サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

「出会い・感じる」から始めるサステナビリティ

【アーヤ藍 コラム】 第11回 子どもたちと一緒に「関心の扉」を開く映画を

  • Twitter
  • Facebook
SB-J コラムニスト・アーヤ 藍

社会課題への関心をより深く長く“サステナブル”なものにする鍵は「自ら出会い、心が動くこと」。そんな「出会える機会」や「心のひだに触れるもの」になるような映画や書籍等を紹介する本コラム。

今回は思春期頃の子どもたちと一緒に見る作品として、オススメできる映画を紹介します。世界や社会の問題へ関心を向けることは、不確実な未来を生き抜くために、そしてビジネスをしていく上でも大切だと考えている方は少なくないと思います。しかし「学ぶべき」「知っておかないと」などと「ねばならない」の口調で伝えても、なかなか受け止めてもらいにくいものです。そんな時に、楽しみながら世界の扉を開いてくれるのが映画です。

本コラムでは、世界や社会への関心の扉を開くような作品を、環境問題に関わるものと人権問題に関わるもので、それぞれ1本ずつご紹介します。どちらも子どもたちが主役であり、「社会の問題と直面する主体」となっている作品なので、子どもたちが感情移入をしやすく、問題を一歩自分へ近づけて考えやすいはずです。

渡り鳥との「冒険」を楽しみながら自然との共生を考える

「ヨーロッパでは30年で4億2000万羽の鳥が消えた」。

いきなりネタバレになってしまいますが、1つ目の作品、映画『グランド・ジャーニー』の最後で伝えられる事実です。ご存知でしたでしょうか? 同じように、北米では野鳥が50年間で約29億羽減少したという研究結果も2019年に出ています。

鳥の個体数が減少している要因はさまざまです。開発によって生息地が減ったことや、気温の変化による食物の減少などはイメージしやすいのではないかと思います。本作『グランド・ジャーニー』が焦点を当てている減少の要因は「渡り鳥が安全な渡りをできない」ことです。人工的な照明によって方向感覚を失ってしまったり、それによって風力発電機や高い建物に衝突してしまうバードストライクなど、人間の暮らしが渡り鳥の渡りの道中に危険をもたらしているのです。

この問題に対して「超軽量飛行機で渡り鳥と一緒に飛び、安全な飛行ルートを教える」という保護の仕方を考え、実践した人物がいます。気象学者であり鳥類研究家でもあるクリスチャン・ムレク氏です。本作は彼をモデルに作られた劇映画です。

思春期真っ只中の主人公トマ。両親は離婚しており、母親と新しいパートナーの3人で暮らしていますが、夏休みの間、父親の家で過ごすことに。普段オンラインゲームばかりしているトマは、湿地に囲まれた電波も届かない田舎で暇を持て余します。ある出来事をきっかけに「雁(ガン)をふ化させ、親だと刷り込みをし、一緒に飛んで、安全な飛行ルートを教える」という父親の無謀なプロジェクトに協力することに。

最初は乗り気でなかったトマですが、自分を親鳥だと思って懐く幼鳥たちに愛情を抱き始めます。しかしいざ軽量飛行機で渡りの旅へ出ようとしたところ、父親が関係機関に正式な許可を取っていなかったため、雁たちも捕獲されてしまいそうになり……。焦ったトマは一人軽量飛行機に飛び乗り、雁たちを連れて逃げ出します。果たしてトマは、渡りの目的地まで無事に飛んでいくことができるのでしょうか。

飛行シーンを含め全編ほぼCG無しで作られている本作。何よりもまず鳥たちのリアルな可愛さと景色の壮大さに心をつかまれます。トマと一緒に冒険を楽しみ、見終えた時には渡り鳥が直面している問題も気になっている。そんな作品です。

▼映画『グランド・ジャーニー』
(2019年製作/113分/フランス・ノルウェー)

映画鑑賞後のさらなる学びとしてオススメしたいのが、『野生生物は「やさしさ」だけで守れるか?』(岩波ジュニア新書)です。映画ではトマに感情移入して、雁たちを一緒に守りたくなる気持ちに駆られますが、彼らの行動は「自然を守る」という観点からは、手放しに賞賛できるものではありません。飛行の正式な許可が関係機関から下りなかったのには理由があります。本来、雁を育てて別の場所へ移動させるのであれば、ウイルスなどのチェックが必要だからです。自然環境や野生生物を「守りたい」という気持ちはとても大切な一方で、人間の生態系への関わり方には冷静な分析と判断も欠かせません。そのバランスの大切さをさまざまな事例から分かりやすく考えさせてくれる一冊です。

すぐ隣にいるかもしれない「難民の背景をもつ」人たちと“出会う”

日本の難民認定率の低さはよく知られるところです。では「難民申請が認められない」ことが、申請している人たちとその家族にどのような影響を及ぼすのか、具体的なイメージは湧くでしょうか? 2作目にご紹介したいのは、埼玉県に暮らす難民申請中のクルド人家族を描いた劇映画『マイスモールランド』です。

父親が母国で命の危険にさらされていたため、幼い頃、日本へ一緒に逃れてきた主人公のサーリャ。日本で育ち、今では埼玉県の高校に通う17歳。同級生たちとの他愛ない会話を楽しみ、アルバイト先では小さな恋も芽生え、青春の日々を過ごしていたところに、ある日飛び込んできた「難民申請不認定」の知らせ。一家は在留資格を失い、健康保険もなくなれば、働くのも不可。県外への無許可の移動も禁止になります。しかし働かずして生きていくための糧を得ることはできません。父親は秘密裏に仕事を続けますが、それがある日見つかってしまい、入管施設に収容されてしまいます。残されたサーリャたちの行く末は……。

中学生や高校生の子どもたちが、日本で育った近い年齢の主人公の目線で日本の社会を見つめたら、きっと「難民認定率の低さ」という事実の感じ方も変わってくるはずです。

ずっしりと重く心にのしかかるテーマでありながら、恋愛映画の美しさや切なさも詰まっているため、思春期の子どもたちにも見てもらいやすい作品ではないかと思います。

▼映画『マイスモールランド』
(2022年公開/114分/日本・フランス)

本作の鑑賞後のさらなる学びにオススメなのは、安田菜津紀著『それはわたしが外国人だから?―日本の入管で起こっていること』(ヘウレーカ)です。サーリャは日本で育った少女だからこそ、私たちは感情移入しやすいと思いますし、「助けてあげたい」気持ちも湧きやすいだろうと思います。一方で、本人が日本のことを好きかどうか、日本に貢献できる人かどうかといったことに左右されずに、命が守られることが大事であり、本来の人権のはずです。

同書には、さまざまな理由や背景によって日本で難民申請をした4人の方のストーリーがつづられています。難民申請が認められないことが、その人の人生にどのような影響を与えるのか、そして、日本の難民認定率の低さにはどんな問題があるのかを、全編ふりがな付きで、子どもたちにも分かりやすく書かれています。

地方都市で育った私にとって、振り返ってみると、映画は「人生の先生」のような存在でした。訪れたことのない土地や、現代とは違う時代へ連れて行ってくれ、自分では経験できないようなことも追体験させてくれる。そうして映画にさまざまな世界への扉を開いてもらったことが、世界や社会の問題に関心をもつ、一つのきっかけになったように思います。今回の2作品をはじめ、映画を通じて子どもたちと一緒に世界への心の旅に出てみてはいかがでしょうか。

  • Twitter
  • Facebook
アーヤ 藍
アーヤ 藍(あーや・あい)

1990年生。慶応義塾大学総合政策学部卒業。在学中、農業、討論型世論調査、アラブイスラーム圏の地域研究など、計5つのゼミに所属しながら学ぶ。在学中に訪れたシリアが帰国直後に内戦状態になったことをきっかけに、社会問題をテーマにした映画の配給宣伝を手がけるユナイテッドピープル会社に入社。約3年間、環境問題や人権問題など、社会的イシューをテーマとした映画の配給・宣伝に携わる。同社取締役副社長も務める。2018年より独立し、社会問題に関わる映画イベントの企画運営や記事執筆等で活動中。2020年より大丸有SDGs映画祭アンバサダーも務める。

コラムニストの記事一覧へ