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「異彩を、放て。」――社会に異なる視点投じる、ヘラルボニーが躍進

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明日、1月31日は何の日かご存知だろうか? “131”の語呂合わせで「異彩の日」だ。主に知的障害のある作家の作品から新たな文化創造を目指す、ヘラルボニー(岩手県盛岡市)が、そのミッションである「異彩を、放て。」にちなんで創設した。この「異彩を、放て。」という短い言葉には、「障害がある人々は周囲と異なる視点を持っており、それは尊重されるべきだ」という同社の強いメッセージが込められている。異彩を放つ作家による作品の素晴らしさは国内外の大企業をも動かし、昨年はLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンの支援を受け、パリに子会社「HERALBONY EUROPE」を設立するなど、舞台は世界に広がっている。(松島香織)

障害のある作家がつくるアートの在り方を変える

(左から)松田文登氏、松田崇弥氏、黒澤浩美氏

ヘラルボニーが目指すのは、障害のある作家のアートが、純粋に作品として正当に評価されることだ。日本ではこれまで福祉的な側面が強調され、作品そのものの価値が後回しにされがちだった。しかし、ヨーロッパでは「アール・ブリュット(生の芸術)」として、既存の文化や芸術の枠を超えた自由な発想が評価されており、障害のある人が制作したアート作品もその一環として捉えられている。

ヘラルボニー創業者で代表取締役/Co-CEOを務める松田文登氏は、「これまでの福祉的なアプローチでは、障害をゼロにすることばかりに焦点を当ててきた。だがそうではなく、その人が持つ才能を引き出せば、その人の存在は大きく飛躍することができる。障害という言葉のイメージが変わっていくはず」と思いを語った。そして自分たちの使命は、「プロダクト以上にこうした思想を拡張していくこと」だと力を込める。

こうした強い理念のもと、同社が掲げているのが「異彩を、放て。」だ。同じく創業者で代表取締役/Co-CEOの松田崇弥氏は、障害のある彼の兄が「ダダダダダ~」と繰り返す様子を例に挙げ、「その行動が周りの人々には騒音に聞こえるかもしれないが、兄にとっては面白い遊び。これが彼の独自の感性であり、それを障害として一括りにするのはもったいない。“異なる彩り”として、リスペクトされるべき」だと強調した。

同社のアドバイザーを務める、金沢21世紀美術館チーフ・キュレーターの黒澤浩美氏も、昨年11月の記者発表で、まず障害があるかどうかを判断する基準が“誰かに決められている”状態だと指摘し、その現状を変えつつ「障害があるかもしれないが、作家として見て、作家が作ったものであれば作家の作品として評価する。そういう視点の入れ替えが必要なのではないか」と語っている。

アートアワード「HERALBONY Art Prize 2024」の創設

“異彩を放つ”作家たちの才能を広く発信するのが、アートアワード「HERALBONY Art Prize 2024」だ。このアワードには、28カ国から924人が応募、1973点の作品が集まり、審査員として黒澤浩美氏はじめ、アーティストで東京藝術大学長の日比野克彦氏、LVMH メティエ ダール ジャパン ディレクターの盛岡笑奈氏などが名を連ねた。

グランプリ作品 浅野春香_Haruka Asano「ヒョウカ」

第1回の授賞式は2024年8月に東京で開催され、緻密な曼陀羅(まんだら)のように星空やサンゴの産卵の様子などを描いた、浅野春香氏がグランプリを獲得した。タイトルの「ヒョウカ」には、「こんなに自分は頑張って描いているのだから評価してほしい」という思いが込められているという。ほか、トヨタ自動車やJALなどの企業賞に7作品が選ばれ、各社がプロジェクトのデザインなどに採用している。

「こうした大きなアート展では、1000点ぐらいの作品が集まるそうなので、第1回でそれがクリアできたのはまず良かった」と文登氏はアワードに手応えを感じている。さらに「今後はもっと世界の作家さんと出会える機会を積極的に作っていきたい。それが多分いろんな感性を知ることであり、気づきをもらえる。ヘラルボニーの役割は、その気づきをきちんと日本にも伝えること」だと意気込む。

