サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
危機を機会に変える、「未来をつくる経済」を思索する

ポストコロナを生きる:その先の気候変動に備え、社会と経済を再設計する5つの指針

  • Twitter
  • Facebook
SB-J コラムニスト・古野 真

現在、世界では500万人以上が新型コロナウイルス(COVID-19)に感染し、死者は35万人に到達した。新規感染者数を示す曲線を緩やかにすることに成功した国では、ようやく感染拡大がピークを越えて減少に転じた。しかしその他の国においては、中国外で最初の感染者が確認された1月中旬から約4か月が経過した今でも、依然ウイルスの拡散を制御することができていない。

新型コロナウイルスのパンデミックは、グローバル経済にとって世界恐慌以来、最大の停滞期をもたらしている。アジア開発銀行は2020年度の世界のGDP下落率が感染拡大の封じ込めにかかる時間に応じて4%から10%に増幅すると予測した。

一方で、渡航制限とロックダウンによる経済活動や生産活動の停止、消費者需要の落ち込みなどのグローバルサプライチェーンの崩壊は大気汚染を改善させ、インドのデリーからアメリカのロサンゼルスにいたるまで排気ガスで包まれていた都市に青い空を取り戻した。この2020年は地球上のCO2排出量が約8%も減少し、国際エネルギー機関(IEA)はこの現象を、18世紀に記録を取り始めて以来最大の年間減少率の記録になると予測している。

気候危機対策の観点から見ると、このCO2排出量の大幅な減少は良いニュースとも言える。しかしこの結果は、ウイルスによりもたらされた人類の苦しみ、失業、経済崩壊などの不本意で強引な方法により達成されたものである。つまりこれは持続可能で自発的な方法で達成されたものではないのである。

さらに言えば、全世界で8%に及ぶCO2排出量の減少は1年間の数値としては大きいが、地球の気温上昇平均値を産業革命前と比べて1.5℃未満に抑えて気候変動がもたらす悲惨な影響を抑制するには、まだ十分な数値とは言えない。気候変動に関する政府間パネルは、これを実現するためには今後10年間、毎年7.6%のCO2排出量の削減が必要と試算している。

今や私たちの個人レベルの生活スタイルは、飛行機や電車での長距離移動を避け、可能な限り物事をオンラインで完結させ、近距離のみの移動が日常的になるという大きな変化を遂げた。ただしこの状態は、今後10年から30年かけて必須となるゼロエミッション経済への包括的移行、そして真の体系的、持続可能な方法でのCO2排出量削減に向けた大規模な構造変革をほんの少し味わっているに過ぎない。

新型コロナウイルスが与えたこの衝撃は、同時に私たちにあることを示している。今後ただ「日常を取り戻す」だけでは不十分であり、気候危機に立ち向かい解決するためにはこの惑星を労い地球の健康を保持するための「より良い復興」が必要であるということである。

では私たちは新型コロナウイルスと共生しながら、どのように気候危機問題に対処していけば良いのだろうか。

集団的行動変容が不可欠であることを提示したコロナショックから、持続可能な未来の実現に向けた社会や経済への構造変革の基本として、われわれは5つのことを学ぶことができる。

1. Listen to scientists
科学者の意見に耳を傾けること

新型コロナウイルスへの対応は世界中の大半が対処療法的であり、事前の計画や準備が不十分だったためにその効果は希薄となり、本来であれば回避できたはずの苦しみや死を多く招いた。

一方で台湾、ベトナム、韓国のようにSARSなどの感染症ウイルスの発生を経験してきた国々は、すでに詳細な計画が存在していたおかげで、専門家の意見に従い予測された緊急医療ニーズに基づき効率的かつ効果的な方法で対応し、死者数の増加を抑えることができている。

今回のように社会全体で人々の健康福祉が脅かされた際の最善策は、科学的知見に基づいて合理的な行動を取ることであり、より効果的な行動をとった国・地域ほど大きなショック、苦しみに直面した際にその恩恵を受けることができる。一方で、科学的知見に耳を貸さず、効率的で効果的な行動を取れない国や地域がその分苦しむことは明らかである。

この教訓は気候変動の脅威に対しても同様に適用できる。私たちは、問題がどこにあるのか、潜在的でかつ壊滅的なリスクの存在とそのリスクを低減するソリューションの存在をすでに理解している。科学者は、私たちが行動すればCO2の排出量は劇的に削減することができる、とすでに約30年もの間語り続けているのだ。

