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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
危機を機会に変える、「未来をつくる経済」を思索する

これから始まる、社会経済の再設計に欠かせない5つの要素

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SB-J コラムニスト・古野 真

米国での新型コロナウイルス関連の死亡者数は、50万人を超え厳しい節目に達しました。新型コロナウイルスの発生から1年以上経ち、先進国ではワクチンの普及が進んでいますが、まだこのトンネルから抜け出すことはできていません。

危機から脱することができていない中で、私たちは持続可能な社会や健全なコミュニティをどのように再構築していけばよいのでしょうか。

以前のコラムで書いたように、パンデミックから一つ学んだとすれば、経済的な成果の追求ばかりを優先し社会や環境の健全性を蔑ろにすることは、私たち生命の脅威に繋がりうるということです。環境や社会の中で弱者を置き去りにすると、結果的に私たち皆に不利益をもたらすことになるのです。

ここでは、未来に影を落とす複数の危機に直面している私たちが、長いトンネルの先にある光に向かい社会と経済を再構築するために重要な「5つの要素(3D+2Hs)」に焦点を当ててみたいと思います。

1. 多様性 (Diversity)
2. 脱炭素化 (Decarbonization)
3. デジタル・インクルージョン&デジタル・デモクラシー (Digital Inclusion & Digital Democracy)
4. 健康 (Health)
5. 人権 (Human Rights)

多様性

森・前東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の問題発言が最近、日本で取り沙汰されたように、日本はダイバーシティとインクルージョンに関しても課題が山積みとなっています。複雑に絡み合う地球規模の課題に日本が真に立ち向かうためには、前世紀のような女性や外国人、その他のマイノリティに対する認識は捨てなければならず、新たな複数の視点と多様なバックグラウンド、経験、知識が必要とされているのです。 テニス界で存在感を放つ大坂なおみ氏が今や世の中に対しても影響力を持っているように、日本が国際社会の一員としてその役割を十分に果たす力は、これまで異色であったかもしれない多様性を受け入れることによって決まるでしょう。

さらにこの多様性は、政治の場、企業の役員人事、教育、そして大衆文化に反映されるようにならなければなりません。世界の先進国の中で、ジェンダー平等ランキングにおいて日本が最下位とされる現在、一種の「日本の独自性」としてもはや擁護の対象にはならない時が来ているのでしょう。森発言に関してポジティブに捉える面があるとすれば、世界の基準がどこにあるかを意識しながら、社会のあらゆる側面で女性をより尊重しなければならないと公に明示した出来事になったという点です。さらに、当然日本の持続可能なグリーンリカバリーにも女性の視点は不可欠であるため、より多くの女性に意思決定権のある地位を与えるべきと考えます。

企業経営の観点では、意思決定に多様な視点を含めることがレジリエンス(回復力)・柔軟性のあるビジネスに繋がるという見方をする国際的な投資家が増えてきており、役員職に女性やマイノリティを起用するよう求める声が高まっています。ESGと社会的インパクトの成果が企業評価の新たな基準となりつつある中、より多様性のある取締役会を持つ企業は、多くのステークホルダーの期待に応えることができるようになります。

また、新しいアイデアやスキルを持った新鮮な視点だからこそ、眠っている資源や十分に活用されていない資源に付加価値を与えることが可能となり、地域の活性化や新たなビジネスチャンス・イノベーションの創出にも貢献することができます。自然界において生物多様性が生態系の健全性に寄与するように、人間社会においてもその多様性が社会的・経済的な健全性に寄与するものなのです。

しかし、これらの恩恵を実現させるためには、中央政府、企業、地域社会の有効性のある強力な環境整備が必要です。これには、女性の政治参画や役員起用の推進という難問に対して、女性の比率を予め設定するといった積極的な改善措置などが含まれます。また外国人労働者の受け入れに関しても、技術系の学生を安い賃金で雇い労働力を搾取できてしまう国際的な就労ビザの取り決めの見直しなども含まれるでしょう。日本が人口減少と労働者不足の問題を本当に解決したいのであれば、若い留学生には日本文化に馴染むための十分なサポートを与え、在留資格を得るための道筋を示してあげなければなりません。

そうすることで、日本の農地は豊かになり、地方都市が元気になり、国際的影響力と地域の伝統を融合させた新しいコミュニティを作ることができ、さらには伝統や文化の多様性という価値への理解と尊重が生まれてくるのではないでしょうか。今後数十年の間に日本がエネルギーシステムを完全に変革していくためには、グリーン産業計画の一環として、電力網の再設計・強化、再生可能エネルギー発電所の新設、大々的な電気自動車の充電ステーションの増設などのために、新たなグリーンワーカーが大量に必要とされるでしょう。

要するに、トップダウンからボトムアップまであらゆるレベルで多様性を受け入れ閉鎖的で同質的な古い「ボーイズクラブ」から、あらゆるバックグラウンドを持つ人々がつながり新たな創造ができるオープンシェアオフィスへと、文化的にも権力的にもシフトしていく必要があるでしょう。ある意味で、オリンピックは日本が多様性を持つための自然な踏み台となっているのかもしれません。ただどのような形であれ今回の大会が、差別のない公正な競技の祭典となり、すべての人を平等に扱うことの美徳を私たちに改めて思い出させてくれることを期待しましょう。

