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横浜発のサステナビリティ

DIYで建物を作り変え、コミュニティを創る体験型の空き家活用とは

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地域の住人と企業の会員が自ら創意工夫するDIYで空き家をリノベーションし、コミュニティ拠点として活用する――。そんなユニークな試みが今秋、始まった。太陽住建(神奈川・横浜)が手掛ける体験型空き家活用事業「solar crew(ソーラー・クルー)」だ。活動の第一弾となる物件は、静岡県との県境にほど近い神奈川県・真鶴町にある。約40年間放置されていたという空き家は、どうやって地域に馴染み、愛着を持たれる空間になっていくのか。その現場ではさまざまな人のつながりが生まれていた。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=沖本啓―)

真鶴町。漁港から続く急勾配の道に商店街がある

小田原と熱海の中間に位置する神奈川県足柄下郡の真鶴町。1993年、全国に先駆けて「まちづくり」を条例化した「真鶴町まちづくり条例」には、「美の原則」「美の基準」という異例の条項が盛り込まれている。美しさや建築の基準・考え方、開発のルールを住民目線で決めた条例によって真鶴町は無秩序な大規模開発を免れ、だから港から勾配のある斜面の町並みには今でも小さな空き地や路地が多く、懐かしさを感じる。

11月1日現在の人口は3445世帯、7110人。日本三大船祭りのひとつ「貴船祭」に代表されるように町民のコミュニティは活発だが、全国の多くの市町村や地方都市と同様、真鶴町も1970年代から継続的な人口減が続く。近年では空き家問題も深刻になってきた。

DIYでメリットを増やす「solar crew」プログラム

10月の末の週末、約40年間放置されていたという真鶴町の一軒の空き家が、生まれ変わろうとしていた。床板や壁は真新しい木材で張り替えられ、世帯を分けていた内部の壁が取り払われて空間が確保された。釘を打つ音が響き、午前中には4組の親子がペンキを塗ったり、設置されたウェルカムボードにチョークで絵を描いた。午後には親子と入れ替わりで、青年や大人たちが作業に当たった。

リノベーションは住宅建築などを手掛ける太陽住建(神奈川・横浜)のプログラム「solar crew」の一環。各地の空き家を、企業の会員と地域の住民が参加するDIYによってコミュニティ拠点へと生まれ変わらせるというユニークな取り組みで、この日は実地開催の初日だ。

地域の家族連れが大工仕事を楽しんだ

もちろん基礎や電気配線など、専門的な知識や技術が必要な作業は太陽住建のスタッフが担当するが、仕上げの塗装や装飾はプログラム参加者が担当する。地域の住民が「スクラップ&ビルド」のスクラップ段階から拠点づくりに関わることで、単に「空き家をリノベーションした建築物」を提供するのではなく、「自分たちがつくった愛着のあるリノベーション物件」を創造し、長く活用してもらうことが狙いのひとつだ。

そして地域の外から参加する企業会員は、趣味としてDIYを行うだけでなく、訪れたことのない地域を知るきっかけをつくることができる。例えば横浜市内で複数の美容院を経営するTRIPLE ef (トリプルエフ)の中島代表は、自身の店をDIYで作った経験を持つ。「solar crewには楽しんで参加している。コミュニケーションの場でもあるし、DIYの技術を教えてもらえる」と入口の扉にペンキを塗りながら話す。真鶴町にはこれまで縁がなかったが「取り組みを通じて興味を持ち、町の歴史を調べてみた」という。

「地域と共生できる」空き家の活用

メリットがあるのは、DIY参加者だけではない。物件の近隣は高齢者も住む住宅街。騒音や治安の問題などもあり「どう使ってもいい」というわけにもいかない。「solar crewであれば地域と物件の共生ができると思い、お願いしてでも使ってほしいと考えた」と物件のオーナーは話す。台風などのリスクもあり「この物件をどうしようかと頭を抱えていた」と打ち明けた。草が生い茂り荒れ放題になっていた玄関先がきれいに刈り込まれ、「隣家の高齢者も配慮に感謝していた」という。

自治体も関わっている。真鶴町まちづくり課 計画管理係長の卜部直也氏は「DIYというテーマで関係人口がつくられていくことはすごく個性的で面白い。これをきっかけに来た人に真鶴の魅力が伝わるように、今度は地元が頑張りたい」と語った。卜部氏自身も、「真鶴町の魅力に惚れて」約20年前に移住した。

