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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

都心のビル屋上に子どもたちが集まる「食べられる校庭」 平和不動産が描く未来の都市づくり

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2022年春、オフィス街・日本橋茅場町の一角にあるビルの屋上に、子どもたちが「育て、食べる」ことを学ぶための食育菜園「Edible KAYABAEN(エディブル・カヤバエン)」が誕生した。平和不動産、ユニバーサル園芸社、エディブル・スクールヤード・ジャパンの3者が協働し、次代を担う子どもたちが集まる新たな居場所を都市につくりだすプロジェクトだ。プロジェクトにかける思いや、この街の開発のこれから、米国で始まり日本でも取り組みが広がる“エディブル・スクールヤード(食べられる校庭)”について話を聞いた。(井上美羽)

日本橋兜町・茅場町は日本初の証券取引所や銀行が誕生した金融の町。かつては株の売り買いやイノベーションの舞台として、人々の交流の拠点となっていた。平和不動産は近年、この街ににぎわいを取り戻すためにさまざまな取り組みを仕掛けている。その一環として、9階建てのビルの屋上にファームガーデンを作るプロジェクトが始動し、茅場町に未来の風が吹き始めた。話を聞いたのは、平和不動産の山中真之さん、ユニバーサル園芸社の森田紗都姫さん、エディブル・スクールヤード・ジャパン代表の堀口博子さんだ。

エディブル・スクールヤード・ジャパンは、 米カリフォルニア 州バークレーを拠点に、全米、および世界の教育機関とネットワークする The Edible Schoolyard Project の日本における窓口として承認された唯一の機関

Edible KAYABAEN

茅場町の「投資と成長」を考える

―― 今回のプロジェクトの構想はいつ、どんなきっかけで生まれたのでしょうか。

山中真之氏(以下、敬称略):平和不動産は、“人が集い、投資と成長が生まれる街づくり”をコンセプトとして、日本橋兜町・茅場町の再開発に取り組んでいます。この街の価値を高めるために、どのように「にぎわい」を形成できるかを考えていました。その方法の一つとして、「屋上菜園」というキーワードが一昨年に挙がりました。このエリアはビルがひしめき合うオフィス街なので、地上のパブリックなスペースが十分ではないのですが、屋上は空いています。そこで、ユニバーサル園芸社の森田さんにご相談したことが始まりです。

森田紗都姫氏(以下、敬称略):“投資と成長”というキーワードを山中さんからうかがった際に、その意味を「金融」としての解釈ではなく、この街の「子どもたちの未来」と考えることでキッズ菜園というアイディアが浮かんできました。そこで、エディブル・スクールヤード・ジャパンの堀口さんを山中さんにご紹介したことから3者でプロジェクトをスタートすることになりました。

―― 堀口さんは最初、都心で エディブル・スクールヤード を展開するイメージがつかなかったそうですが、なぜでしょうか。

堀口博子氏(以下、敬称略):私たちの活動はもともと学校を舞台にしていたので、オフィス街である茅場町のビルの屋上で菜園を設けるイメージができませんでした。ただ、別の事業者さんとも菜園をテーマに親子向けのイベントをする中で、学校以外の場所で実施する意味や広がりの重要性について考えるようになりました。

地域の新たなにぎわいと子どもたちの未来というコンセプトが興味深く魅力的だったので、お断りする理由はありませんでした。また、このビルのすぐ近くに坂本小学校があって、小学校との連携も視野に入っていたのもお引き受けした理由の一つです。

―― 実現までに試行錯誤されてきたそうですが、プロジェクトを進める中でどのような壁がありましたか。

堀口:3者の事業の背景が全く異なり、違う言語・違う文化の人たちが集まっているので、「エディブル・スクールヤード」の持っている文化や感覚をどのようにして皆さんと繋いでいくといいかということに最初は戸惑いました。

山中:どんな事業も関係者が増えると難しくなりますよね。このビルは企業が所有していますが、トップダウンで進めるのを止めて、あえて関わる人たちと逐一相談しながら決めてきたので、時間がかかりましたね。

堀口:パーマカルチャーのデザイナーであり指導者の、本間フィル・キャッシュマンさんにもプロジェクトに参加してもらい、2021年5月には、フィルさんのファシリテーションを通して、我々が何を目指していて、なぜここにいるのかというビジョンを話し合い、一人ひとりの本当の気持ちを確認しあう時間をとりました。

「エディブル・スクールヤード」の理念とは

―― そもそも、 エディブル・スクールヤード とはどういう取り組みでしょうか。

堀口:「エディブル・スクールヤード」は1995年、カリフォルニア州バークレーにあるオーガニックレストラン『シェ・パニース』のオーナーシェフ、アリス・ウォータース氏が公立中学校の校庭で始めたものです。学校菜園でガーデンとキッチンの授業を理科や数学、国語やアートなどの必修科目と統合して行うのですが、野菜を育て、収穫し、調理を行うことを通じて持続可能な生き方、エコロジーを理解する知性、自然界との情感的な絆を身に付けることを目指した教育はエディブル・デュケーションと呼ばれ、現在では全米の公立、私立学校で授業として採用され、世界中で実践されるまでになっています。

