1.5度目標と、各国の排出量公約の「大きなギャップ」をどうやって埋め、飛躍的な削減を達成するか
北村和也
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11月の初旬、WMO(国際気象機関)は、今年9月までの世界の平均気温が産業革命前以来1.54度上昇したと発表した。温度上昇を1.5度に抑えるという目標が危機に瀕している。10月末には、国連のUNEP(国連環境計画)が「美辞麗句と現実の莫大なギャップ」と銘打った温室効果ガス排出量に関する「排出量ギャップ報告書2024」を発表した。
ギャップとは、脱炭素の1.5度目標と各国の排出量削減公約(NDC)の差であり、年明けに策定する新しい公約で、「美辞麗句=表現だけのごまかし」から脱却し、劇的な削減につなげることを迫っている。今回のコラムでは、ギリギリに追い詰められた現状と私たちにできることについてお話ししたい。
風前の灯(ともしび)となった1.5度目標とUNEPの悲痛な報告
日本で皆が感じたことは、世界でも同様であった。
WMOのまとめによると、2024年は観測史上最も暑い年になる可能性が高い。下図は、COP29に合わせて発表されたWMOの報告書内のグラフである。国際的な6つの機関による過去(1850~1900年の平均)の気温データとの差を一つにまとめているが、今年の1月から9月までの平均は+1.54度とついに1.5度を越えてしまった。
6つの国際データによる2024年1~9月の世界の年平均気温差(1850~1900年の平均値比) 出典:WMO
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WMOに先立って10月下旬に発表されたUNEPの報告書は、すでに危機感を前面に押し出したものであった。表紙のビジュアルが象徴的なので改めてお見せしておこう。
UNEPの「排出量ギャップ報告書2024」の表紙
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コラムの冒頭に示したように、赤色のタイトルは、「No more hot air…Please!」とある。燃えるような太陽の下、氷河の上で雪だるまが溶けている。手に持つ旗はSDGsのマークに見える。「お願い、もうこれ以上暑くしないで!」と悲しい気持ちが伝わってくる。
UNEPは毎年、排出量ギャップ報告書を発表しているが、それは各国の温室効果ガスの削減目標と現実の差であり、表紙に記された文言ではそのギャップが「massive=非常に大きい」と批判している。
来年2025年の2月には各国の新しい排出量削減目標(NDC=国の国際的な約束)が発表されることになっていて、日本ではそのベースとなる「第7次エネルギー基本計画」の策定が進められているところだ。
報告書が求めるものは、明快である。
現行のNDCでは、達成しても1.5度どころか今世紀中に気温が2.6から2.8度上昇する。多くの国が公約さえ守れない現状が進めば、最大3.1度上昇による壊滅的な状況に陥ると強い警告を発している。
現行の目標達成に向けた各国の進捗状況の評価 出典:UNEP「Emissions Gap Report 2024」
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上図は、各国が示した現行の2030年のNDCが、どのくらい進捗しているかをまとめたものである。いわば、「公約の成績表」と言える。ただし、実際には目標自体の設定が低い国もあり、これが脱炭素の取り組み全体の評価とはならないことは確認しておく。
図の左側は、現在の政策で目標達成の可能性が十分ある地域や国々で、欧州(EU)の頑張りが目立つ。中国などは目標設定に対しての達成という限定付きである。
右側には、米国のほか日本などアジアの排出国が並び、達成の可能性が低いとの評価を受けている。脱炭素のニュースに詳しい人は、先日の日本政府のコメントとの矛盾に気づくかもしれない。政府資料では、「日本の排出削減の進捗、オントラック(2050年に向け順調な減少傾向)を継続」であったが、そのあと複数のシンクタンクなどから、オントラックではないとの反論が相次いでいた。
いずれにせよ、日本に限らず新しい削減目標は、さらに野心的なものでなければならないのは言うまでもない。エネ基(第7次エネルギー基本計画)の策定に当たっては、UNEPの危機感を共有することが重要である。
知っておくべき、「温室効果ガスは何から発生しているのか」
最後に、排出量ギャップ報告書2024に載せられた、ある棒グラフを紹介したい。
グラフのてっぺんに57.1ギガトンという数字が載っているが、これは世界の2023年温室効果ガス排出量のトータルを示しており、実は前年比+1.3%と過去最高を記録したのである。私たちは、最近は脱炭素という言葉をごく普通に見て、口にするようになったのだが、その実態は厳しいままである。
2023年の世界の温室効果ガス排出量のセクター別割合 出典:UNEP「Emissions Gap Report 2024」
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上の棒グラフが示すのは、昨年1年間の世界の温室効果ガス排出量のセクター別の割合である。これによって、私たち地球上の人類のどんな活動が温室効果ガスを生んでいるかを知ることができる。1.5度突破の危機に瀕する今、もう一度、温室効果ガスを増やす原因を知っておく必要があると思い取り上げた。
温室効果ガスの原因の圧倒的なボリュームは、エネルギー(Energy)である。グラフの上からの青っぽい部分で、合計7割近くになる。いわゆるエネルギー由来である。しかし、このうち発電(Power)は26%でしかない。一方、発電を除く建物(Building)や産業(Industry)、交通(Transport)などで暖房や熱、燃料の使用などに使われる排出量は、後述する化石燃料の採掘を合わせると42%にもなる。エネルギーと言っても、熱や交通に関する排出の方が圧倒的に大きい。
ヒートポンプの利用やEVへの転換が進んでいるのは、このボリュームゾーンへの効果的な対応策だからである。交通部門(Transport)は合わせて15%と巨大な排出源であるが、EVシフトが進む自動車(Road)のイメージが強い。しかし、航空機(Aviation)分も2%あり、コロナ明けに急激に増えている。欧州を中心にジェット機を使わない運動が拡大している理由はここにあって、最近はSAF(持続可能な航空燃料)が注目を浴びている。
エネルギーセクターのグラフの最も下にあるのが化石燃料などの生産(Fuel Production)で、全体の1割にも及ぶ。石油や天然ガス、石炭の採掘や精製などにも莫大なエネルギーと温室効果ガスの排出があることを忘れてはならない。
意外に思われるのが、農林業関連(Agriculture)の排出の多さである。
緑色のゾーンの、牛のげっぷ(Livestock)、稲作(Rice)などによるなどメタン排出などで11%、森林破壊(LULUCF)などは7%を数える。棒グラフの最も下にあるゴミ、廃棄物(waste)の4%も決して少ない数字ではない。
普段の電気や暖房、交通手段の使い方から始まり、各種の製品の選び方、廃棄の仕方など私たちの生活に直結する排出がたくさんある。
脱炭素の要請は、決して大規模の生産者や大企業、各国政府だけのものではなく、個々の行動にまで強く迫ってきていることを嚙(か)みしめてほしい。