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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

コロナ禍の不安や喜びを共有 日本のスタートアップ開発のアプリ、170カ国6万人にユーザー広がる 

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とどまるところを知らないコロナ禍で、人々に心身の健康を保つことで豊かさを実感してもらう「ウェルビーイング」に軸足を置いたサービスが世界的に拡大している。2019年4月創業のスタートアップ企業、bajji(バッジ、東京・台東)もそうした企業の一つだ。世界中の誰もがスマホやパソコンに向かい、1日の大半を「デジタル世界の住人」として過ごす中、日々の暮らしの中で感じる不安や悲しみ、そして嬉しさや幸せの感情を発信し、リアクションや言葉を掛け合うことで気持ちを癒すことに特化したSNSアプリ「Feelyou(フィールユー)」を開発し、昨年7月、世界に向けて配信を開始。この1年で170カ国の約6万人が利用するまでに成長しているという。このほど第一生命グループと提携し、主にミレニアル世代に向けた少額短期保険でコロナへの不安に経済的にも対応を始めた同社の小林慎和(のりたか)代表にポストコロナを見据えた経営のビジョンを聞いた。(廣末智子)

小林代表 (左)と提携するアファンの森財団 森田いづみ理事長

社名のbajjiは創業時に始めたサービスの名前だ。SNS全盛時代にあって、世の中は匿名での発信やフェイク情報が増え、年々、不確かで本質的でないもので溢れている。そんな中で、「その人にとってのふさわしい『誰か』と出会い、真のイノベーションにつなげることのできる場を提供したい」という思いから、信頼関係(社会関係資本)を可視化すべく、ブロックチェーンを活用して開発した、画期的なビジネス版SNSだった。

「100人ほどが集まる2時間のイベントがあっても話すのは5人ほど。結局、残りの95人は誰が何のために来ていたのか分からず、なんてもったいないんだろうと思っていたんです。世界中の人々が個人単位でつながることができる時代だからこそ、『誰と何をするか』が重要となるのに」

bajjiのビジョンは「未来を変える人との出会いを増やす」。システム上は他のSNSと同様、まずはアプリに登録するが、サービスが動き始めるのは、会員同士がリアルに会って話をしてからだ。全国各地のコワーキングスペースでイベントを開き、そこで初めて会った会員同士がアプリの「エンカウント=遭遇するの意味」という機能を通じてつながる。次に、会ったことがある(エンカウント済みの)人に対して、「あなたのようなユニークな人に会ったことがない」「その発想力はいったいどこから?」といった感想を表したアイコン(=bajji)を贈り合う。それらの記録はブロックチェーンに刻まれ、エンカウント数や、贈りあったbajjiの量や種類によって、その人の社会関係資本を可視化するという仕組みだ。

デジタルを基盤としてはいるが、あくまでリアルに人が集うことに価値を置く、FacebookやTwitter、InstagramなどほかのどんなSNSとも全く違う特性を持つbajjiの利用者は順調に伸び、会員は約4000人に。そこへ昨年1月、コロナの感染拡大がやってきた。

2月の一斉休校に始まり、オンライン会議やリモートワークが続く日々。リアルイベントやコワーキングスペースの利用はほぼ皆無となり、bajjiの成長率は2カ月で99%減少した。4月の初めての緊急事態宣言の前には「リアルをベースにしたサービスは難しい」と判断。せっかく軌道に乗りかけた事業は方針転換を余儀なくされた。

世界が初めて同じ課題を感じている。ITの側面から助けることができないか

「この先どうなるんだろうと私自身も不安。毎日のように会っていた同僚とも会えなくなって孤独も感じ、家で悶々と考え込みました。その時、今、世界中の人がみな同じ感覚でいるということに気付いたんです。このパンデミックによってブラジル人も、ケニア人も、ウズベキスタン人も、世界中の誰もが不安に苛まれている。こんなに世界共通で同じ課題を感じるタイミングってこれが初めてじゃないか。だったら、それをITの側面から助けることができないかと思いました。そこから開発したのがFeelyouです」

コンセプトは「『自分らしさ』をありのままに出せる感情日記アプリ」。利用者は匿名で、「ひどい」「かなしい」「不安」「まあまあ」「いい感じ」「うれしい」「幸せ」の7種類の感情レベルの中からその日に合ったマークと、それが日常全般のことなのか、学校や仕事、友達や家族、さらに健康や趣味についてのことなのかを選び、コミュニティに向けて発信する。文章や写真は付けても付けなくてもいいが、ごく短い文章とともに気持ちを吐露する人が多い。“炎上”が問題となることの多い他のSNSと違ってシェアや拡散機能はなく、ユーザー同士がリアクションやコメントを送り合うのがメインだ。リアクションには「いいね」ではなく、「Feelyou=分かるよ」という意味が込められているという。

昨年7月にiOS版を、8月にAndroid版をリリースしたところ、最初の3カ月で80カ国2万人が利用するまでになり、12月には「Google Play ベストオブ2020」の「隠れた名作部門」の大賞に選ばれた。東京などで4度目の緊急事態宣言が発令されている今、利用者は170カ国の約6万人にまで増え、タイムラインには日本語をはじめ英語やスペイン語、ハングルなど各国の言語が飛び交い、翻訳機能を使って世界の人々がお互いを理解し合う多様な国際間コミュニケーション空間が広がる。

レビューには、「Feelyouだからこそ、安心して気持ちをさらけだすことができる」「いろんな国の人が使っているようで、それを読んでいるだけでも癒されます」といった声が多く寄せられている。ユーザーの9割方は10代後半〜30代の、毎日何かの不安やストレスを感じていることが多いとされる世代だが、小林氏によると、6対4でポジティブな投稿の方が多いという。

“心の再生”と“森の再生”のサイクル構築へ 「C.W.ニコル・アファンの森財団」と提携も

左は人工林、右はアファンの森財団が再生に取り組む森林

今年4月からは、その時々の感情や気分に合わせた香りを選び、ストレス緩和につなげてもらおうと、天然由来成分のみを配合したエッセンシャルオイルなどのセルフケアアイテムを販売する「Feelyou Shop」を展開。さらに6月には、作家であり環境保護活動家の故C.W.ニコル氏が、長野県の黒姫高原にある森林で生態系の再生に取り組んできた、一般財団法人「C.W.ニコル・アファンの森財団」とオフィシャルスポンサーパートナーシップを提携し、「森の再生は心の再生にもつながる」という観点から、ショップの売り上げの一部と、またアプリでサブスクリプション制(月額480円)により自身の感情をグラフ化しメンタルケアに役立ててもらうサービスの料金の一部を同財団に寄付している。小林氏によると、こうしたアプリとショップと森林のケアのサイクルにより、「自分を大切にすることは、周囲の人々への思いやりや地球環境を美しくすることにつながる」というFeelyouのコンセプトを確立していく方針だ。

原点は海外での体験 「日本から世界を席巻するITサービスを生み出したい」

1975年、大阪府枚方市出身の小林氏は大阪大学大学院修了後、野村総合研究所で経営コンサルタントとして約9年、大手IT企業の新規事業やM&A案件を担当後、ベンチャーのグリーに移り、海外事業の責任者として約2年勤めた。その後、2012年にシンガポールで初めて起業。以来、IT分野を中心に数社を立ち上げ、2015年には日本人として唯一、「Asian Entrepreneur」に選出されるなど、失敗も成功も含めてシリアルアントレプレナー(連続起業家=新しい事業を何度も立ち上げる起業家のこと)としての経験値を積んできた。通学不要・100%オンラインで経営の学士を取得できる日本初のビジネス・ブレークスルー大学の准教授も務める。

起業家を志す原点となった出来事は2つある。最初は17歳のとき、初めて両親といったヨーロッパの街中で、トヨタやホンダの車が走り、パナソニックや東芝、日立、ソニーといった日本企業の看板が至るところにあるのを目にし、「日本の会社ってすごい。自分もこんな、異国の地にブランドが飾られているようなサービスをつくりたいなあと純粋に思った」こと。次は2009年、インドの無電化の村にソーラーランタンを届けるNPOのプロジェクトに参加した時、デリーから車で7時間も北に行ったところにあるその村で、たまたま出会った1人のおじいさんに片言の英語で、「ヘイ、ユー、ジャパニーズ?ジャパン、グレート!」と話し掛けられたことだという。