―― ここでの「 エディブル・スクールヤード 」の実践 はどのような変化をもたらしそうでしょうか。

堀口:「エディブル・スクールヤード」の一番のギフトは、コミュニティが再生されていくことです。私たちは、子どもを中心に大人が動き出すと、あえてそうしようとしなくても自然とコミュニティの再生につながるということを実感として持っていたので、茅場町でもそれが起きるのではないか。大都市の中でもできるかどうかを見てみたいなと思いました。

―― 平和不動産としてはビルや街の開発のプロジェクトを並行して行う中で、本プロジェクトをどのように位置づけていますか。

山中:弊社の街づくりの視点のひとつとして「誰もが“居場所”を持てる街」というキーワードがあります。ここに集う誰もが自分の居場所を見つけられるよう、街の開発を進めている中、このプロジェクトに結果として繋がりました。

子どもたちに伝えたいこと、与えたいこと

―― ガーデンベッド作りや野菜の収穫祭などのイベントを開催されていますが、その中でどんなことを子どもたちに伝えていますか。

堀口:私たちが大事にしていることは、アクティビティを子どもたちが自分で選択できるということです。これをやってくださいではなくて、その子の気持ちに添うようにプログラムをいくつか用意しておきます。すごく動きたい子もいれば、静かに植物を観察したい子も、料理をしたい子もいる。どんな時も、どこかに自分の居場所が持てるように、安心できる場所を作ることを大事にしています。

“EDIBLE―エディブル”という言葉は、直訳すると“食べられる”という意味ですが、食べることにはさまざまな学びが含まれています。野菜を栽培して、料理をするだけではなくて、観察をとおして感じたことを言葉や絵で表現したり、数を数えたり、長さを測ったり、竹で器を作ったり、食につながるさまざまな学びの要素を入れながら体験型のプログラムで構成しています。

私たちは子どもたちが自発的に、主体的に学んでいくことを大切にしています。だから子どもたちにダメとは言いたくないんですね。行動が危険につながるとしたら、なぜ危ないかを一緒に考えたい。子どもたちが主体的になれる環境さえ用意していれば、子どもは理解してくれるし、ルールをことさらに言わなくても、どうしたら安全に心地よく過ごせるかは自然と場のカルチャーになっていきます。

ーーユニバーサル園芸社は、植物を扱う会社として、「Edible KAYABAEN」にはどんな特徴があると思いますか。

森田:「選べること」と「コミュニティ」がキーワードとしてあると思います。緑化事業というのは、ただアーバンファーミングや緑化をすればいいということではありません。菜園は手段でしかなくて、大事なのは緑化して何を達成したいかという目的です。それがなければ、人も植物も育ちませんし成長しません。

小さい時に自分の意思で選ぶから、嫌いなものも食べられるようになる。食べろと言われても嫌だけど、食べてみたら食べられるということもあります。

それに、家と学校のどちらかにしか自分の居場所がないと、両方が辛いと人生終わりだと思ってしまいますよね。親でも先生でもない別の大人が話を聞いてくれる場所、学校とは違う友達がいるコミュニティ=サードプレイスを幼い頃に作ってあげることは、この町に関わる大人が子どもたちにできることとして、とても良い投資になると思います。

アーススコーレを10月に開校

ーー 今後どのように Edible KAYABAEN を展開しようと考えているのでしょうか。

山中:9月からは、坂本小学校の2年生の子どもたち約30人にこの場所を利用して授業を提供することになり、すでに1回目が9月12日に実施されました。同時に、食と農・子どもたちの自然学校「アーススコーレ 」を10月22日に開校します。それに向けて現地説明会も行います。

※アーススコーレは、学校=スクールの語源のギリシャ語のSkholeと、地球= Earthを繋いだ造語で、「遊び、余暇、学問」 を意味する。地球を学び舎として子どもたちが主体的に、精神的にゆたかに成長する場をイメージしている

アーススコーレは、野菜の育て方を教えるだけでなく、“育てること、つくること、食べること、観察すること”を通して、子どもたちの好奇心を引き出し、自然界から学ぶ面白さを、理科や算数、国語や社会、英語やアートとつなぎながら学んでいきます。

私たちにとっても全てが新しい試みで、初めてだからこそ手探りでつくっていますが、みんなでつくっていく感覚が楽しいですね。

――10 年後、30年後、50年後、この場所はどんなふうになると思われますか?

堀口:街の人たちを笑顔にしていくのはお金や物質ではありません。KAYABAENがあることで、ここに集い、美味しさを分かち合いながら自然に笑顔になっていくような場になってほしいという思いがあります。地域コミュニティと、企業と、私たちのような活動団体とがつながり、協働する風景が日本橋茅場町で生まれたら、きっと日本全国に広がると思います。

山中:このプロジェクトは、自分たちの企業や地域だけの利益のためというよりも、日本の未来へ投資をするプロジェクトです。また、この地域の住民だけでなく、関わる人皆の居場所となる場所になればいいと思っています。都市のコミュニティの在り方のひとつとして、誰もが参加できるライトさがあると思います。地域に住む人、このビルで働く人、プロジェクトに関わる人、何らかの形でこの場所を知って来てくれた人たちのグループが存在し、誰でも受け入れられるような場所になっていけたら良いですね。

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井上美羽 (いのうえ・みう)

埼玉と愛媛の2拠点生活を送るフリーライター。都会より田舎派。学生時代のオランダでの留学を経て環境とビジネスの両立の可能性を感じる。現在はサステイナブル・レストラン協会の活動に携わりながら、食を中心としたサステナブルな取り組みや人を発信している。