私たちが直面する多くの問題の解決には、ダイバーシティを受け入れる要素を育むことこそが一つの重要な鍵になるでしょう。

脱炭素化

菅首相が昨年10月26日の所信表明演説で述べた通り、日本の経済復興はグリーンでなければなりません。気候変動の対策として2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするためには、日本のエネルギー・産業システムを全面的に再構築する必要があります。この目標を達成するには、政府、民間、地域社会、一般消費者が連携して行動することが前提です。他の国々や、グローバル企業、各国の投資家が次々に2050年までにネットゼロを達成することを宣言するにつれ、環境対策はもはやコストではなく、経済的・社会的な幸福を維持するために必要なものとみなされるようになっていきます。

現在、米国がネットゼロへの移行に乗り出し、中国と韓国が急速にグリーンな産業開発に取り組み始めたことからも、日本でも環境技術を活用することを促し、ゼロエミッションの経済活動を優遇するなどし、適切なインセンティブを創出することが求められています。温室効果ガス削減のための適切な経済的インセンティブを作り出すにあたり最も効果的な方法は、強固なカーボンプライシング(炭素の価格付け)です。EU、英国、中国、米国バイデン政権の強力なサポートの下、日本も一刻も早くこれらの国に追いつくか、あるいはEUの実効炭素価格(現在1トン当たり約5000円)に基づいた輸出品の関税引き上げに直面するかというところまで来ています。2023年に予定されているこのEUの国境炭素税措置の導入が引き金となり、炭素の社会的・環境的負荷に対するコストを電力や工業製品をはじめとする炭素排出量の多い製品にどのように反映させるべきかに対して、経済産業省と環境省の間で、真剣に焦点を当て検討し始めていることは一歩前進です。

ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ教授は、パリ協定の達成に向けて炭素価格を1トンあたり100ドルにすることを求めています。一方で、日本国内の現在の温暖化対策税は、二酸化炭素1トン当たりの価格が桁違いの289円にとどまっています。日本の最大の炭素排出源は電気と製造業となりますが、炭素価格設定の他にも、多くの消費者がゼロカーボン、ゼロ・ウェイスト、循環型に寄った選択肢を自らの資金でもって支持・選択し、ゼロエネルギービル(ZEB)や電気自動車の普及などの脱炭素ライフスタイルという選択をするようになることも大きな役割を果たすでしょう。政府の規制を待つのではなく脱炭素経営を推進しようとする企業は存在感を増し、顧客の信頼と投資家の資本、両方を引き寄せることができるでしょう。

デジタル・インクルージョンとデジタル・デモクラシー

政府、ビジネス、医療サービス、教育などにおいて使われるあらゆるデジタルツールが明らかに時代遅れになってきている日本で、最近になりDXというフレーズが注目を集めています。しかしDXは単にデジタル・ハードウェアを改善するだけでは十分ではありません。中身の「ソフトウェア」も更新する必要があります。つまり、すべての人がデジタルツールを使い本当の意味で平等に繋がることを可能にするということです。

これまでデジタルツールは、異なる地域にいる人間同士の接触を容易にすることに非常に役立ってきましたが、今度は、デジタルへのアクセスという新たな依存が生みだされるようになってきており、例えばWiFiが使用できない環境にいる人や新しいデバイスのノウハウやリソースを持っていない人を会話の場からシャットアウトすることにもなっています。また、人々が異なる環境で異なる情報のみにデジタルツールを使ってアクセスし続けることができてしまう現在の状況は、フェイクニュースや悪意のあるキャンペーンによる影響を受けやすくなっており、オンラインとオフラインにおいて各コミュニティの間で分断や社会的格差を拡大させることにつながる危険性があるのです。そのためDXと一言にいっても、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)や包摂性と同義に考え進めるべきものでしょう。

ITとデジタルツールを賢く導入すれば、デジタル・プラットフォームは、「デジタル・デモクラシー」という新たな形で、社会問題や環境問題の解決に向けた民主的な参加を強化する可能性を秘めています。すべての人々が平等な機会と代表権を持つべきだという民主主義の理念に忠実に、アクセスや方法を知らない人々は、インターネットに接続するために必要な設備や機器を用いてサポートされるべきです。官民のイニシアティブを組み合わせることで、デジタルリテラシーの向上と、より持続可能な地域や政治を実現する共同創造者として、市民のユニークな視点に基づいた公共政策への市民のデジタル参加を強化することができるでしょう。そのためには、信頼を築き、利用者の積極的な参加を促す強固なプライバシー保護と情報の透明性がますます求められますが(マイナンバーカードの普及率が予想よりも低いことを念頭に)、適切なインセンティブと機能を与えることで、より広範な普及を促すことができるでしょう。

新型コロナウイルスの対応においては、デジタル分野での台湾のリーダーシップは、日本も見習うべき点があります。ビッグデータを用いて市民の参加と協力を促した革新的なデジタルソリューションの力は、流れてくる情報の正確性を向上させただけでなく、政府や保健当局が的確な決定を下すための重要な情報源となりました。気候変動、感染症の発生、生物多様性の喪失といった複数の危機が重なり合っている現代の人類にとって、人間の創意工夫をクラウドソース化し、市民の自発的参加を促進できるデジタルツールは間違いなく強力な価値を生み出すものとなるでしょう。

健康とウェルビーイング

パンデミックは、感染率を効果的にコントロールするための公衆衛生インフラ、最前線に立つ医療従事者と社会的連帯性の重要さ、そして人間の脆さを私たちに再認識させてくれました。科学的知見に基づいて行動し、社会のために各個人が自由を犠牲にし、危機的状況に対処するために皆で協力することは、経済の発展やGDPに関係なく、国や地域の医療対応が試されることでした。米国のトランプ前政権は、偽情報を流し科学を無視し、生命より個人の自由を優先した末に終焉を迎えました。日本はというと、官庁と民間医療機関間での連携やスピード感には欠けていた一方で、生命の損失は国全体の団結によって大幅に軽減されています。このことは、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて経済産業システムの変革を進める日本の挑戦に、後押しとなる強みの一つと考えるべきでしょう。しかし、次のパンデミックに備えるためには、上記のようなデジタルツールの活用度を高めるとともに、多様な視点を考慮した対応策を設計する必要があるでしょう。パンデミックが長期化する間、もう一つの重要な要素は、社会的孤立、移動の制限、仕事のパターンや家族の生活が乱れる中で、精神的な健康やウェルビーイングをケアしていくことです。気候変動や生物多様性の喪失などの長期的な危機が不安や社会的混乱を高めることにもつながるため、異常気象や感染症から身を守るだけでなく、自然の美しさとコミュニティとのつながりを維持するためにも、安全な空間がますます必要になってくるでしょう。

人権

ミャンマーでのクーデター、新疆ウイグル自治区で続く虐待、香港での言論の自由と民主主義の抑制、タイでの軍事的支配、北朝鮮での専制的支配など、日本の近隣諸国における人権問題は数々存在しています。他国との経済的・安全保障上の結びつきが強まる中、日本は人間の尊厳のために、強制労働に加担せず、軍事政権を支持せず、人権侵害を可能にすることがないサプライチェーンの完全性を確保する必要があります。キリンホールディングスがミャンマーのビール会社との関係をミャンマー軍との関係性を理由に打ち切ったという最近の動きは歓迎すべき事柄ですが、国際的人権団体からの大きな圧力があったから起こったことに過ぎません。同様に中国工場の使用や新疆ウイグル自治区の少数民族の強制労働との関わりが疑問視されている中、日本の多くの企業も責任ある対応が求められています。賃金や材料費がより安い国に外注することで生産コストを削減しようとする努力は当然あることですが、人権をコストと同じ天秤にかけることはあってはなりません。新型コロナウイルスの大流行により、ESGにおける「S」の要素に注目が高まっているように、ビジネス、政府、国際的な市民社会の三者が、これらの社会的格差を緩和するために協力し合い、互いに社会をより良くするための力となることが大切です。国際的なサプライチェーンが拡大していく中で、EUが企業における人権問題についてのデューデリジェンス基準の採択に向けて本格的に動くことは、日本が労働問題や人権侵害に加担するような製品に関わることがないような枠組みを作り出す良いきっかけになるでしょう。

この記事では、より弾力性がありゼロカーボンで健全な未来の構築に向けて、社会と経済の再設計に重要となる5つの要素(3Ds + 2H)に焦点を当てました。手遅れになる前に本当に重要なことを見つめ直し、これらの要素に従った評価、方向性、優先順位を再度決定づけなければいけないでしょう。

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古野 真
古野 真 (ふるの・しん)

気候変動に関するアジア投資家グループ(Asia Investor Group on Climate Change)のプロジェクトマネージャーとして2020年1月に活動を開始し、投資家の立場から投資先企業及び政府機関とのエンゲージメントを担当。ESG 投資家・気候変動専門家として活動しながら、ESGに関するブログ・情報サイト「ThinkESG.jp」の編集長も務める。現職に就任前は国際環境NGO350.orgの東アジアファイナンス担当を努め、350.orgの日本支部350Japanを2015年に立ち上げた。NGOセクターに携わる前にはオーストラリア政府の環境省で課長補佐として気候変動適応策を推進する国際協力事業を担当。気候変動影響評価・リスクマネジメントを専門とする独立コンサルタントとして国連開発計画(UNDP)、ドイツ国際協力公社(GIZ)や一般社団法人リモート・センシング技術センターのプロジェクトに参加。クイーンズランド大学社会科学・政治学部卒業(2006),オーストラリア国立大学気候変動修士課程卒業(2011)

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