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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

世界遺産・白川郷はなぜ「世界の持続可能な観光地100」に選ばれたのか

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Presented by フィリップ モリス ジャパン

冬の白川郷

飛騨地域の急峻な山々と深い森に、しっとりと合掌造りの家屋が立ち並ぶ。言わずと知れた岐阜県北部の観光地「白川郷」だ。国内でも特異な、大きな茅葺屋根での生活・文化を受け継ぐ集落は1995年、ユネスコの世界遺産に登録されたのみならず、2020年には「世界の持続可能な観光地100選」にも選ばれた。コロナ禍で客足が遠のく現状にも、白川村観光振興課の尾崎 達也課長補佐は「伝統的な生活様式を継承し、同時に観光地でもある村落の課題は、誘客だけに注力しては解決しない」と一貫した姿勢を見せる。人の営みと美しい景観を守る持続可能な観光地の取り組みの根源を探った。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

経済基盤を再構築し持続可能な観光地へ

岐阜県が石川・富山両県と接する県境の山間部、かつて「陸の孤島」と言われた白川村域はその面積の95.7%が山林で、それも急勾配の斜面にあり、過半数が国有地のため産業として発展させることが困難だった地域だ。永らく建設業などの二次産業を主な産業としてきたが、今後は「国内的な公共事業の抑制により、その展望は非常に厳しい(白川村役場HPより)」と見られている。

1970年代、高度成長期の国内では便利さを追求し、古い木造家屋がコンクリートやトタンで作り変えられていく風潮が広がる中、白川村は合掌造りの伝統的な家屋を保存する活動を始めた。1995年に村落・集落としては世界で3番目にユネスコ世界遺産に登録されて以降は海外からも注目を集め、人口約1600人の村に年間約215万人が訪れる有名観光地としてブランドを確立した。こうして村の経済を支える柱は観光などの三次産業となった。

観光地として名を馳せる一方で課題となったのは、限定的なエリアに観光客が押し寄せることで景観の破壊などが起こる「オーバーツーリズム」、観光に来るものの地域の経済に寄与しない「ゼロドルツーリズム」だ。地域で観光業を生業とする住民が増加し「パイの奪い合い」が起こり、より多くの観光客を誘致する必要性が生まれるという経済偏重の循環はマスツーリズムの宿命とも言えるが、白川郷は地域で課題に向き合い、コロナ禍の中の2020年、オランダのNGOグリーンディスティネーションによって「世界の持続可能な観光地100選」に選出された。

「持続可能な観光地の取り組みとは、マスツーリズム主体の経済の基盤を再構築すること。誘客ではなく地域をつくること、ブランドの再定義をすることです」

そう話すのは観光振興課の尾崎 達也課長補佐だ。

そもそも「世界遺産」という価値の源泉は文化の継承や、そこに今も暮らす人の営みにある。観光客が増えたり、いわゆる「ハコモノ」を建設することのみでは課題は解決できない。文化や伝統、暮らしの継承を大前提として観光と両立することこそが「持続可能な観光地」に欠かせない要素だ。

「完全予約制」実現と「防火対策」で高い評価

放水銃による一斉放水訓練の様子

NGOグリーンディスティネーションに評価された白川村の具体的な取り組みは2つある。ひとつは「予約制」の観光システムだ。白川村では以前から、毎年大勢の観光客が押し寄せる冬のライトアップイベント時に貸し切りバスを利用して一部予約制を導入していた。2019年1月からはマイカーで訪れる個人客も含め、完全予約制に。オーバーツーリズムに対して直接的な効果があり、課題も残るものの観光客からは「世界遺産の保全に必要なシステム」と理解ある声も多く聞かれた。

そしてもうひとつは、火災への対応だという。合掌造りの集落は木材と茅で建造されており、火災に対して非常に弱い。放水銃を使った防火訓練は村民総出で行い、定期的な防火水源の点検は持ち回りで行い、「火の用心」の村回りは1日4回実施するというように、村民の相互扶助によって対策をしている。実際に2019年(余談だがこの年はノートルダム大聖堂や首里城など、世界的に貴重な文化遺産が焼失している)、合掌造りの集落で火災が起こった際には、消防団だけでなく高齢者や子どもまでもが自発的に放水銃を掲げて類焼を防ぎ、一棟の焼失のみに被害を食い止めた。

さらに、評価の一因となったのは2020年に村内に新設した加熱式たばこ専用ブースだ。燃えやすい文化財にたばこの火は大敵。そこで白川村では、フィリップ モリス ジャパン社と包括連携協定を結び、合掌造りの集落内に火を使わない加熱式たばこ専用ブースを整備し、集落外の村内には紙巻きたばこも吸えるブースを設置した。

新たに設置された加熱式たばこ専用ブース

加熱式たばこ専用ブースの外観などは「PMJに白川郷に寄り添っていただいた」と尾崎氏がいうように、木材を活用し壁面を格子にする、入り口に暖簾を掲げるなど、「伝統的建造物群保存地区」の景観に配慮するよう形状の議論を重ね、オリジナルのマップや「白川郷マナーガイド」を設置し、観光客に情報を共有する拠点ともなった。紙巻たばこ喫煙者や加熱式たばこユーザーのニーズに応えながら、集落内のブースは煙が出ない加熱式たばこ専用とすることで過ごしやすい環境を実現し、同時に世界遺産での火災のリスクを大きく低減し安全性を高めた「一石三鳥」の取り組みだ。