左から物件オーナー、太陽住建の河原代表、真鶴町まちづくり課の卜部直也 計画管理係長

「工事」を通して生まれる関わり

リノベーション後は、さまざまな活用法で地域のコミュニティ拠点となるが、災害時の避難シェルターとしても機能するように設計されている。太陽住建は太陽光発電システム設置などエネルギー事業も得意分野。この拠点にもオフグリッド・システムの太陽光パネルを設置し、室内の蓄電池に随時充電。非常時の電源として活用可能なほか、平時も日中の電力として利用できる。奥の一部屋は耐震シェルターとして補強を施されている。例え建物自体が倒壊した場合でも、この部屋は守られる構造だ。

太陽住建の河原勇輝代表
ソーラーパネルの解説をする太陽住建 技術部の原英明部長

同社はこれまでも、横浜市内で空き家のプロジェクトを展開していた。「solar crew」をそのノウハウを生かし活動を発展させたものだ。同社の河原勇輝代表は「僕たちは工事屋で、これまではできあがったものを使ってもらうと考えていた。しかし実は、つくりこんでいくというストーリーから関わりたい人が多かった」と話す。地域コミュニケーションに着目したのも、「工事をするとき、僕たちは必ず近隣の住人を訪ねる。工事が始まります、今度現場に来てみてください、完了しましたと3回。そうすると地域の方とコミュニケーションが生まれる」(河原勇輝氏)という事業の現場の経験からだ。

「工事を通して地域の中で人が関わり、外から来た人が関わる。SDGsで言えば、11番(住み続けられるまちづくりを)のために、12番(つくる責任 つかう責任)から関わってもらう。真鶴から始まり、これから神奈川県内の各地域の空き家、箱根などにも展開していきたい」(河原勇輝氏)

拠点を活用して町の関係人口を増加へ

右側のスペースには囲炉裏。左の一室がシェルター構造。木造がむき出しだが太陽住建スタッフが最終仕上げをする。「押し入れを何に使うか」など楽しみな空白もまだ多い

地域の住人や物件オーナー、会員、自治体のほかにも、参加する人の幅を広げていることがある。実は太陽住建のスタッフには、このプロジェクトに特化し複業として参加しているメンバーがいる。中心となっているプロジェクトマネージャーの臼井成美さんもその一人だ。本業ではキャリア支援や人材育成事業に携わる。

solar crewにはコンセプト設定の段階から関わっている。課題は「どう地域に溶け込むか」。単に「建物をつくる」だけでは人は集まらない。DIYはそのための仕掛けで「建物が地域に馴染んでいく過程のひとつ」と臼井さんは説明する。

「子どもたちが『私が塗った壁だよ』と楽しんでくれる。その両親にも『こういうふうに使ってみたい』と思ってもらえる。皆さんにとって必要な場所になるということがすごく大事」(臼井さん)という。子どもたちが大人になったときに、その建物には故郷の愛着を持つのかもしれない。

将来的には「真鶴町の魅力を発信しながら地域の特徴と組み合わせていきたい」と臼井さんは展望を話す。特産品を発信し、ステイができる場所もつくりたいという。「真鶴町は来る人を受け入れることができる。外から来た人に地域の中で小さな役割を担ってもらえるようになれば、関係人口も増えていく」(臼井さん)

河原勇輝代表は「solar crewは真鶴町から始めたいと思っていた」と話す。2年前に同町の「美の基準」を知り、町に大きな魅力を感じていたという。「美の基準」は8つのデザインコードと、それらに付随する69のキーワードから成立し、「美の基準デザインコードブック」に詳細がまとめられている。そのうち2つは、次のようなものだ。

格づけ 建築は私たちの場所の記憶を再現し、私たちの町を表現するものである。

コミュニティ 建築は人々のコミュニティを守り育てるためにある。人々は建築に参加するべきであり、コミュニティを守り育てる権利と義務を有する。

真鶴町まちづくり条例 第10条「美の基準」より抜粋

協力/取材ナビゲーター:山岡仁美 SB2021Yokohama プロデューサー

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沖本 啓一(おきもと・けいいち)

Sustainable Brands Japan 編集局。フリーランスで活動後、持続可能性というテーマに出会い地に足を着ける。好きな食べ物は鯖の味噌煮。