人類の未来が危険に晒されている今、私たちには、科学の声に耳を傾け先制的に行動する時が来ているのである。

2. Act swiftly, collectively, flexibly with care
注意しながら迅速に、集団的に、柔軟に行動すること

大規模感染の防止に成功した国々は迅速かつ柔軟に行動し、発生源の隔離、除去に向け徹底的に感染発生症例を追跡している。

中国で感染が広がってから数日で国境を封鎖した台湾は、新規感染状況を監視、追跡するためのビッグデータ、デジタルソリューションを早急に確立した。一方台湾ほどの技術力を持たないベトナムは、国内で新型コロナウイルスによる死亡例の発生を1件でも発生させないよう細心の注意を払って準備し、社会的連携による対応措置を急務として実行した。

最善の科学的アドバイスを遵守するためには人々の統制のとれた行動とコミュニティからの信頼が不可欠である。そのために国、地域、地方レベルのガバナンスメカニズムの効率性、適応性が問われ、急速に変化する不安定な状況の中でも適切なリソースの割り当てと人事の決定が必要とされる。

例えばニュージーランドでは、感染初期段階で国境をほぼ封鎖、規制遵守を訴えるため根気強くわかりやすく、そしてやさしく説明したアーダーン首相のリーダーシップは国民に高く評価され賞賛の的となった。

気候危機問題の解決においても同様に、共通で認識される目標に基づく迅速かつ柔軟な集団的行動変容があらゆる社会レベルで必要とされている。台湾、ベトナム、ニュージーランドなどの新型コロナウイルスへのレスポンスに習うように、地道に国民の理解と協力を呼びかけ、いち早く一体感のある形で脱炭素社会への移行に向けて行動できる国や地域は、全世界で気候危機に取り組む先進モデルとなるだろう。

3. Prioritize human health and leave no one behind
人間の健康を最優先し、誰一人取り残さないこと

新型コロナウイルスの感染拡大は、感染リスクにより晒されている社会的弱者の脆弱性や、最前線で戦う人々とそうでない人々の不均衡な負担など、人々の健康リスクの不平等性を浮き彫りにしている。同時に、経済的に恵まれた先進国でさえ生命保持に重要な医療機関やインフラの整備が不十分であったことが明らかとなった。人々の健康や福祉の充実よりも、自由市場での収益の確保や保険システムの民営化を優先してきた結果である。最前線で戦う医療従事者とより感染リスクの高い社会的弱者に対するケアが乏しい社会ほどウイルス対策でも乏しさが伴う。

気候危機に対処する行動についても同じことが言える。最も弱い集団・地域の安全性が見過ごされれば人間社会全体が安全ではなくなるのである。公衆衛生、そして社会的な弱者や最前線で働くワーカーたちの安全性を考慮した上で対応を備えることが、外部からのショックに対する社会全体のレジリエンス・弾力性を高めることに繋がるのである。

化石燃料に依存する今の経済が今後30年でゼロカーボン経済に移行するには、その間とてつもなく多くのタスクが存在していることを私たちは認識しなければならず、実現には最前線で戦う人々主導の大変な努力が必要となる。そしてその移行時に誰も取り残されることないよう努力する過程には、最もリスクに弱い集団が関与、参加する必要がある。

4. Local and global solidarity
ローカルかつグローバルな連帯

新型コロナウイルスへの対応にはグローバル規模の連携が欠如しているとの議論がある中、アメリカのトランプ大統領は中国に対して常軌を逸した無責任ともいえる発言を繰り返している。一方でソーシャルメディアでは、世界中の人々が自身の意思で他者のための“#stayhome”を呼び掛けている。

感染拡大を防ぐために飛行機での移動を諦め車での長距離移動を減らし自宅で仕事をするなどといった行動の数々は、気候変動という実在する大きな脅威のためにするには現実的ではないと考えられていたことでもあるが、それが今では世界中で日々の習慣となった。異なる文化により達成されている形はそれぞれであるが、社会全体が迅速に適応、自己隔離することを助長したのは紛れもなく集団的連帯感の感覚であった。

しかしトイレットペーパーの不要な買いだめ、マスク不足、アジア人に対する差別といった光景はさらなる恐怖と自己主義的な人間の弱さも明白にした。これらの破壊的ともいえる行動は少数ではあれど、自制すること、公共利益のための規律を守ること、そして困難を乗り越えるためのコミュニティの相互依存の必要性を浮き彫りにした。

新型コロナウイルスの影響で苦戦を強いられている多くの企業を救う寄付やクラウドファンディングでの投資など、人々が自主的に行っている支援に見られるように、私たちは社会全体の利益を考えさらなる行動を取ることができている。利益と生産性にとらわれた絶え間ない圧力によりこの苦境へと追い込まれていたとしても、このような相互支援的な行動を取ることは自然的であり、人間的だと言えるだろう。