入り口は風情のある暖簾
壁面には「世界遺産を守り受け継いでいくために」と題されたポスターも

尾崎氏は「そうしたブースの使用体制にしたことで、安全面、環境面で大きな変化を実感しています」と話す。例え村内を全面禁煙にしても隠れて吸う紙巻きたばこ喫煙者は残念ながらゼロにはならない。以前には、茅葺き屋根の軒下での紙巻きたばこの喫煙などが実際に目撃されており、単に灰皿のみを設置した体制や完全禁煙ではかえって火災のリスクを高めてしまうと感じていた。

実は白川郷だけでなく、加熱式たばこ専用ブースを整備する観光地は徐々に増えている。例えば有馬温泉は2020年12月、「煙のない温泉地」を掲げ中心街に加熱式たばこ専用ブースを新設した。もちろん無料で利用できる有馬温泉の加熱式たばこ専用ブースには、足湯が設けられている。有馬温泉観光協会会長の金井 啓修氏は加熱式たばこ専用ブースの設置によって「従来からの課題であった紙巻たばこのポイ捨て等による火災リスクも低減することで、安全で美しい街並みを今後も守っていきたい」と話した。

根付く「結」の精神 ツーリズムや教育にも

有名な茅葺屋根の葺き替え風景

白川郷の完全予約制の観光システムや防火対策の取り組みは文化保全と観光を両立する姿勢の表れだが、その根源にある考え方が数軒の家から成る「組」を土台として人のつながりを生み出す「結(ゆい)」と呼ばれるシステムだ。先述の防火行動などもこの「結」に基づいていて、村民が協力して茅葺きの屋根を修繕するなどの相互扶助で知られている。

近年、「結」に進化が表れている。元来は集落内のつながりを指す言葉だったが、合掌造りの屋根に利用する茅刈りの作業などをツーリズムに組み込み、外部の人も「結」の一部と見るようになっているという。「村内の人手不足を解消し、交流人口を関係人口へと変えることが狙いです」と尾崎氏は言う。観光客が関係人口となり村の生活そのものが世界遺産の一部であることを深く理解することで、マスツーリズムから一歩踏み込んだ持続可能なツーリズムを見据えている。

さらに、アップデートされた「結」の精神は村内の教育現場にも見られる。白川村では、総務省が主導し5G通信を運用する実証実験を行っている。高速通信による情報提供や観光客の分散に活用することに加え、約110人が在籍する村立の小中一貫義務教育学校「白川郷学園」で、5Gを活用した白川村の課題の解決方法について子どもたちが真剣に議論をしているという。白川学園では白川村の課題や文化に焦点を当てた『地域学』など独特のカリキュラムがある。授業では教師以外に地域住民が教壇に上がることもしばしば。

授業の一環で生徒たちが屋根の葺き替えを行う
5G通信を活用した村内での授業風景

「課題に向き合って大人が悩んでいる様子も子どもに見せています。背中を見せることによって、また時代が移り変わったときに、あのとき自分の親たちの世代は何を考えて何をしたのか、『じゃあ自分たちは何ができるのか』と考えるようなインパクトを残したい」(尾崎氏)

村人と対等な「旅人」を迎える観光地を目指して

毎年5月に開催する「田植え祭り」

最新のテクノロジーを活用し次世代につなぐ教育や取り組みも、住民が村内の課題を自分ごと化し、つながりによって解決しようとする「結」の延長にあり、その背景には課題に対する危機感がある。尾崎氏は「このまま人口が減少すれば集落の文化を守れなくなってしまう。新しい人材に参画していただくためのルールづくりを始めています」と話す。そのきっかけになり得るのがツーリズムだ。

尾崎さんは「マスツーリズムだけに着目してしまうと美しい風景だけ守ればいい、という表面上の取り組みになってしまいます」と警鐘を鳴らす。「世界遺産・白川郷」の価値の要素には、合掌造りの家屋そのものだけでなく、田畑や石垣、そこに連綿と継がれてきた村の生活や「結」という助け合いの心、世代や人のつながりをつくる文化そのものが含まれている。重要視するべきは誘客の規模ではなく、個々の観光客にその文化に寄り添ってもらうことだろう。

「もはや『観光』という言葉にとても違和感を覚えます。村人と対等に地域を守る『旅人』に来ていただき、持続可能な観光を実現する使命感があります。一方でマスツーリズムが途絶えると村人の生活が立ち行かなくなるため、現実的にはマスツーリズムを置きながらも交流によって価値が増すツーリズムを形成することが、これからのわれわれの使命です」(尾崎氏)

白川郷の認知度は高く、コロナ禍の影響はあっても感染状況や政策の変遷によって、他の観光地に比べて観光客数の回復は割と早いという。2021年年明け、岐阜県を含む自治体での緊急事態宣言にあたっては「感染しない、感染させない」を徹底した観光を呼び掛けている。時期や状況を見ながら、「旅人」として白川郷を訪れ、景観だけでなく文化や安全を守る取り組みを目の当たりにしてみては。

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沖本 啓一(おきもと・けいいち)

Sustainable Brands Japan 編集局。フリーランスで活動後、持続可能性というテーマに出会い地に足を着ける。好きな食べ物は鯖の味噌煮。