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サステナブル・ブランドの作り方

第19回:「パーパスを考え直してみませんか?」

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SB-J コラムニスト・足立 直樹

こんにちは、サステナブルビジネス・プロデューサーの足立です。あっという間に今年も終わってしまいそうなので、慌てて寄稿です。

今年はサステナビリティに関してもなかなか動きの速い一年だったように思いますが、やはり一番印象的だったのはグレタさんではないでしょうか。米タイム誌の「今年の人」にも選ばれたぐらいで、国際的にも非常に大きな話題となり、また影響を与えました。

その背景は、やはり気候危機(そう言えば、「気候変動」ではなく、「気候危機」という言葉が一般化したのも今年ですね)を切実に感じる人々が世界的に増えてきたということがあるでしょう。日本でも台風15号と19号が関東を含めた広い地域を襲いましたが、海外ではベネチアの8割が水没し、オーストラリアでは最高気温が50度に達する寸前の猛暑が続いています。もちろん人々の生活や経済活動にも多大な影響を与えています。

ですので、サステナビリティへは本業の傍ら取り組めばいいのではなく、経営の中心課題になり、経営が本気で取り組む時代になってきました。その取り組みの姿勢が企業の評価を決めるどころか、舵取りを誤ったら企業としての将来も危うくなってしまいます。

日本ではまだそこまで感じられないかもしれませんが、海外の動きを見ていると、先進的な企業は本気で取り組んでいるのが本当にわかります。様々な場面に経営トップが登場し、自分の言葉で、どうビジネスを持続可能に変えていくかということを滔々と語っています。これまでのやり方をガラリと変えることはもはや普通です。サプライヤーにも協力を求めるのは当たり前、競合企業と一緒になって問題解決に取り組んだり、必要とあらばコストがかかる手段も躊躇なく取り入れています。

SDGsの中には繰り返しトランスフォーメーション(変革、変容)という言葉が出てくるのをご存知かもしれませんが、そうでなくてはとても問題は解決できないのです。今や”transformative change”がサステナビリティの合い言葉のようになっています。これまでの取り組みや小さな改善の積み重ねでは、私たちがいま必要としている状態にはなかなかたどり着けない。だから、変革を起こそうというわけです。

なんだかどこかで聞いたような話だなと思ったら、経営の神様こと松下幸之助が「5%や10%の改善は、時には50%の抜本的改革よりもっと難しい」と随分前におっしゃっていたそうです。その理由として幸之助は、「それは50%の改革が現状否定からスタートするのに対し、5%や10%の改善は現状肯定からスタートするからである」と説明したそうですが、日本企業が世界に躍進できたのは、まさにこの精神のおかげだったのでしょう。

しかし、いみじくも幸之助が言ったように、現状をベースに考えてしまうとなかなか大きな変化は生み出せないのです。今や製品の改善どころか、ビジネスモデルの変革まで求められる状況です。そうした中で障害になるのは、これが自分たちのやり方なのだと言う思い込みや、自分たちはこれしかできないと言う思い込みです。

その最たるものは自分たちのビジネスの定義でしょう。自分たちは「〇〇屋」だというビジネスの定義はもちろん、自分たちのミッションは〇〇であるという思い込みが、それ以外の可能性を見えなくしてしまうのです。

気候変動に関連して言えば、化石燃料を使わざるを得ないとこれまで常識的に考えられてきた産業は特にその傾向が強いのではないでしょうか。たとえば、航空会社です。自動車はもはやEVへのシフトが止められなくなりどんどん加速していますし、最近は海運でもAIによる高効率の帆船などが開発されています。

しかし、空を飛ぶ飛行機にあっては、重いバッテリーを積むわけにはいかない。一方で、高速に、大量に、人や物を輸送する需要は今後も伸び続けるだろう。そうした輸送手段を提供し続けることが自分たちの使命である。

そのように考えれば考えるほど、CO2の大きな発生源でありながら、それは致し方ないことだとあきらめてしまいがちです。バイオ燃料を使ったり、小型機ではモーターで飛ばす実験をしたりと少しずつ取り組みも進んでいるようですが…

そんな中で今回ご紹介したいのが、今年創業100周年を迎えたKLMのコマーシャルです。まずはご覧ください。

KLM Royal Dutch Airlines: Fly Responsibly‐フライ レスポンシブリー (責任ある航行)

会議のために出張するビジネス客は、航空会社にとっては最重要の顧客のはずです。しかし、そのビジネス客に対して「本当に会って話をする必要がありますか?」と問いかけ、飛行機の代わりに列車での移動を提案したり、そしてどうしても飛行機を選ぶときには、荷物を減らしたり、カーボンオフセットを考えてもらえませんか?と顧客にお願いをしています。そして最後に種明かしされるのは… 世界中でロケして撮影したように見えるこのCMの作成も、実はスタジオの中で、つまり飛行機に一度も乗ることなく撮影・製作したという事実。

この短いCMの中にいくつも興味深いポイントがあるのですが、やはり最大のポイントは、航空会社でありながら、顧客に飛ばないことや、鉄道での移動を提案していることでしょう。

もちろんそれは、KLMのテーマである”Fly Responsibly”(責任ある航行)のためであり、また最近欧州では、グレタさんの影響で飛行機で旅行をするのが恥だという「飛び恥(flying shame、スウェーデン語ではflygskam)」が増えていることも意識しているのでしょう。

けれどこの大胆な提言を含むCMのためには、自分たちのミッション、そしてパーパス(存在意義)は何かを考える必要があったはずです。

もしKLMオランダ航空が、飛行機でより多くの人と荷物をスピーディーに快適に輸送することだけが自分たちのミッションであると考えていたら、そしてそのためにより多くの飛行機を飛ばそうと考えていたら、こうした提案はできなかったはずです。

「責任あるやり方で」「節度をもって」という形容詞を付けたとしても、じゃあどこまで許容できるのかと判断ができない場面も出てきて、どうしてもブレが生じるでしょう。

おそらくKLMは、100周年を迎えるにあたって、では次の100年はどうなるか、どうすべきか。そのことを真剣に考えたはずです。するとどうしても、これまでの単純な延長上にはサステナブルな姿が見えなかったのではないでしょうか。ビジネスを拡大すればするほど、CO2など環境負荷は増えてしまう。このままでは自分たちの評判は落ち、ビジネスが危うくなる可能性すら考えたかもしれません。航空会社だけ聖域でいられるとの保証はないからです。

それでは、自分たちの本当のパーパス(存在意義)は何か?と考え直したときに、それは単にスムーズなフライトを提供することではなく、高速の移動手段を責任あるやり方で提供することだと気が付いたのではないでしょうか。

であれば、飛行機にこだわらなくてもいいのです。短距離であれば、鉄道の方がトータルではむしろ時間がかからない場合もあります。KLMの母港であるスキポール空港(アムステルダム)を利用したことがある方なら覚えていらっしