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「村全体をひとつのホテルに」――山梨県で地域資源を再構成し過疎化ストップ

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新たにオープンした「崖の家」は目の前に広がるマウントビューを独り占めできる

人口700人の小さな山村、山梨県小菅村で地域再生のユニークな試みが始まっている。地域に分散した古民家を再生し、それらをまとめて一つのホテルとして営業する「NIPPONIA小管源流の村」は、宿泊施設をキーとして村に点在する地域資源を新たな視点で観光客に訴求する。村に点在する約100軒の空き家の中から順次宿泊施設にリノベーションして行く予定だが、今回第2弾となる「崖の家」2棟がオープンした。コロナ禍の影響で多くの宿泊施設が苦戦を強いられる中、夏の予約もほぼ埋まり観光客数も伸びているという。自然、食、人、歴史など小さな村がもつ資源を村全体でアピールする「分散型ホテル」をレポートする。(環境ライター 箕輪弥生)

村人がコンシェルジュになる「分散型ホテル」

「小管村は東京の水源となる多摩源流の自然環境を守ってきた」と話す嶋田代表

地域再生の成功事例には必ずと言っていいほどその地域の魅力を知りつくすキーマンがいる。「NIPPONIA小管源流の村」では、それは同施設を運営するEDGE(山梨・小菅村)及び地方創生コンサルティング会社「さとゆめ」(東京・千代田区)の嶋田俊平 代表だ。

7年前から小菅村に通い、「道の駅こすげ」の立ち上げやさまざまなイベントや商品企画に携わってきた嶋田代表は、観光客数は直近5年間(2014年~2018年)で2.2倍に増えたものの、村の宿泊施設は廃業するケースも多く、泊まる場所が少ないことに気がついたという。

東京から2時間ほどの近距離にあるにも関わらず、多摩川の源流をかかえ、深山の趣のある小菅村は自然と共に共生する暮らしの原風景がまだ数多く残る。嶋田代表は日帰りだけでなく、じっくり滞在して村の魅力を味わってほしいと考えた。

そこで参考にしたのが、兵庫県篠山市で国家戦略特区制度を適用して始まった「分散型ホテル」だ。2018年6月の改正旅館業法の施行後は戦略特区でなくても地域に分散した施設をまとめて一つのホテルとして営業許可を得られるようになった。

「村全体がひとつのホテルということは、村人はコンシェルジュ、村内の道路は廊下、温泉施設は浴場になるのです」。嶋田さんが村の会議で計画を最初に発表した時はどんな反応があるか心配したというが、意外にも村人たちの感想は好意的だった。

「村全体がひとつのホテル」のコンセプトに共感した村人がホテルの近くの林や道端の植栽を自主的に手入れしたり、宿泊者を村人が、村人しか知らない道を案内して散策をしたり、村のきのこやわらびを収穫するというプログラムも好評だ。「村人との会話や挨拶、交流が楽しかった」という宿泊者の感想も多いという。

宿泊者が宿にこもることなく、地域の中を回遊することで面として波及効果が生まれることは「分散型ホテル」の大きな利点だ。

イタリアでは過疎化に悩む町の救済策として注目

昨年最初にオープンした「大家」(細川邸)は築150年を超える合掌造りの古民家を再生した

そもそも村や街全体がホテルになる仕組みはイタリアなど欧州にもある。「アルベルゴ・ディフーゾ」と呼ばれるもので、1980年代地震で崩壊した北イタリアの小さな村を復興するためのプロジェクトの一環として始まった。現在では過疎化に悩む町や村の救済策として注目を集めている。

これも小菅村での取り組みと同様、町全体でホテルの機能を構成する分散型ホテルシステムで、その土地に根付く歴史、文化、人の営みを、観光資源化する点がポイントだ。

日本で分散型ホテルをいち早く導入して国内22カ所で企画・運営し、小管村のプロジェクトを嶋田氏らと共に出資し運営しているNOTE(兵庫・篠山市)の藤原岳史代表によると、「NIPPONIAはアルベルゴ・ディフーゾを模倣したものではなく、日本が守ってきたものを再発見するというコンセプトで進めていったら同じような形態になった」という。

藤原代表によると、コロナ禍の中でもNIPPONIAプロジェクトによる宿泊施設はマイクロツーリズムの流れもあり稼働率も安定し、地域と交流する関係人口も増えているという。

「崖の家」は1棟貸しなので、別荘感覚で滞在ができる

小管村では2019年8月に誕生した第1期となる築150年を超える古民家をリノベーションしたホテル大家(細川邸)に続き、今回第2期プロジェクトとして「崖の家」2棟をオープンした。

小管村は平たん地が少ないため、日当たりのいい場所は畑や田んぼにし、住居は崖に張り出すように建てるのが通例だった。そのため、崖の家からは圧倒的なマウントビューが楽しめる。さらに部屋でチェックイン、チェックアウトでき、部屋で食事をとることができるため密な環境を回避しやすい。

ローカルガストロノミーを体験化

村で採れた新鮮な食材を鈴木シェフが考案したレシピを見ながら調理するのもローカルガストロノミーのひとつ

「NIPPONIA小管源流の村」の魅力は、ローカルな食の発見にもある。自給自足を基本とし味噌や醤油なども手作りしてきたという歴史があるため、保存食も豊富で、何より多摩川の源流に育つ豊かな川魚や山の幸がある。

宿泊者にも自ら食文化を体験してもらいたいと、崖の家では村で採れた旬の食材と同施設の鈴木啓泰シェフによるレシピを見ながら宿泊者が自炊することもできる。

村の小学生にも村の食材の味を提案する鈴木啓泰シェフ

今回の内覧会では、第1期に建てられた大家において、同宿泊施設のファンでもあるというデンマークのレストラン「noma」の元シェフであるトーマス・フレベル氏なども加わり小菅村の食材を新しい発想で調理された料理が並んだ。

日本で初めて養殖に成功したという山女魚、イワナをはじめ、山ワサビ、平茸、鹿肉、雑穀など村で採れた食材を使った料理の数々は、小菅村の人々が営んできた風土や歴史、文化、農林漁業の営みを料理に表現する「ローカルガストロノミー」そのものだ。

「観光業は今まさに崖っぷち。この時期の開業は不安だったが、新しい観光やホテルの在り方が求められる今だからこそやるべきと決断した」と嶋田代表が明かすように、同ホテルの仕組みは地域を持続可能にするヒントにあふれている。

9割以上が山林で高齢者率は45%、ピーク時の3分の1に人口が減少した小菅村の新たな試みが成功すれば、過疎化に悩む国内の多くの市町村にも重要な示唆になるはずだ。

トーマス氏やタイ出身の料理研究家が加わりバラエティ豊かな山の幸が並んだ
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箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。

http://gogreen.hippy.jp/