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棚田と人をつなぎ、風景を未来に残す――葉山から全国の棚田へ広がる「棚田アイス」の取り組みとは?

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美しい海のイメージで知られる神奈川県葉山町。一方で、丘陵地帯である同町上山口には、江戸時代に開かれ、現在まで守られてきた美しい棚田の風景がある。地域の高齢化により棚田の耕作放棄が深刻になる中、葉山の棚田を守るため、「棚田と人をつなぐ」をテーマに活動する夫婦がいる。山口冴希さん(35)と夫の2人は6年前に東京から移住し、現在は棚田で取れる米を原料に、卵・乳製品を使わない「棚田アイス」を製造・販売。1個350円の売り上げのうち、10円が棚田保全活動に寄付される仕組みだ。他地域の棚田との協働も広がり、2020年12月には第8回環境省グッドライフアワード「実行委員会特別賞/森里川海賞」を受賞するなど、その意欲的な活動に注目が集まっている。(横田伸治)

山口さん夫婦は横浜市出身。結婚後の2012年には上京していたが、夫の病気をきっかけに、新天地を求め、2016年に縁もゆかりもなかった葉山へ移住した。2人は当時のことを「仕事ができなくなり、先のことは何も考えられない絶望の中にいた。そんな中、旅行で訪れた葉山で見た、棚田と富士山の景色が目に焼き付いた」と振り返る。3人の男の子がいる5人家族、そして目の前の仕事も無い状態での移住だったが、「ただ、ご飯がおいしいところなら、どこでも生きていけると思っていたから決断した」と明るく笑う。

農業経験が無い2人が棚田と関わるようになったのは、移住後ほどなく、冴希さんが「ママ友」から、農業ボランティアに誘われたことがきっかけだった。活動場所が棚田とは知らずに参加し、「移住を決めたあの場所だ」と運命めいたものを感じたという。棚田での稲作を手伝う中で、稲わらと土を利用して田の土手を手作業で造成する「くろつけ」など、自然に存在するものだけで水田を作り上げる面白さにのめり込み、また、地域住民が力を合わせて米を育てる「人のつながり」にも魅力を感じていった。

「問題は、棚田での稲作がお金にならないこと」

ボランティアを続けるうち、水田が60枚と小規模で、収穫量の少なさから市場流通ができない葉山の棚田では、経済事情から維持が困難になっている現状も知った。冴希さんは「外から移住してきた私たちは、きれいな棚田を残したい。でも地元の人は、棚田があるからこそ苦労している。そのギャップを感じた」。NPO法人棚田ネットワークによると、棚田は平たん地の水田に比べ「労力は2倍、収量は半分」とされ、減反政策以降に棚田の耕作放棄は深刻化が進み、1980年代~2010年頃までに、全国の棚田面積は約30%減少したとみられるという。冴希さんらは、岡山県美作市の上山棚田が有志らによるビジネスを通して地域再生に取り組んでいることを書籍で知り、「問題は、棚田での稲作がお金にならないこと。なんとかして、棚田から『わくわく』や『喜び』を届けて、収入にも結び付けられないか」と考えるようになった。

そこで始めたのが、冴希さんが得意な料理の腕を生かし、地域の食材をみそ汁などの朝食として提供する飲食店だった。もともとは棚田で農作業も体験できる宿泊施設の経営を計画していたが、「まずはできることから始めようと思った」といい、飲食店から手を付けた。店は徐々に話題になり、葉山の飲食店とのネットワークもできた。他店の協力も得ながら葉山町内で出張営業を行ううち、「葉山の海に遊びに来る人に、葉山の山のことも知ってもらい、棚田に興味を持ってもらえないか?」と考えた。実際に海辺の飲食店を間借りして営業する機会に、「夏場の海でみそ汁は合わない。夏っぽいものを作りたい」とたどり着いたのが、アイスだった。

棚田で取れた米を使って甘酒を作り、凍らせてアイスを作るアイデア。最初は冴希さんが自宅の冷凍庫で試作を重ねた。味に手ごたえをつかむと、以前からあこがれていたという、化学調味料や農薬、乳製品などを使用しないレストラン「Syoku-Yabo農園」(横須賀市)にも試作品を持ってコラボを持ちかけた。素朴な味わいと、添加物を使用しない製法を絶賛されたことで、さらに自信を付けた。現在販売している棚田アイスは、棚田の米で作った甘酒を使った「甘酒&ココナッツミルク味」と、葉山の名産であるショウガ、アーモンドミルクを合わせて作った「アーモンドミルクチャイ味」の2種類と、どちらも乳製品不使用でアレルギーフリーだが、それもSyoku-Yabo農園の影響だという。同園の眞中やすプロデューサーは、当時を「試食したアイスはとてもおいしかった。棚田の風景を守りたいという気持ちにも共鳴するし、何より、冴希ちゃんたちの行動力、スピード感に感銘を受けた」と振り返り、以来現在まで、棚田アイスを自身の店でも販売している。

棚田の「魅力発信」と「経済効果」 取り組みは全国へ

冴希さんたちにとって、もう一つの決め手は、限られた米の量で、たくさんのアイスを製造できることだった。棚田で取れる米のうち、冴希さん夫婦に割り当てられるのは年間で約30kg。当初はせんべいやパフなどの加工品も考えたが「たくさんの商品を作らないと、多くの人に楽しんでもらえないし、棚田に経済効果を生むこともできない」。試行錯誤の結果、米10kgでアイス1000個を作れる見通しが立ち、「これなら(米30kgで)3000人に届けることができる」と成功の確信をつかんだ。茅ヶ崎市のアイスクリームショップと交渉し、工房を借りて製造を行うOEM(相手先ブランド製造)で、「葉山アイス」として本格的な製造に乗り出した。移住してからまだ2年の、2018年4月のことだった。

小規模だが美しい葉山町上山口地区の棚田。「上山口の棚田」として「にほんの里100選」に選出されている

当初から、棚田を守りたいとの想いで売上金1個当たり350円のうち10円を、棚田保全を担う「葉山棚田耕作隊」に寄付する仕組みを取り入れた。アイスの特性を生かし、葉山の海沿いエリアでの販売拡大を模索。「まずは海と山をつなぎ、その先に、棚田と人をつないでいきたい」。想いは着実に実り、地域の道の駅など卸先も順調に増えた。葉山棚田耕作隊のメンバーにも活動を評価され、それまで割り当てられていた30kgだけではなく、棚田で取れる米のうち年間約100kgを任されるようにもなった。

棚田の魅力発信と、経済的価値の創出を組み合わせた2人のアイデアは、全国からも注目された。2018年、NPO法人棚田ネットワークからの声掛けで、「全国棚田サミット」に参加。そこで出会った長野県千曲市の姨捨棚田の関係者から、「うちでも棚田アイスを始めたい」と打診された。これまでは葉山の棚田のために邁進してきた冴希さんたちだったが、このイベントをきっかけに、取り組みを地域外に発信することで棚田を守る気持ちを全国に広めたいと思うように。具体的には、他の棚田で取れた米を使い、葉山アイス以外にも種類を増やし、「棚田アイス」としての製造・ブランディングすることを目指した。

だがそのためには、OEM方式では製造が間に合わない。そこで2人はクラウドファンディングを行い、2019年、自分たちの工房を立ち上げた。生産量を確保できたことで、現在までに高知県の嶺北エリアの棚田や、徳島県上勝町の棚田、そして岡山県美作市の上山棚田など、現在では計6地域と協働し、各地の棚田アイスを販売している。

給食にも提供 「つながり」に手応え

もちろん神奈川県内でも、2人の取り組みは広がりを見せる。2020年には、鎌倉市立鎌倉小学校の教員が冴希さんたちの棚田を見学。その縁で、同校での授業にゲスト講師として招待され、稲作や棚田の魅力、そして棚田アイスの取り組みを伝えるとともに、「棚田からさらに『わくわく』を生むには?」という問いを生徒と共に考えるワークショップを開催した。すると小学生たちは「実際に食べてみたい」と熱望、給食のメニューとしてアイスを提供することに。冴希さんは「私たちは何かを教えるというより、子どもと一緒に棚田の面白さを考えたい。自分たちの次の世代にも想いを伝え、子どもたちが棚田に愛着を持ってくれるきっかけになれれば」と手ごたえを感じている。2人は、葉山町内の小学校との協働も計画中だ。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響もある。全国の棚田との関係づくりや、小学生の稲作体験の受け入れなどは思うように進まない。何より、アイスを卸している飲食店が休業に追い込まれ、直接のダメージも受ける。それでも2人は、オンラインを活用して他の棚田と意見交換を進めるなど、歩みは止めていない。「棚田の魅力は、世代を超えて地域が一つになれること。つながりを感じにくい社会だからこそ、価値を伝えたい」。

ひたむきに取り組んできた棚田アイスは2020年12月、環境省が主催する環境と社会によい活動を応援するプロジェクト、第8回環境省グッドライフアワードで「実行委員会特別賞/森里川海賞」を受賞。冴希さんは「正直、取り組みがここまで大きくなるとは思っていなかった。でも、他地域、子どもとつながることができたことは嬉しい」と、「棚田と人をつなぐ」ために、これからも棚田アイスをつくり続ける。

「棚田アイス」の詳細はBEAT ICEホームページ
(オンラインショップあり)

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横田伸治(よこた・しんじ)

東京都練馬区出身。東京大学文学部卒業後、毎日新聞記者として愛知県・岐阜県の警察・行政・教育・スポーツなどを担当、執筆。退職後はフリーライターとして活動する一方、NPO法人カタリバで勤務中。