世界規模のパンデミックや気候危機を解決するためには、社会、国家を越え公益のために行動し「自分」から「私たち」へ方針転換をすることが必要不可欠である。そうでなければすべてが失敗となってしまい、さらなる国や地域の対立に拍車をかけることになる。

新型コロナウイルスという感染症の発生において、人と人との間でのローカルな連帯が強くなることが証明された一方で、気候危機にはより大規模なインターナショナルな協力と連携の促進が必要となる。気候危機、生態系の危機が激化する時、私たちの健康と生態系の相関関係は一層複雑に交錯するからである。

5. Make the recovery green
グリーンに再起を遂げること

新型コロナウイルスからの最も大きな学びは間違いなく、切っても切れない人間と自然界の相互関係と、現在の搾取的経済システムが地球上の生命の基盤を損なわせているというリアリティーが具現化されたことによって生まれた気付きである。自然の過剰搾取により人間と動物間の共通感染症のリスクは高まり、ハイパーグローバル化したサプライチェーンは世界中ほぼすべての国で前例のないスピードで新型コロナウイルスの感染拡大を促進した。

コロナショックは、地球の環境収容力においてもバランスのとれた社会、経済システムへの根本的な再設計の必要性を目覚めさせるための警鐘となった。これについては、前回のコラムでも着目した。

新型コロナウイルスに対抗するために必要な変革を遂げる中、気候危機の解決に向けた長い闘いが起きる可能性について、私たちは今じっと考え、認識を新たにすることが求められている。

そこで政治、企業、金融、宗教、学者、NGO/NPO、国際機関や先住民族コミュニティなどの多くのリーダーが、今回の危機で環境や社会のサステナビリティを優先した経済回復「グリーン・リカバリー」を訴えている。これはわれわれが“これまで通りの仕事”には戻らないことを意味している。なぜならば、以前の日常に戻ることは持続不可能な経済と格差拡大に逆戻りすることを意味し、気候危機を加速させるからである。

復興対策の核となる考えは持続可能で環境にやさしく、活力に満ちた包括的な回復策であり、自然エネルギー源への移行、人々の健康への配慮、グリーンビルディングやグリーンインフラ、省エネ、ゼロカーボン輸送、有機農法のローカルフードチェーン、生態系の回復、循環型経済などの社会的優先順位の見直しと修正である。そうすれば公正で環境にやさしいビジネスや雇用が創出されていき、持続可能な社会へのシフトを支える新たなお金の流れも加速させることができるだろう。

社会経済の再設計には社会的、環境的、経済的活動と福祉の関係が総合的に評価される必要がある。そこでの成功の基準は、線形の「生産と利益」の指標だけで表されるのはなく、社会的価値や健康、福祉、およびCO2排出量削減と循環経済、生態系の再生への貢献度といったあらゆる角度で測定される必要がある。つまりは、資本主義を再考することが求められているのである。ESG投資や「ステークホルダー資本主義」の思考はその新たな道の出発点となっているのかもしれない。

科学者の意見に耳を傾け、迅速に集団でもって注意深く行動し、誰も取り残すことなく人々の健康を優先させ、ローカルかつグローバルな連帯連携を促進し、環境や社会のサステナビリティを優先するグリーンな形で、新型コロナウイルスとの戦いから回復することができたならば、人類が気候変動問題を乗り越える可能性は間違いなく高まることだろう。

  • Twitter
  • Facebook
古野 真
古野 真 (ふるの・しん)

気候変動に関するアジア投資家グループ(Asia Investor Group on Climate Change)のプロジェクトマネージャーとして2020年1月に活動を開始し、投資家の立場から投資先企業及び政府機関とのエンゲージメントを担当。ESG 投資家・気候変動専門家として活動しながら、ESGに関するブログ・情報サイト「ThinkESG.jp」の編集長も務める。現職に就任前は国際環境NGO350.orgの東アジアファイナンス担当を努め、350.orgの日本支部350Japanを2015年に立ち上げた。NGOセクターに携わる前にはオーストラリア政府の環境省で課長補佐として気候変動適応策を推進する国際協力事業を担当。気候変動影響評価・リスクマネジメントを専門とする独立コンサルタントとして国連開発計画(UNDP)、ドイツ国際協力公社(GIZ)や一般社団法人リモート・センシング技術センターのプロジェクトに参加。クイーンズランド大学社会科学・政治学部卒業(2006),オーストラリア国立大学気候変動修士課程卒業(2011)

コラムニストの記事一覧へ