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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

「共感資本社会」で新しい経済圏をつくる――新井和宏・eumo社長

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「正直者がバカを見る社会にしちゃいけない」――。鎌倉投信を2008年に共同創業し、昨年、教育事業や地域通貨を手がけるeumo(ユーモ)を立ち上げた新井和宏社長はそう話す。eumoが目指すのは「共感資本社会」。多くの人が囚われ、ふりまわされてしまう「お金」。eumoは「お金」ではなく「共感」が資本になる社会をつくろうとしている。「共感」が基盤になる経済圏を生むことで、価格競争により犠牲になりがちな一次産業など「生産者」の立場を強くしたい考えだ。すでに今年9月から、共感コミュニティ通貨eumoを使った実証実験に着手し、既存の「お金」から人間を解放しようという壮大な取り組みに踏み出している。「金融で人を幸せにする」。その信念を貫く新井社長が描くこれからの10年について話を聞いた。(サステナブル・ブランド ジャパン=小松遥香)

鎌倉投信創業から10年目の決意

2018年は鎌倉投信を立ち上げて10年目という節目の年だった。数字に置き換えられない価値を重視し、これからの社会に必要とされ、経済性と社会性を両立する会社に投資するーー。そうして積み上げてきた10年間で、個人投資家数は約1万9000人、純資産総額は約360億円(2018年5月時点)に上るまでになり、「R&Iファンド大賞」のNISA/国内株式部門で最優秀ファンド賞も受賞した。

昨年は、新井社長にとってもさまざまなことを見直す年になった。

「創業時の思いが10年経ってどう実現できているのかを考えた。志があって 10年間やったけれど、半分ぐらいできていないことがあると感じました」

同時に、新しい道を考えざるを得ない事情が立て続けに発生した。鎌倉投信は上場していないソーシャルベンチャーに社債を発行してもらうことで投資を行ってきた。しかしそのために必要な事務を財務代理人として引き受けてくれていた信託銀行が、同部門をメガバンクに譲渡することになり、これまでと同じように投資することができなくなってしまったのだ。

さらに、そのソーシャルベンチャーのうちの一社、タオルメーカー「イケウチオーガニック」の株式を昨年9月末までに買い取るようベンチャーキャピタルから求められた。上場しない方がいいと考えていた新井社長は、鎌倉投信では買い取れないその株式を自ら買い取るため、期日が迫る9月13日にeumo(ユーモ)を創設した。

eumoは「持続的幸福」を意味するギリシャ語「Eudaimonia(ユーダイモニア)」に由来する。持続的幸福とは、自己実現や生きがいを感じることで得られる幸せのこと。社名には、同社に関わる人々に、持続的幸福に気づく機会を提供して行きたいとの願いが込められている。

「課題意識はずっと同じ。みんなに幸せになってもらいたいと思っています。そのための仕組みづくりをずっと考えてきました」と新井社長は話す。

eumoが目指す「共感資本社会」は、共感という貨幣に換算できない価値を大切に育み、それを資本にして活動していける社会。これを「人財(教育事業)」「お金(投資事業)」「文化(プラットフォーム事業)」の3分野で実現しようとしている。

いま、社会づくりをする理由

金融の道を30年間歩んできた新井社長が新たに「社会づくり」をする。そう考えるに至った背景には、お金に対するいくつかの危機感と気づきがあった。ひとつは仮想通貨。

「仮想通貨が台頭してきて違和感しかなかった。いまの仮想通貨は、テクノロジーを社会のためではなく自分自身のために使い、この時代において一番儲けるための方法論になっています。でもテクノロジーは社会のために使うべきだというのが僕の考えです」

人間はテクノロジーの進化によって再発見され、その再発見された人間の社会ができあがっていく。新井社長は、テクノロジーと人間、社会の関係についてそう考えている。そして社会は、多種多様な価値観がつくりあげられる自律分散型へと向かおうとしているという。

これは、オムロン創業者の立石一真氏が1970年に発表した未来予測理論「SINIC理論」に基づく考え。パソコンなどまだなかった当時、同氏は「事業を通じて社会的課題を解決し、よりよい社会をつくるにはソーシャルニーズを世に先駆けて創造することが不可欠になる」という考えのもと理論を確立した。

(SINIC理論:OMRON統合レポート2019 同社提供)

科学と技術、社会はそれぞれが影響を与え合いながら社会を発展させ、次の時代をつくりだして行くとする同理論によると、私たちの社会は2005年から価値観が転換してモノではなく心を重視する「最適化社会」に突入した。そして、2025年には「個人と社会」「人と自然」「人と機械」が自律的に調和する「自律社会」を迎える。自律社会は「自分がありたいと思う生き方を何の束縛も受けずに自らの価値基準で決め、自ら実現させ、生きる歓びを享受できる成熟社会」。テクノロジーはその変遷の間に、知性や感性など人に関わる「精神生体技術」への発展が求められると予測されている。

もうひとつの危機感は、2年前に外資系インターネット通販大手がベーシックインカムを配ることに賛成した際に生まれた。無条件にベーシックインカムが配られることで、同社のサービスに依存して生活をし、個人情報を売って、一歩も外に出ない若者や納税しない若者が生まれるのではないかと懸念を抱いたという。

「そんな社会は嫌だと思いました。そうじゃない社会をつくらないといけないという危機意識がありました」

いい会社は「美意識」と「人間力」を育てる

鎌倉投信で見てきた、これからの社会に必要とされる「いい会社」には共通点があるという。

「いい会社かどうかは、社員さんの『美意識』と『人間力の向上』があるか、もしくは人間力が向上できる場を提供しているかでほとんど決まります。経営者はそれらをすでに持っていることが多いので、大事なのは社員さんです」

「いい会社」を増やすことで、社会は変わる。しかし「美意識」と「人間力」を備えた人材を増やし、「いい会社」を増やすための教育はどこにもない。だから自らつくろうと考えた。

「結局は、人間力を上げていかない限り、本質的な課題解決はできないだろうと考えています」

現在、eumoでは教育事業として「eumo アカデミー」を開講している。「美意識」と「人間力」を養うために、「真(考えるこころ)」「善(想うこころ)」「美(感じるこころ)」の「こころ」の成長を促すことを目指す。「成人発達(こころの成長の発達)」の段階を数値化する手法をつかい、その段階に応じた人財教育を行う。同アカデミーには5カ月間の「本講座」と単発のセミナー「寺子屋」がある。前者では、eumoとつながりのある地域に入り込んで、地元企業にプロジェクトを提案するフィールドワークも行われる。

「いままでの社会は組織中心で個人はそれに従う立場でした。しかし、これからは個人を中心にしたサポーターとしての組織が時代に必要とされるでしょう。そうした時に、個人は『わがままな個』と『そうでない個』という二手に分かれるわけです。『わがままな個』が増えないために必要なのは、自分で律する力を持つという『自律』と共同体であるという『共同体感覚』です。

自分で律する力っていうのはすごく大事です。これってコーポレートガバナンス(企業統治)の本質なんです。コーポレートガバナンスはルールを決めることじゃないです。自分で律する力を求めることですよ。社外取締役の数といった形式要件を整えることじゃなくて、実質的な要件を整えることです」

人が幸せになる手段としてお金を再定義する

「僕は、お金の奴隷をこれ以上増やしたいと思いません。人間が社会システムをつくっているのに、なんでお金にこんなに従わないといけないんだろうか。お金ってそんなに偉いんでしたっけと思います」

たしかに人は本来、幸せになるために生きているはずなのに、時にお金が生きる目的になってしまうことがある。それは企業も社会も同じだ。

「お金も資本主義も完璧ではないんです。だから、よりいいものを探していけばいい。通貨をつくれる時代なのだから、自分たちが好ましいと思うお金を新しく創造すればいい」と新井社長はいう。

「いまのお金のあり方では、お金になるものをビジネスと呼び、お金にならないものをボランティアと呼びます。お金がビジネスを定義づけていることが問題を招いています。だから、社会のためになるようなことがお金になるお金をつくればいいと思いました」

新井社長は、教育事業を通して、そうしたお金を設計するのに必要な「考える力」を世の中に伝えていきたいという。

「社会に従う人をつくるのではなく、色んな人たちが色んなコミュニティで色んな価値観を持ったお金を創造する時代にいかに持っていくかーー。従う人をつくるんじゃなくて、つくる人をつくり出さないといけません。

お金が幸せにしてくれるわけではありません。でもお金の持つ分かりやすさが優先順位を変えてしまっています。人間にとって幸せを追求することが本来自然なことなのだけれど、お金が代替してくれると、お金があれば幸せにしてくれると思ってしまう。お金ってその順番を変えてしまう悪い癖があります。だから悪い癖を排除したお金をつくってみたらどうだろうか。そうした方が人間は幸せになれるんじゃないかという仮説を検証したいと考えています」

人が幸せになる手段としてお金を再定義し、これまでのお金ではなく共感を新たな資本とする社会をつくることはできないかーー。そうして、新井社長は共感コミュニティ通貨eumo (単位:ë)をつくり、実装化に向けて9月15日から5カ月間の実証実験を開始した。

生産者を強くする、共感コミュニティ通貨eumo

いま地域通貨(コミュニティ通貨)は第2次ブームを迎えたと言われる。しかしさほど浸透していないように見えるのはなぜだろうか。地域通貨の課題について、新井社長は「共感性に重きを置くことができず、経済メリットに訴えかけていること」と指摘する。

「日本円をこの電子通貨に変えると1%のポイントを付与する、という風にしても持続しません。それでは20%オフのPayPayが出てきた瞬間に切り替わってしまう。一番資本を持っていて、一番市場を牛耳ったものが覇権をとる仕組みなわけです。

その割引のしわ寄せはどこにいくのか。それは生産者です。これでは持続可能にはならないです。

経済メリットだけを求めようとすると、生産者もお店も安ければ安い方がいいという風になります。そうした時に、真面目にやっていれば損をするんです。原価が上がるから。なんで正直者がバカを見る社会をつくるのだろうかと僕は思います。

まじめにやっている人がちゃんと食べていける仕組みをつくるというのが大人がやるべきことです。そうでもないことをいつまでやり続けるんでしょうか――。そういうことを、いまの時代は問われていると思います。子どもたちに。変わらないから、夢も希望もない社会になるんです」

そのために、経済メリットに訴求するのではなく共感だけで通貨eumoを使いたくなるお金にできるかを実証実験する。

「経済メリットがないなら、円でいいじゃないかと思うかもしれません。でも、それにどう向き合うかっていうことがいま、求められているんです。求められている社会実験を僕らはやるわけです。『共感』で人は集まるんだということを証明できるかチャレンジします。それをしない限り、社会は変わりませんから」と新井社長はそうきっぱり答えた。

実は、共感する力はAIが身に着けることが難しいとされる能力でもある。

「AI時代において、人間が人間らしくあるために、共感する力を持っていないといけません。事業を通して、それを育みたいと考えています」

人と出会わないと使えないお金

通貨eumoの特徴は「腐るお金」「出会わないと使えないお金」「色のついたお金」であること。1ëは1円だ。

腐るお金にした理由は、貯められないようにすることで、お金が目的になることを防ぐためだ。通貨は3ヶ月間で失効し、失効したものは移動距離の長さや共感の強さなどによって実証実験の参加者に還元される。

2つ目の特徴は、外に出て人と会わないと使えないこと。「人間は人と出会うことで成長するんです。だから成人発達を促すために、人に出会った方がいいですよ。いい人に出会うっていうのはすごく大切なこと」と新井社長は話す。

実証実験では、eumoを使える加盟店を、地方の農園や酒造会社、家具製造会社、鋳物会社など全国23カ所の人がなかなか行かないような「面倒くさい所」から選んだ。距離や不便さを超えて、生産者を訪ねてもらうにはどうすればいいかを探るためだ。

「僕らは鎌倉投信時代、いい会社を主観で選んできました。行ってみて感じたものをお客さんに伝えて、共感が得られるかどうかで会社を評価していました。鎌倉投信での10年間で日本全国の素敵な人に会ってきました。今度はeumoを使うお客さん自らに体験してもらい、自らの価値にして欲しいと思います」

例えば、千葉県富津市のAlon Alonオーキッドガーデンでは障がい者の人たちが胡蝶蘭を栽培し、ギフト商品に仕上げている。ここの商品を購入すると、障がい者の人たちから胡蝶蘭のつくり方を教えてもらい、胡蝶蘭を持ち帰ることができる。

