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【コラム 前野隆司のウェルビーイング講座】第5回 人類史と幸せ

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SB-J コラムニスト・前野 隆司

最終回の今回は、人類史と幸せについて述べましょう。

京都大学の広井良典教授が模式的に描いた「人類史における拡大・成長と定常化のサイクル」(1)(2)と題する図があります。図1にこれを模式化して示します。人類誕生から現在までの間に3度の上昇局面があり、増加の後には長い定常化が見られます。すなわち、20万年前に誕生した人類は、最初、狩猟採集により生活します。食料が潤沢な間は人口が増えますが、食料と人口が拮抗すると、増加は止まり定常化します(【定常化1】)。そこで農耕が始まり、再び人口は増加に転じます。しかし、やがて農業による人口増加に限界がやって来て定常化します(【定常化2】)。

図1 人類史におけるエポック(前野、前野、2022年(1)を改変)

次に産業化(工業化)が起こり産業革命を経て情報化・金融化へと続きます。このため、再び人口が増えます。しかし、その後に地球環境の限界が到来します。日本では、育児コストの高さと女性の再就職の難しさが壁となって、出産数の減少による少子化が進んだ結果、既に【定常化③】に突入しています。

私たちは近代化後の約300年の間、増加傾向社会を生きてきました。しかし、日本は、バブル崩壊以降成長が止まり、失われた30年を過ごしてきました。GDPも3位に落ち、閉塞感のある時代だと考えることもできるでしょう。

しかし、人類史的に見ると、定常化社会は決して衰退社会ではありません。一度目の定常化社会は“心のビッグバン”といわれる約5万年前です。このころは、人類がアミニズム(自然崇拝)的な原始宗教を開始し、壁画などのアートを発明した時期です。つまり、人口増加中は狩猟採集のための新天地への展開に忙しく、いわゆる経済成長重視だった人たちも、成長が止まると時間が生まれ、心にゆとりもできて、壁画や構造物に取り組むようになり、人類の文化が栄えたということのようなのです。もちろん、成長が止まった局面では、食糧不足・栄養不足に苦しんだり、部族間で争ったりというネガティブな状況もあったでしょう。だからこそ、人類は原始宗教とアートを発明し「いかに生きるべきか」を考えたのではないでしょうか。

農耕による経済成長が止まり2度目に定常化した紀元前5世紀前後は枢軸時代と呼ばれます。枢軸時代は、ギリシャではソクラテス、プラトン、アリストテレスの活躍した時代です。インドではブッダが生まれ、中国では孔子、老子、荘子、孟子などの諸子百家が輩出しました。つまり、古代の文明都市に哲学、思想、あるいは宗教が生まれた時代です。紀元前5世紀前後は「精神革命の時代」なのです。枢軸時代とは、1度目の踊り場と同様、定常期における閉塞感と安定感の狭間にさらされた人類が「いかに生きるべきか」を考えた結果として、思想・宗教や文化を生み出した時代なのです。

images credit : yaopey yong

ちなみに、日本では、【定常化①】の時代には縄文時代のアミニズムが栄えていたと考えられますが、それは後の神道に影響を及ぼしたと考えるべきでしょう。また、【定常化②】の時代には仏教、老荘思想、儒教などのインド・中国の思想が日本に影響を及ぼしたと考えられます。仏教伝来から江戸時代まで続いた神仏習合は、2つの定常化時代の思想的・文化的影響が近代まで残っていたものと考えることができるのです。

車山神社(長野県茅野市)宮司の宮澤伸幸さんと話したところ、「神道の目的は、祖先と森羅万象に感謝し、世界の平和と幸せを祈ること」であるとおっしゃっていたのが印象的でした。

日本に伝わった大乗仏教の思想の一つは慈悲です。「世界中の生きとし生けるものが幸せでありますように」。神道と似ています。似ている理由は、宮澤さんによると「仏教が日本にやってきた頃、神道は仏教の影響を受けた。仏教も神道の影響を受けた。そして神仏集合した。だから似ていて当然なんです」とのことです。

明治維新の神仏分離以降に生きる現代人は神道と仏教は別物と考えがちですが、【定常化③】の時代には、【定常化①と②】の融合した神仏習合とは何であったのかを改めて考えるべきではないかと思います。もっと言うと、【定常化③】にあって【定常化①と②】にないのはウェルビーイングの科学やIT、AIをはじめとする科学技術です。【定常化③】の思想は、思想としての神道、仏教と科学技術が融合したものになるべきではないでしょうか。

つまり、図1に書いたように、「心のビッグバン→農業革命→枢軸時代→産業革命」に続くこれからの時代は「ウェルビーイング革命の時代」だと私は思います。経済成長第一の時代から、芸術や哲学と最先端科学技術を融合させたウェルビーイングの時代へ。

定常化時代は閉塞時代ではありません。むしろ、心が成長する時代です。

経済成長から心の成長へ。
自分のことばかり考える時代から、みんなのことを考える時代へ。
目の前の利益を求める時代から、大きく人類はいかに生きるべきかを考える時代へ。
環境問題も格差問題も戦争・紛争問題も、AIによる世界の激変も、みんながみんなの幸せを願って解決する時代へ。

そして、私たちの心の奥底には、古くから培ってきた思想が残っています。
「すべての生きとし生けるものが幸せでありますように」と願う思想が。

参考文献
(1) 前野隆司、前野マドカ『ウェルビーイング』(日経文庫、2022)
(2) 広井良典『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社、2019)

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前野 隆司
前野 隆司(まえの・たかし)

慶應義塾大学 大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 ヒューマンシステムデザイン研究室 教授

1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社、1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年よりSDM研究科教授。2011年4月から2019年9月までSDM研究科委員長。この間、1990年-1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。

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