もっとも、小林氏が初めてヨーロッパに行った頃からすると「日本経済はもはや“失われた30年”でしょう?」と当時と現状の落差に複雑な思いを抱く。インドのおじいさんの言葉にも、「そんな、インドの村のおじいさんにまで日本はグレートだという印象を残した、われわれの先輩方がすごいなあとあらためて感じると同時に、翻ってわれわれの世代は情けないなあと」。シンガポールから帰国した2016年の夏、胸の内には「いよいよ、日本から世界を席巻するIT分野のサービスを生み出したい」という強い思いがあった。インドのおじいさんの一言は小林氏に強烈なインパクトを与えたようで、「その時は言えなかったけれど、今度会って同じことを言われたら、サンキュー、ベリーマッチと胸を張って言いたいんですよね」とも。17歳の時から変わらないその純粋さが今のビジネスに続いているようだ。

ミレニアル世代向け少額保険提供開始

bajjiの創業に際しては、ちばぎんキャピタルやエンジェル投資家から約1億円の資金を調達。人と人とのリアルな出会いを促進するbajjiのサービスをコロナ禍で180度転換した“感情日記アプリ”Feelyouは、同氏を中心とする創業メンバー4人を含む10人の社員がほぼ100%オンラインで設計、開発を行い、わずか3カ月でリリースにこぎつけた。

7月には第一生命との連携により、アプリ内で「Feelyouきもち保険」の提供を開始。同社がミレニアル世代向けに立ち上げた、スマホなどのデジタルデバイスで手続きが完結する新ブランドの第一弾で、月額の保険料が800円〜2000円と少額な保険商品だ。

「やはりコロナ禍にあっては経済的なサポートもあっていいかなと。この世代の方々はあまり保険に入られていないようなので、もしもコロナに感染されたらこんな保険があり、仕事を休んでも所得が保障されますよということをお勧めし、コロナ禍の大変な時でも自分らしく過ごしたい方々に、少しでも安心を届けたいと思っています」

契約数は開示できないものの、利用者の反応は良いという。コロナ禍でこうした保険は生保の多くが扱い、人気商品となっているが、世界中の人々と不安な感情を共有し合うSNSアプリとの連携ならではの需要があるのかもしれない。

「目指すのはナイキのビジネスです。ナイキはスニーカーを売り、アプリで走った距離やルートだとかを記録する。そして走ることによって、また新しいスニーカーを買いたくなり、ナイキに戻ってくる。われわれは技術会社なので、アプリに投稿されたメンタルに関することをAIで分析し、その人に合ったエッセンシャルオイルなどをお勧めすることもできます。アプリと香りを中心とするプロダクトで感情に寄り添い、ストレスを緩和することで、デジタル世界に生きる人々が自分らしく生きていくためのウェルビーイングを高めていきたい」

それでもリアルな出会いはなくならない

日本から世界を席巻するサービスの展開に向けて、アップデートし続けるアントレプレナー、小林氏はコロナ後の世界をどう見ているのか。

同氏は『人類2.0アフターコロナの生き方』(プレジデント社)という著書も出版しており、「人類はコロナを機に新世界=ニューワールドへシフトし、もう元の世界に戻ることはない」というのが基本的な考え方だ。

それでも小林氏は「リアルがなくなるとは決して思っていない」と強調する。「オンラインで済むものはそれで済ませるでしょうが、友達とご飯に行きたいとか、旅行に行きたいという気持ちはなくならない。今は制限がされていますが、毎年のワクチンは打った上で、祭りは祭りで開催されるでしょう」。そして、そんな世界だからこそ、「人間としてその人と本当に会いたいんだ」という実感が強まり、リアルな出会い、再会の重要性はこれまでよりも重みを増す。

企業名であるbajjiのサービスは活動を制限された今はほとんど休止状態だが、システム自体は継続している。「リアルで会うことが取捨選択されていく中で、貴重な出会いを刻むbajjiは、アフターコロナの世界において再び強烈に求められるようになる。そう確信している」という。

小林氏のような発想を持つアントレプレナーによる日本発スタートアップが、コロナ後の新世界においてどう貢献していくか。次なる展開が楽しみだ。

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廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年10月からSustainable Brands Japan 編集局デスク 兼 記者に。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。