第2回のアワードは、東京建物と共催する「HERALBONY Art Prize 2025 Presented by 東京建物Brillia」として開催が決定している。すでに昨年末に作品の募集は締め切られ、5月下旬に授賞式と展覧会を予定。東京や岩手、そしてパリで展示し、国際アワードしての存在感を打ち出していくという。

共催する東京建物は、2021年からアートギャラリー「BAG -Brillia Art Gallery-」を東京・京橋で運営しており、オープニングを飾ったのがヘラルボニーの作家の作品だった。暮らしを豊かにするきっかけや可能性があるものとしてアート作品を重視しており、公募によりアーティストを発掘・支援する「Brillia Art Award Wall / Brillia Art Award Cube」を独自に開催するなど、アートを基軸にしたブランド展開を積極的に行っている。

(左)東京建物Brillia賞 内山.K_K.Uchiyama「赤と青の世界の地図」、(右)「赤と青の世界の地図」をもとにデザインしたマンション建設現場の仮囲い(東京建物提供)

同社の担当者は、「私たちが目指す豊かな暮らしとは、時代や環境が変わっても自分が自分らしくいられる心地よい暮らしです。ヘラルボニー社の目指す、誰もが違いを認め合い、自分らしくいられる世界は、まさに私たちが目指している豊かな暮らしと同じ未来にあると感じています。協業を通じて、ひとり一人の暮らしに寄り添った、心地よさを醸成していきたいと思っています」とヘラルボニーへの共感と共創の意義を語った。

LVMHの支援を受けて海外展開を加速

ヘラルボニーは昨年、LVMHが設立した「LVMH Innovation Award 2024」に、日本企業として初めてファイナリストに選ばれた。このアワードは、世界各国の革新的なスタートアップを評価・支援するもので、89カ国1545社の応募社の中から、「Employee Experience, Diversity & Inclusion」カテゴリ賞を受賞した。

海外進出は早くから視野に入れており、崇弥氏は「自分たちもフランスで挑戦するぞって決めていた」と言う。「欧州、なかでも世界一流ブランドが集積するフランスで認められることが、世界で勝つ第一歩として考えていた」(崇弥氏)。現在、LVMHから経営・事業展開全般の伴走・支援を受け、有名ブランドとのコラボレーションの可能性を探っているという。

一方で、ヘラルボニーは本社を構える盛岡市への恩返しも忘れていない。地元の大型百貨店・カワトク (川徳、創業1866年)の改装プロジェクトを共に進め、クラウドファンディングに挑戦。「盛岡の文化を大切にしたい」と多くの人の共感を得て、掲載してから10日で目標の1000万円を達成した。カワトクにあるヘラルボニーのフラッグシップは、全面ガラスの開放感ある約500坪のエリアに、常設ギャラリーと物販・カフェを併設させ、この春にリニューアルオープンする予定だ。

崇弥氏と文登氏は、今後の目標として売上1000億円、雇用数1000人を挙げた。さらに障害のある人と健常者が共に暮らせるコミュニティの創設や、子ども向けのサマースクールの開催など、新しいプロジェクトのアイデアがあるという。昨年12月にはGoogle Pixelと共に、Google ハードウェア製品のデザイン哲学「エモーショナルデザイン」を体感できる一棟貸し施設を企画するなど、企業とのコラボレーションも活発だ。「異彩を、放て。」というミッションのもと、「社会を改革していきたい」という彼らの躍進は続く。

2025年3月18・19日に開催される「サステナブル・ブランド国際会議 2025 東京・丸の内」に、松田崇弥氏が登壇。同社は、組織のDE&Iを促進する体験型ワークショッププログラムも実施する予定だ。

※本記事ではへラルボニー社の表記ポリシーに基づき「障害」としています

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松島 香織 (まつしま・かおり)

サステナブルブランド・ジャパン デスク 記者、編集担当。
アパレルメーカー(販売企画)、建設コンサルタント(河川事業)、自動車メーカー(CSR部署)、精密機器メーカー(IR/広報部署)等を経て、現職。