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コロナ禍で一段と重視される「ワンヘルス」――人と動物、生態系の健康はひとつ 専門家の知見に学ぶ

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2022年の幕が開けると同時に、新型コロナ感染症は日本でもオミクロン株による第6波が急速に勢いを増している。国際社会はコロナ禍からの復興と、次の感染症を防ぐ観点からも経済至上主義による画一的なグローバリゼーションからの脱却を掲げる。そのアプローチの一つとして重視される考え方に、人と動物、生態系の健康をひとつと考える「ワンヘルス(One Health)」という概念がある。動物由来とされる感染症と生物多様性のかかわりに目を向け、気候変動対策にもつながる生態系の回復を通じて強靭な社会の実現を目指すものだ。今、なぜ「ワンヘルス」がキーワードとされるのか。専門家や国際団体の知見を改めて紹介する。(サステナブル・ブランド ジャパン=廣末智子)

内容は、2021年2月に開催されたWWF(世界自然保護基金)ジャパン主催のオンラインシンポジウムを中心に構成しています。

ワンヘルスは生態系の健康、そして家畜や野生動物の健康を守ることが人の健康を守ることにつながるという観点から、三つの健康をひとつと捉える概念。2004年にニューヨークで「One World、One Health」と題して開かれた会議を端緒とし、その実現を掲げて2010年にはWHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)、OIE(国際獣疫事務局)が連携する動きも生まれた。2020年にはUNEP(国連環境計画)も加わるなどコロナ禍で再び注目されている。

日本でも2021年1月、WWFジャパンが国際自然保護連合日本委員会、日本獣医師会など11団体とともに感染症の予防的アプローチとしてワンヘルスに取り組む「人と動物、生態系の健康はひとつ〜ワンヘルス共同宣言」を策定。この中で、近年、増加傾向にある新型コロナウイルスを含む新興感染症の約7割が「人と動物の共通感染症」であり、原因の一端には、「人が自然環境に及ぼしてきた負の影響、地球規模の異常気象や大規模な森林破壊、土地利用の転換や農業・畜産業の拡大、さらに野生動物の商取引・消費といった問題がある」とされている。

人間活動や気候変動による生態系破壊で未知のウイルス飛び出す

これについて、山極壽一・京都大学名誉教授は、アフリカで野生のゴリラが感染したエボラ出血熱を例に説明。感染源はおそらくオオコウモリであり、そもそもコウモリとゴリラは滅多に接触する機会もなかったのが、近年、森林の伐採が進むにつれてコウモリがゴリラのいる森の中まで餌になるフルーツを求めてくるようになったことでゴリラに感染。さらに森林伐採に従事する人たちは現金経済がないと暮らしに困るため手っ取り早く野生動物を狩猟してその肉を都市へと運ぶようになった過程でその中に感染したゴリラやいろいろな動物の肉が混じり、人間へと感染していったと考えられるという。

農耕牧畜が始まった約1万2000年前、地球上には500万人しか住んでいなかった。それが今、78億人を超える。山極教授は「世界の哺乳類の9割以上が人と家畜によって占められ、それを満たすために世界の陸地の40%近くが畑と放牧地に変わった。その結果、30%しか残っていない森林に野生動物が密集して暮らしている」と強調する。

「地球を支配しているのは人間ではなく、微生物や細菌、ウイルスだ。野生動物には多くのウイルスの遺伝子が組み込まれている。その中のこれまで無害であったものが人間の活動や気候変動による生態系の破壊によって飛び出し、未知のウイルスとして密集している人間や家畜にふりかかってきた」
(山極壽一・京都大学名誉教授)

ブッシュミート食べる現地の人を短絡的に批判するのは違う

野生動物が捕獲され、「ブッシュミート」として販売されていることがパンデミックの一要因であることについては、村田浩一・日本大学生物資源科学部特任教授も同意見だ。ブッシュミートを介して本来野生動物の間で保持されていた病原体が人へ伝播し、大流行をもたらす危険性があるばかりか、ブッシュミートを得るために東南アジアや南米に生息する霊長類の個体数が大きく減少していることを危惧する。

もっとも村田教授は、本質的な問題は社会システムの矛盾にあり、「ブッシュミートを食べる現地の人たちを短絡的に批判するのは間違っている」とも指摘。野生動物が由来の新興感染症には多くの社会経済的な歪みが関わっており、特に大きな要因は「土地利用の変化にある」とする。東南アジアの熱帯雨林を開発した大規模農場でパーム油がつくられ、野生動物の生息地から採掘されたレアメタルの多くがパソコンやスマホに使われていることなどを指してのことだ。

「私たち日本人にも責任の一端があることは間違いない。真剣にライフスタイルを考え直す時にきている」
「ワンヘルスは、単に人や家畜の健康を守るためだけの概念ではなく、環境や社会や経済や政治など多様な分野をいかに有機的に連携させるかが重要だ」
(村田浩一・日本大学生物資源科学部特任教授)

微生物と対話しながら生きているのが私たち 地球環境と同じだ

次に、山本太郎・長崎大学熱帯医学研究所教授は、人間社会に現れたほぼすべての新興感染症は野生動物から持ち込まれ、ウイルスとは宿主の存在を絶対的に必要とする有機体であることから、「中長期的にみて宿主の生存可能性や環境適応性を高める方向に進化する」というのが専門家の共通の認識であると説明。人間の体には約100兆個もの微生物が常在し、「そうした微生物と対話しながら生きているのが私たちであり、それは地球環境の中で人類が多くの多様な生物との共存の中で暮らしていることと同じだ」と例える。

