブルな社会には企業の力が重要であり、セールスフォースが率先してゼロエミッション市場に投資を行っていく」と表明。これに菅原氏も「企業が投資していかないと、市場自体が生まれない」と応じ、カーボンニュートラルやESG投資を巡るイニシアチブやルールづくりに日本政府や日本企業が積極的に関わることの意義を、「ルールは与えられるものではなく、つくるもの。そこに入っていくことが、自分たち自身の経済成長にもつながる」と強調した。

いま日本の主導で進んでいる動きとしては、菅原氏が、アジアにおけるカーボンニュートラルの早期実現を目指して経産省が力を入れる「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ(AETI)」を紹介。民間から始まり、政府や各国を巻き込んで国際ルールを形成していくこととともに、非財務指標が高く評価される中でのパーパス経営の重要性を訴える形でディスカッションは終了した。

廃プラスチックの再資源化に至る工程を可視化 捨てるのではなく、受け渡す気持ちで循環を

【事例①】
資源循環プラットフォームで実現するサーキュラー・エコノミー

槇あずさ・日本IBM IBMコンサルティング事業部 アソシエイトパートナー

この後、イベントは大企業・アカデミアによる最前線の取り組み事例の紹介に移り、最初に日本IBMの槇あずさ氏が登壇した。

槇氏は、世界的にサーキュラーエコノミーへの対応が進み、中でもプラスチック資源の循環が急がれる中、日本でも政府が「プラスチック資源循環戦略」を打ち出し、今年4月には「プラスチック資源循環促進法」がスタートした流れを説明。自分たちが製造、販売したプラスチック製品をどう回収し、どう再資源化していくかというところまでが企業に求められていると語った。

そうした中、日本IBMは同社がグローバルに提供しているブロックチェーン技術をベースに、大手化学メーカーとの協働でバリューチェーン全体でリサイクルの促進につながる情報を共有するプラスチック資源循環プラットフォームを構築。回収された廃プラスチックが再資源化を経て、再び市場に流通するまでのトレーサビリティを担保し、可視化することで、循環型社会の企業や消費者のニーズに応えているという。

日本ではプラスチックの再生材を利用している企業はそこまで多くないが、家電メーカーやペットボトル、食品トレーといった分野は法律もあり進んでいる。もっとも一般家庭で使われなくなった冷蔵庫など、回収後の物流が明確でない課題があり、そこにこのプラットフォームを適用することで、安心安全な再生材の利用を促進するのが狙いだ。

具体的には、プラットフォームを通じて資源循環させているプラスチックの素性やリサイクルに関わる企業情報などが分かり、次にその再生材を使う企業は安心して新製品を売ることができる。さらに企業にとっては、自社の製品が日本各地でどのぐらい使われた後に捨てられているのかといった情報を把握し、生産計画に役立てることも可能だ。

日本IBMでは現在、このプラットフォームを使った実証実験を繰り返しているところで、槇氏は、「いろんな企業に利用してもらい、それぞれのサプライチェーンの可視化を通してクイックに環境問題に取り組んでほしい」と強調。今後は原料の温室効果ガス排出量の見える化やリサイクル証明書、トークン機能などを追加していく方針で、「資源循環は、企業や自治体と、消費者や市民の共創なくしてはできない。これからは物を捨てるのでなく、次の人に受け渡すという気持ちでプラスチックを使い、そのような貢献をした人に、ありがとうという意味合いでトークンを分け合うようなことができれば」と展望を語った。

CO2削減量を融通し合う世界観にブロックチェーン技術で貢献

【事例②】
ブロックチェーン技術を活用した環境価値の効率的な流通に向けた取り組み

竹之下誠・富士通 デジタルソリューション事業本部 サステナブルシティ事業部

続いて、富士通の竹之下誠氏から、同社がカーボンニュートラルの実現に向け、IBMと同じくブロックチェーン技術を活用し、環境価値の効率的な流通に向けて取り組んでいることが報告された。具体的にはカーボンオフセット取引に着目し、国の「J-クレジット制度」などによって取引可能な環境価値として権利化されたカーボンクレジットの販売等に当たって留意すべき要件をデジタル化やブロックチェーン技術によって満たすというものだ。
竹之下氏によると、留意すべき要件には「クレジットの申請内容の正確性を、第3者が検証可能であること」「公平性を確保するための透明性」「公共サービスとしての持続可能性」の3つがあり、これらとブロックチェーンとの親和性は非常に高いという。

今年4月には重工業メーカーのIHIとの共同事業プロジェクトを発足。IHIと富士通のブロックチェーン技術を組み合わせ、IHIが自社のIoT基盤を通じて算出したCO2削減量を独自にトークン化、あるいはクレジット化したものを、富士通の有する複数の異なる金融システムを相互接続するプラットフォームを介して市場に流通させる仕組みの構築を進めている。

「世界的にカーボンオフセットを通じてCO2削減量を融通し合う世界観が広がる中、われわれの技術をうまく使って、いろいろな企業とエコシステムを形づくり、市場の発展とCO2の削減に貢献したい。一緒に壁を乗り越える仲間が多いほど心強い」

一人ひとりの幸せを支える次世代の社会インフラ構築へ

【事例③】
東工大の戦略分野SSI-Sustainable Social Infrastructure

米山普・東京工業大学 環境・社会理工学院 リサーチ・アドミニストレーター(URA)

最後に登壇した、東京工業大学の米山普氏は、同大が研究戦略として進める「SSI(Sustainable Social Infrastructure)」について紹介した。SSIとは「人生100年時代の安全・安心で一人ひとりの幸せを支える次世代の社会インフラを構築しようとする研究分野」であり、「レジリエント社会の実現」「地球の声のデザイン」「スマートシティの実現」「イノベーション」の4つからなるグローバルな社会課題の解決を目指しているという。

米山氏は、SSI戦略について、「キーワードは一人ひとりの幸せであり、中心は人である」とする考えを強調。例えば4つの社会課題のうち「地球の声のデザイン」では、人と自然、建築と都市を総合的に捉え、カーボンニュートラルも含めた多様なエネルギー源の活用技術を通して、「持続可能な人間環境を構築する」と定義していることが語られた。

「SSIチーム東工大」には教員130人が参加、国内外の大学や企業・産業と協働し、研究成果の社会実装を推進している。「東工大というと、理系の大学だと思われるかもしれないがそうではない」と言うように、「イノベーション」の分野では、他大学も含めた文理共創でイノベーションデザインのプラットフォームづくりが進んでいるという。

同大ではSSIのほか、ビッグデータを活用し、低炭素の大規模電源と分散システムが共存するエネルギー社会をつくるためのコンソーシアム活動にも力を入れている。最後に米山氏は、「いずれも東工大だけでできるものではない。あらゆる産業、企業、大学関係者とのコラボレーションが不可欠だ」と共創の重要性を強調して発表を終えた。