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山を食べつくすシカを減らし、食用として消費拡大へ――伊豆市に見るシカ被害と対策

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猟師、早川五男さんは貴重な鹿マタギの技術を受け継ぎ、環境省の鳥獣保護管理捕獲コーディネーターでもある

増えすぎたニホンジカが全国で農林業や生態系への深刻な被害をもたらし、その被害額は2019年で約53億円にものぼっている。静岡県伊豆市の天城山ではシカの口の届く範囲の植物や樹皮は食べつくされ、深刻な生態系への被害が見られた。同市では公設の食肉加工施設が整備され、捕獲した鹿を食用として活用するほか、民間の加工施設もペットフード加工で利益をあげる。一方で、減りつつある狩猟者を育成しようというNPOも活動し、ジビエとして活用する機運も高まる。伊豆市でシカ被害の実態や利活用の試みを取材した。(環境ライター箕輪弥生)

増えすぎたシカが森の生態系を壊す

シカの口が届くところは食べつくされた伊豆市の天城山の森。倒木も多い

「山が死んでいる」。50年以上、伊豆市の山で狩猟を行ってきたハンター早川五男さんがつぶやく。静岡県伊豆市の天城山で見た森林は、ササなどの下草が全くなく、樹木の皮も剥がされ、残っているのは毒のある馬酔木(アセビ)だけという無残な姿だった。

以前はウサギや鳥などが多く生態系も豊かだったがそれらも姿を消し、保水能力がなくなった森の沢はほとんど枯れている。ニホンジカは口の届く高さまでの下草や葉を1日3~5kg 食べるという。それらが食べつくされると、今まで食べなかった特産品のワサビや椎茸、果ては毒のあるヒガンバナまで食べてしまう。

個体数の増えたシカは農作物を荒らし、山を丸裸にするだけでなく、新しい木が生えなくなり、森の循環が絶たれるという深刻な事態に陥ることもある。山は保水力がなくることで土砂災害が起こりやすくなり、海の豊かさにも影を落とす。

早川さんはこの状態をとらえ、「捕獲が15年遅れた」と話す。シカの獣害について市に早くから訴えていたが、当時は聞き入れてもらえなかったという。

しかし、なぜこれほどまでにシカの数が増えてしまったのか。原因として考えられるのは、戦後から2007年まで続いた雌ジカの禁猟政策、シカの繁殖力の高さ、温暖化、駆除を担うハンターの高齢化と数の激減などと推測されている。

国は2023年度までに2011年度比でニホンジカの個体数を半減することを目標としている。

伊豆地域のシカの生息密度で見ると、農林業被害が少ない生息密度(1~2頭/km2)や自然植生への影響が出ない生息密度(3~5頭/km2)に比べ、約30頭/km2(平成27年度)と非常に大きいことがわかっている。

シカの命を無駄にせず、食用として利活用を広げたい

「しかまる」の施設はコンテナ。伊豆市での使命が終われば移動することもできる

現在、伊豆市では、シカの被害対策として年間を通して捕獲を推進し、食用としての利活用を進め、全国的にもトップレベルの有効活用率を誇る。

その中心となるのが2011年から市設市営の食肉加工センター「イズシカ問屋」だ。「イズシカ」として伊豆市の新たな特産物とすることを目指し、個体の買い取りにより、狩猟者の金銭的負担の軽減につなげることを目的としている。

現在は、国産ジビエ認証も取得し、年間に約900頭の鹿を処理するイズシカ問屋だが、施設の処理容量から1日4頭までしか処理できず、狩猟者が山に埋める個体も数多い。また、食肉販売では、シカは歩留りが15%程度と悪く、利益を生み出しにくく赤字が続いているという現実もある。

そこで、受け入れられなかったシカを年間400頭受け入れ、ペットフードに加工して販売しているのが、「DEER BASE izuしかまる (以下、しかまる)」だ。経営する高山弘次さんは元々、伊豆市役所に勤め、「イズシカ問屋」を立ち上げから7年間手がけてきた。

「しかまる」を始めた理由には、処理できないシカの受け入れを日々、捕獲者に断る辛さがあったという。少しでも命を無駄にしたくないと始めた事業は、今では予約で商品提供が追い付かないほどで、黒字経営が続いている。

新たに、ジビエへの活用を考える団体も動き出している。一般財団法人「森から海へ」は、長野県で鹿肉を活用したペットフードを製造販売しているが、伊豆市の鹿肉を使ったジビエの展開を考えている。また、シカ皮でのインテリアグッズの開発なども手掛ける。

同社団法人の渡邊智恵子代表は、「伊豆市ではクオリティの高いジビエとしての供給が可能なことがわかった。シカの命の無駄をなくすこと、そして地域に関わっている人たちが食べていける事業を考えていきたい」と話す。

シカ肉は牛や豚と比べても、高たんぱく質で低脂肪、高鉄分であることから、食材として優れた健康食とされ、年々消費者の注目度も高まってきている。きちんとした供給体制が整えば、食材としてのニーズが伸びる可能性が高い。

一方、伊豆市を中心に安全で効率のよいシカ捕獲手法の開発で実績をあげ、狩猟や捕獲だけでなく次の世代をつくっていくプロの猟師を育成しているのが、NPO法人「若葉」だ。

若葉の岩崎秀志理事は「高い意識、知識、技術をもつ優秀なハンターを育成すれば、捕獲数も伸びていく。その命を無駄にせず、利活用を広げていきたい」と話す。

一度失われた生態系が元に戻るには長い年月がかかる。生態系にとって最適な頭数を維持し、かつシカの命を無駄にしないためには、捕獲と利活用両面での知恵の出しあいが必要とされているようだ。

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箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。

http://gogreen.hippy.jp/