150年ほど前、パスツールやコッホによって始まった近代細菌学は、感染症の原因は微生物であり、それをやっつければよいということで進んできた。その成果として抗生物質の発見やワクチンの開発があり、それらは人類の健康に大きな貢献をしたが、一方で、抗生物質の過剰使用やファーストフードを含む食の近代化によって人間に常在する微生物が毀損・撹乱され、肥満や糖尿病、自閉症や食物アレルギーのような病気が、過去30〜50年の間に急増した。

「微生物は私たちの健康や感情に大きな影響を及ぼす存在だが、皮肉なことに、なくなってみないとその存在の重要性が分からない。その点で非常に逆説的である」ということからも、人間の体と地球環境や生物多様性の共通項が見えてくる。

「21世紀の公衆衛生学的な課題は、共生の概念を抜きにしては語れない。そこから新たな感染症対策を考える必要がある」
(山本太郎・長崎大学熱帯医学研究所教授)

日本が起源だったカエルツボカビ 病原菌にも本来の生息地がある

生物多様性と動物由来の新興感染症との間連を考える上で格好の事例がある。両生類だけに感染する新興感染症として1990年代に海外で確認され、パナマやオーストラリアの両生類の絶滅にも関与しているとされる「カエルツボカビ菌」だ。2006年、日本でもこの菌が、ペットとして輸入されたカエルから確認され、環境省はこれを広げないように緊急キャンペーンを張った。この時、日本列島のみならず、全世界からカエルツボカビ菌のDNAを収集し、系統解析を行ったのが五箇公一・国立環境研究所生物生態系環境研究センター生態リスク評価・対策研究室長だ。

結果は意外なものだった。実はこの菌の出どころはオオサンショウウオやシリケンイモリといった日本固有の有尾両生類であり、カエルツボカビ菌は日本に侵入したどころか、日本が起源の外来病原体だったのだ。

五箇氏によると、日本のカエルツボカビ菌を世界に広げたベクターは、北米原産のウシガエルで、「食用目的で全世界に持ち出され、さらにこのウシガエルが運んだ菌が野外観察などによってジャングルの奥地まで運ばれてしまった」ことが考えられる。ここから分かるのは、「病原体や寄生生物には本来の生息地があり、そこで宿主との間に共進化の歴史を築いている。カエルツボカビも日本のカエルとは共生していた」ということだ。

「そうした病原菌は人間が登場する遥か昔から野生生物とともに共生し、進化し続けてきた生物多様性の一員だ。野生動物集団のうち一つでも増え過ぎて生態系のバランスを崩すようなことがあれば感染症を発生させて数を減らして調整し、その動物がより抵抗性のある強い動物へと進化するのを手助けしてきた」。生態系をもとに戻そうとするレジリエンスが働く中で、次から次へと新興感染症が人間を襲ってくるのも「生態学的には当たり前の自然現象」だ。

「生物多様性を守ることは人間社会の持続のための安全保障。自然共生とは決して生き物と仲良く生きるということではなく、基本的にはゾーニングという形で、人と動物の双方が相互の生息域・資源の取り分をわきまえ、人は動物界を過剰に侵食せず、動物を人間界に過剰に侵食させない正しい関係をつくること。ワンヘルスは人間社会が自立して自然と共生することで初めて達成される」
(五箇公一・国立環境研究所生物生態系環境研究センター生態リスク評価・対策研究室長)

ペット輸入大国日本の需要が、生息国での感染リスクに

Andy Chilton

WWFは野生生物の取引が生態系の健康を実現する上で大きな脅威になっている実態に警鐘を鳴らす。WWFジャパン野生生物グループの浅川陽子氏の報告によると、生物多様性が2016年の時点で1970年代に比べ68%も減少する中、野生生物は食品や薬、日用品、ペットなどさまざまな目的で利用され、陸生脊椎動物の24%に当たる7638種が国際取引されている。中には絶滅の恐れが高いとされる種も含まれ、合法的な国際取引額は過去14年間で5倍以上、2019年には約11兆円にまで膨れ上がり、違法な取引額は年間約7000億円〜2兆4000億円にのぼるという。

日本は欧州と並ぶペットの輸入大国の一つであり、そこには大きな問題が潜む。哺乳類と鳥類だけで年間30万匹、海外原産の多種多様な動物が「エキゾチックペット」として輸入され、2018年の調査では日本の爬虫類のペット市場で取引されていた606種のうち18%が絶滅危惧種だった。2007年〜2018年には計1116匹のエキゾチックペットが押収されたが、その中には国の公衆衛生の法律で輸入が禁止されているサルやコウモリも含まれていたほか、全体の90%以上、鳥類・哺乳類に関しては100%がアジアから密輸されていたことも分かっている。

「コロナのようなウイルスは発生が海外であり、日本の野生生物の取引とは関係ないように思えるかもしれない。だが実際は日本のエキゾチックペットの需要が海外のマーケットを活性化し、その生き物の生息国の市場での感染リスクを高めている。さらに生物多様性、生態系の劣化を招いてしまっていることに意識を向けてほしい」
(WWFジャパン野生生物グループ・浅川陽子氏)

福岡では2021年1月、全国初となる「福岡県ワンヘルス推進基本条例」が施行され、県や市町村、医師や獣医師、医療関係団体が連携し、薬剤耐性菌対策や人と動物との共生社会づくりなどワンヘルスを実践していくための基本方針に沿った取り組みがなされている。

2020年に開かれるはずだった国連生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP 15)はコロナ禍で延期され、昨年10月に第一部が中国・昆明でオンラインとのハイブリッドで開催された。今年4月には第二部が開催され、ポスト2020生物多様性枠組み(2020年以降の新たな世界の生物多様性保全のための国際目標)が採択される予定で、ワンヘルスへのアプローチがどう反映されるか注目したい。

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廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。