【コラム 前野隆司のウェルビーイング講座】第4回 視野の広さと幸せ
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「視野の広い人は幸せで、視野の狭い人は不幸せ」という研究結果があります。
どういうことでしょうか。
狭い視野で仕事をしている状態を考えてみてください。
(1) 自分の仕事は、会計数値の計算ばかり。やる気が出ない。
(2) 私の仕事は、いつも同じ組み立て作業。面白くない。
(3) 僕の仕事は、いつも学生のテストの採点ばかり。苦行だ。
いずれも、ルーチンワークを苦痛に感じているようです。
一方、視野が広かったらどうでしょうか。
(1) 自分が会計の計算をすることによって、会社のビジネスは回っている。そしてお客さまを幸せにしている。なんて、世の中の役に立っている仕事なのだ。
(2) 私の組み立て作業によって、お客さまに喜んでもらえる製品が完成する。ああ、なんて、世界の人々の幸せに貢献する仕事なのだ。
(3) 私がテストの採点をし、フィードバックすることによって、学生たちは成長する。そして、世界のために活躍する人たちになって巣立っていく。ああ、なんて、僕の仕事は大切ですてきな仕事なのだ。
いかがでしょう。視野を広げることが、仕事の価値の認識につながっています。
最近は、パーパス経営とか、企業理念の社員への浸透といったような、根本を共有する経営の重要性が指摘されています。また、環境問題、格差の問題、戦争と紛争の問題、パンデミックの問題、高齢化と少子化の問題など、現代社会の課題の多くは、問題を俯瞰(ふかん)的な視点から捉えて抜本的に解決すべき課題であると言われています。目先の問題解決では“継ぎはぎだらけ”になります。そんな対処療法的なやり方ではなく、根本から解決すべき課題に直面するのが現代社会です。もちろん、SDGsをはじめとするサステナビリティに関する課題も、同じ文脈です。
ケースウエスタンリザーブ大学のアンソニー・ジャック准教授らの研究(1)によると、現実的な事故(リスク)に焦点を当てたコーチングよりも、理想の自己に焦点を当てたコーチングの方が、コーチングを受けた者の行動変容が促進されるそうです。また、後者の方が、環境を広く見渡し、新たなテーマを察知する能力が高く、より幸せな感情を体験しており、新しいテーマに対してよりオープンであるそうです。こちらの研究結果も、「視野の広い人は幸せ」で行動力のある人であることを表していますね。
次に、マイケル・バッソらの研究結果(2)を紹介しましょう。
まず、図1を見てください。
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参考文献(2)を基に編集部作成
次に、図2の2つの図を見てください。
よろしいでしょうか。
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参考文献(2)を基に編集部作成
では、図2の(a)と(b)は、どちらが図1に似ていると感じたでしょうか? 直感的でいいので、考えてみてください。
さて、皆さんの答えは、(a)、(b)のどちらでしたか?
以上は、心理学者のバッソらが行なった、視覚についての研究の一部です。実は、(a)と答えた人は、広い視点を持つ人、(b)と答えた人は細部に焦点を当てがちな人だといえます。なぜなら、(a)は4つの図形から成るという全体的な特徴が、(b)は要素の形が同じであるという部分的な特徴が、図1と一致しているからです。
バッソらは、似たような課題を32個解いてもらって、そのうち広い視点の図をいくつ選んだかをスコアとして記録しました。同時に、「あなたは楽天的ですか・悲観的ですか?」「幸福感が高いですか・低いですか?」という質問も行いました。その結果、広い視点の図を選ぶ人は楽観的で、かつ、幸福感の高い人である、という傾向が得られたのです。
要するに、視野の広い傾向のある人は、楽観的で、幸福である可能性が高いということです。直感的に図形がどの図形と似ているかの判断によって、視野の広さが測れるというのが面白いですよね。
視野を広げる3つのポイント
いずれにせよ、本項で述べたかったのは、「視野の広い人は幸せで仕事ができる傾向が高い」というお話でした。ではどうすれば視野を広げられるのでしょうか?
1つは、悩みにとらわれないことや、執着を手放すことではないかと思います。
悩んでいたり、執着にとらわれたりしている人は、そのことで頭がいっぱいになっていて、視野の狭い状態だと思うからです。マインドフルネスで心を落ち着けることも、過去や未来へのとらわれから離れて“今ここにいられるようになる”という意味で、視野を広げることにつながるでしょう。
2つ目には、視野の広い人と接することだと思います。
人は、目標が明確であると、成長しやすいことが知られています。よって、視野の広い人と接して、その人のようなあり方を目指すのは悪くない方法だと思います。もちろん、自分とは違うタイプの人を目指しすぎるのは得策ではないでしょう。自分らしさは失わず、視野の広い理想の自分をイメージするのがいいと思います。
3つ目は、いろいろなことを経験することでしょう。
私の場合、30歳前後の時に2年間アメリカに留学していたことが、明らかに自分の視野を広げたと実感したのを覚えています。自分とは考えの違う人と会うことも視野を広めますね。ですから、海外に住むことを強くお勧めします。私の場合、妻と出会ったのも留学時でした(笑)。今では世界中の生きとし生けるものを、妻と同じくらいに愛したいと思っています。こう思えるのも、妻と出会って視野を広げられたからですね(笑)。感謝です。
参考文献
(1)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnhum.2023.1128209/full
(2)Basso, M. R., Schefft, B. K., Ris, M. D., & Dember, W. N. (1996). Mood and global-local visual processing. Journal of the International Neuropsychological Society, 2(3), 249–255