「障がい者の人に教わることで、障がい者の人ってここまでできるんだとか、障がい者ってこんな感じなんだって体験する機会をつくりたい。そういう体験を通じて、そこで出会った人たちとの関係性を本当に大切にしていただくことで、人間としても成長していくと思います」

そのために、eumoのアプリはお金を決済した後も生産者とつながれる仕組みを備えている。実証実験の参加者は加盟店での体験を記事にすることができ、コメントを残したり、独自の共感スタンプを送受信して交流を続けられる。なお加盟店はeumoを円に換金できる。

「お金の切れ目は縁の切れ目といいます。でもそれは日本円だけにしておいて、お金の切れ目はご縁のはじまり。人間関係のはじまりができるのがeumoです」と新井社長は笑う。

3つ目は、お金に色をつけて、お金を選べるようにすること。共感資本社会をつくるeumoや、例えばこれから出てくるかもしれない「ありがとう」を一番大切にする通貨などを選べるようにするということだ。

「生産者が強くなっていくためには、『そのお金では私は売らない。このお金に売る』ということができるようにする必要があります。生産者がお金を選ぶ時代をつくる。どうやったらそこに行けるかというのが僕らのチャレンジです。そうした時に初めて第一次産業が一番強くなる。そうしないとつくる人がいなくなってしまいますから」

eumoは、生産者を強くするための仕組みとして「贈与経済」も取り入れている。例えば、5000 ëの有効期限日が迫っている場合、加盟店での体験・商品が定価3000 ëでも、「素晴らしいものをつくっているから」と思えば定価以上の5000 ëを払えるようにしている。2000 ëのギフトは共感の量でもある。

「定価以上で買うことを促進し、適正なインフレが起こるように贈与経済をつくっていきます。アプリやウェブ上で宣伝文などを用意するので、生産者の人たちにとっては手数料がなくても宣伝ができます。実証期間を通して、どの程度の手数料でどういう風な仕組みづくりをしたら、生産者の人たちが困らないで済むかを考えていきます」

これから先の10年

eumoは来年4月以降の実装化を目標にしている。目指すのは、アイスランドの人口と同じ約33万人の共感の経済圏。コミュニティ通貨だけでなく、来年にはプロジェクト単位で働く人を支援するプラットフォーム「ecow(エコー)」も組み込まれる予定だ。これから10年の年月をかけて創り上げていく。

新井社長は昨年、50歳を迎えた。いま、未来についてこう考える。

「金融マンとして生きてきた以上は、一次産業を持続可能な仕組みにするための答えを一つ創り上げてから死にたいなと思うんです。どのかたちでできるかは分からないです。eumoというお金も一つの提案です。でも、いまペイメントサービスでどこの誰もそれをやりそうにもありません。だったら自分がやらなきゃいけない。

鎌倉投信を10年間やり、ソーシャルベンチャーを支えてきて、まじめにやっている人が損をする社会だなと強く思いました。すっごくいいことをしてるのに、すっごく大変です。僕らが金融としてできることは、その仕組みを根底から変えていくことです。

一般社団法人でも NPOでもいいじゃないかっていう風に言われるんです。でも株式市場にずっと関わってきたから、株式会社でもここまでソーシャルにできるというのを若い人たちに示していきたいです」

新井 和宏
1968年生まれ。東京理科大学卒。
1992年住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)入社、2000年バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現・ブラックロック・ジャパン)入社。公的年金などを中心に、多岐にわたる運用業務に従事。2007~2008年、大病とリーマン・ショックをきっかけに、それまで信奉してきた金融工学、数式に則った投資、金融市場のあり方に疑問を持つようになる。2008年11月、鎌倉投信株式会社を元同僚と創業。2010年3月より運用を開始した投資信託「結い2101」の運用責任者として活躍(個人投資家約1万9千人、純資産総額約360億円(2018年5月時点))。2018年9月13日株式会社eumoを設立。

写真:高橋慎一

<編集局>
本インタビューは、2018年の未成年の自殺率が過去最多だったという政府の発表を受け、「新しい未来をつくる人」をテーマに企画しました。

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小松 遥香 (Haruka Komatsu)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。