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SKY LABOが広げるSTEAM教育――シリコンバレーの真価は「ヒューマニズム」

木島里江氏(左)とヤング吉原麻里子氏

未来を切り拓く人材はどのようなマインドを持ち、それをどう育てるのか。米スタンフォード大学で博士号を取得した女性たちが2016年、非営利教育組織「SKY LABO」を立ち上げ、シリコンバレーで注目を集める「STEAM教育」を実践するためのプログラムを日本でも開始した。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(エンジニアリング)、Mathematics(数学)という理数・理工系科目の「STEM(ステム)」領域に「Arts」を融合させるSTEAM(スティーム)教育だが、その真価はヒューマニズムにあるという。SKY LABO共同代表の木島里江氏、ヤング吉原麻里子氏に、ビジネスパーソンが参考にすべきSTEAM教育のポイントと今後の展開を聞いた。

SKY LABO

「STEM+αの女子教育」で、次世代のイノベーション人材を育成する非営利団体。木島里江氏、ヤング吉原麻里子氏、清水薫氏の3人の女性が2016年に共同創業。日本とシリコンバレーで年に2度「STEAMとデザイン思考」ワークショップを行っている。

STEAM教育とは「人間を中心に考えるSTEMリーダーを育てる教育」

――新しい人材育成の考え方として理工系の学問に重点を置いたSTEM教育に注目が集まり、2011年頃からはA(Arts)を組み込んだSTEAMという言葉も登場しました。STEAMとは具体的にはどのような人材、教育を指すのでしょうか。

木島里江氏(以下、木島):米国の学校教育ではSTEM領域がこれまで以上に重視される一方で、アートや音楽といった芸術領域の授業が削られていきました。そこでSTEM教育にアートを導入しようと、From STEM to STEAMというムーブメントがおこりました。オバマ大統領のときは超党派の潮流がありましたが、政権の交代後に下火になっています。

ヤング吉原麻里子氏(以下、ヤング):ただ、当時のムーブメントの中でさえ、STEAMをSTEM+アートとシンプルなフォーミュラで考える人がほとんどだったと思います。いま世界が注目し始めているSTEAMですが、実はその本質は理解されきっておらず、定義もひとつに定まってはいません。

そこで私たちが「STEAM人材」と考えている人たちの共通項を突き詰めると、彼らの活動のコアな部分にあるのが人間への興味でした。それぞれ最先端の科学やテクノロジーの担い手でありながら、その根幹には、人間を大切にする思想を持っています。

木島:人間を大切にする心を持ち、その上でSTEM領域を活用してステップを踏もうとする人たちです。テクニカルな領域だけを融合させるのではなく、誰かのためにそれを役立てたいというヒューマニズムを核にしているのです。

ヤング:従来のSTEM教育では、「どんなテクノロジー(what)」を「どうやって(why)」学ぶのかに重点がおかれてきました。一方STEAM人材たちは、なぜそのテクノロジーを開発したいのか、常に「なぜ(why)」と問いかけます。彼らの動機には「人間のために何かしたいから」という強い思いがあります。

――STEM向上のためにアートやデザインを後付けするのではなく、根本にヒューマニズムを探索するためのArtsがあり、それをSTEMと融合する活動がSTEAMということでしょうか。

ヤング:そのとおりです。核となるパースペクティブ(視座)がなければ、技術を活用しても「WHY」が不明確になり、倫理の問題も起こってしまう。その視座をどう育てるのか。それが芸術やデザインに触れて感性を磨き、哲学や文学、歴史や考古学といった領域から視点を学ぶことです。アートに触れることはSTEAM教育の一つの側面でしかありません。

「人間を中心に考えられるSTEMリーダー」を育てるのがSTEAM教育だろうと思います。まずはその心を育て、その上でSTEMの専門性を身につけたときに、素晴らしいイノベーションを生み出すSTEAM人材になる、と。

木島:もともと理工系の実学を重視する大学として始まったスタンフォード大学でも、今ではリベラルアーツ教育を重要視しています。

木島里江氏「デザイン思考は発想や表現のためのツール」

とはいえCS(コンピューターサイエンス)講義の受講希望者が入学者の80-85%に達する中で、ヒューマニティーズ(人文)の講義を自主的に取る学生の数はすごく減っています。ヒューマニティーズを省くと、倫理的な判断ができない偏った人材が育ってしまいます。エンロン社のように(編集注:不正経理が発覚し2001年に破綻した米IT企業)問題が起こることもあります。「社会的にいいことをしよう」と思えない人が育ってしまうのは危ういことです。

――企業のコンプライアンスにも大きく関わりますね。では次に、「デザイン思考」とSTEAM人材の関係はいかがでしょうか。

ヤング:STEAM人材と呼ばれる人たちは、ひとつの領域にしばられず、型にはまらず発想します。そして前進するためには失敗体験は当たり前だろうと、スピード感をもって「とりあえず」の状態から発進します。これらは「デザイン思考」で大切にされているマインドセットです。デザイン思考にはよく知られた発想の手順がありますが、機械的にステップだけ踏んでもイノベーションは生まれません。マインドセットのトレーニングが必要です。

木島:デザイン思考は言語や数学と同じように、発想や表現のためのツールとして捉えることができると思います。またデザイン思考を経験することによって「自分が思っていたことが固定観念だった」と気づかされる意味でも、ツールだと言えるかもしれません。

日本で行うSTEAM教育プログラム

――日本で行っている教育プログラムはどのようなものでしょうか。

木島:12歳から18歳の女性中高生を対象に、4人ずつのチームに分けて、3日間にわたりデザイン思考を英語で教えます。参加者はほぼ皆さん面識がなく、出身校・年齢などできるだけバックグラウンドの異なる人たちを同じチームにします。バイリンガルの大学生・大学院生をファシリテーター役として各チームに一人ずつ配置し、デザイン思考やクリティカルシンキング、積極的な姿勢を学ぶワークショップを行います。

――日本と米国では生徒の反応に違いがありますか。

ヤング:「相手の立場に立ったものづくり」は、日本の文化に浸透しているコンセプトですよね。米国で生まれたデザイン思考ですが、その中核は、日本で大切にされるこのコンセプトに呼応するのではないかと仮説を立てていました。デザイン思考は日本の学生さんに適した学びの方法になるのではないかと。

木島:実際に女子中高生を対象にワークショップを行い、それが正しかったと強く感じます。日本の女の子たちは、人によくしてあげたいという気持ちが強い。ユーザーを中心に発想をするデザイン思考は、彼女たちの「誰かを喜ばせたい」というニーズにぴったり合うのでしょう。

ヤング:とはいえ、だからこそ、つい完璧を目指してしまう傾向はあります。プロトタイプは本来、とりあえずアイデアをユーザーさんに試してもらい「どう改良しようか」と発想の起点にするものです。デザイン思考は、日本の学校教育で身につける、何かを徹底的にマスターするという学習方法とはまったく違う、探索を通じた学びです。

2019年8月に日本で開催された4回目のプログラムでファシリテーションを務めた、デザイン・コーチ(DC)たちと

木島:私たちは教育に対するヒューマニスティックなアプローチを特に大切にしています。個を大切にし、今まで「みんなと同じ理解じゃないといけない」と思っていた生徒さんが既存の枠から出るスペースをつくってあげることです。安心してリスクをとれる環境にいると、人は仲間たちと協働して常に励まし合うなかで、自分の発想が変わっていくのを感じます。「到底できない」と思っていたことが、たった3日間のプログラムの中で「できるかも」に変わっていきます。

ヤング:最終日にチームで協力しながら英語でプレゼンテーションをした彼女たちの表情は「できる!」という自信であふれています。この学びの環境をつくることが、私たちのプログラムの真価だと感じています。

中学生・高校生の生徒さんを支える大学生・大学院生のデザイン・コーチ(以下、DC)たちも確実にエンパシーや視座を身につけ、私たちスタッフも毎年、新しい発見をしています。関わる人々がみんな学び探索できる場を一緒に作り上げていくことがSKY LABOの社会活動です。自分には社会を変えるパワーがあるのだという感覚をつかんで腹に落としこんでもらうことが、彼女ら、彼らのエンパワメントにつながります。

クリエイティブ・コンフィデンス(創造性に対する自信)を育てる

木島:クリエイティブ・コンフィデンス(創造性に対する自信)はキーワードだと思います。トム・ケリー氏(米IDEO社の共同経営者)とデイビット・ケリー氏(同創設者・スタンフォード大学教授)が言うように「自分にはクリエイティブなことができる」という自信がないと、新しいことに挑戦できず踏みとどまってしまいます。

ヤング:スカイラボのプログラムはすべて英語で実施します。参加するほとんどの学生さんは普段英語で話す機会をもたない中高生です。参加者たちは3日間、英語漬けの時間を過ごします。英語はブロークンでも伝わればいい。大切なのはアイデアです。だけど、日本の英語教育にしか触れていない生徒さんたちは初日にネイティブの講師の英語に触れ、驚きの表情を隠せません。

木島:講師の英語が理解できずに戸惑う学生さんたちにDCは、まずはゆっくりと言い直します。わからなければ、もっと優しい表現に変えてみる。それでもまだ不安そうなら、日本語に訳して理解を助ける。この手厚いバイリンガルサポートのもとで3日間を過ごすと、最終日には誰もがチームメートと協力しながら、立派に英語でプレゼンテーションができるようになります。

ヤング:チームで協力しながらアイデアを発案するスキルを身につけ、それを世界に向けて発信できるという実感を繰り返し味わっていくための道場です。そこで培う経験は、彼女たちの大きな自信につながっていくはずです。

次世代へつなぐ意識を持てば、ビジネスパーソンも変わる

――すでに大人になったビジネスパーソンはどのようにSTEAMやデザイン思考を学び、身につければいいのでしょうか。

ヤング吉原麻里子氏「子どもたちの心はエンパシーで満ちています」

ヤング:「人を知りたい」という心を育むことが大切です。それがSTEAM人材になるための核心の部分だと思っています。

私たちのプログラムでは、人を知るためのトレーニングをします。ペアになってお互いインタビューをし、相手のことをみんなに紹介する。次にDCに、そしてユーザーさんにインタビューをします。人の話に耳を傾けるスキルを身につけると、自然に他人に対して興味がわきます。他者をエンゲージして、彼らがもっているストーリーを引き出す。それは私たち社会人にとっても大切な基本スキルです。

木島:個人のモチベーションを上げる必要がありますよね。そのためにも、子どもの頃から社会的な課題に触れて、グローバルな視点を培っていくことが重要だと思います。

ヤング:たとえば環境問題。子どもたちの心はエンパシーで満ちています。横たわった亀の鼻にプラスチックのストローがつき刺さっている写真を見て、子どもたちは心から「かわいそう」だと思い「プラスチックストローは使いたくない」という感覚が自然に生まれます。課題に触れることが大切ですね。

木島:子どもの視点を忘れないことはすごく大切です。「転んで、前進しよう(Fail Forward)」というSKY LABOが大切にしているマインドセットも、小さな赤ちゃんが歩いては転んで、立ち上がってはまた転んでを繰り返す人間の成長のプロセスそのものを表しているかもしれません。

――次世代につなげるという姿勢の中に多くのヒントがあるということですね。

木島:2016年のプログラムでは、ユーザーとして高齢者の方に参加して頂きました。その一人が、元政府職員の方でしたが「日本がこれから果たすべき役割を、みんなに真剣に考えて欲しい」と一生懸命に語りました。インタビューをした女子中高生たちも、真剣な表情で耳を傾けていました。

ヤング:次世代に「人を知りたい」という心を育んでもらうほかに、ビジネスパーソンたちの世代も「人に伝えたい」という思いを持つことも、STEAM人材を育成する上で大切かもしれません。そんな機会を企業が作ってあげることも有用だと思います。

STEAM教育がもたらす社会とは

――STEAM人材、パースペクティブ(視座)を持った方が増えると、社会はどのように変化するのでしょうか。

ヤング:一言では「優しい世界」だと思います。なんだかとってもシンプルなのですが、この世の中に一人でも多くのkindな人が増えていくことが何よりも大切な気がしています。どうしてSTEAM人材の育成に取り組んでいるのかといえば、きっと私たち自身が人やヒューマニティーとつながっていたいからなんだろうなと思います。

木島:私はとても希望を感じています。私たちのプログラムに参加した生徒さんを見ていると、毎年、たった4日間でこんなにも変われるんだ! と驚かされます。変わっているのではなく、すでに持っていたものを引き出しているだけかもしれませんが――。多様な一人ひとりの成長が、ほかの人にも影響を及ぼします。将来は今よりもっとダイバーシティが大切にされる社会が構築されているのではないでしょうか。

ヤング: 私たちの活動はそのための基盤づくりです。プログラムに参加する女子中高生や、大学生・大学院生のDCや、スタッフやボランティアたちが毎年、学びや発見を繰り返すことで、SKY LABOの活動がもっと大きなインパクトにつながると信じています。

書籍情報

ヤング吉原麻里子氏、木島里江氏の共著
『世界を変えるSTEAM人材―シリコンバレー「デザイン思考」の核心』(朝日新書、2019年)

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沖本 啓一(おきもと・けいいち)

Sustainable Brands Japan 編集局。フリーランスで活動後、持続可能性というテーマに出会い地に足を着ける。好きな食べ物は鯖の味噌煮。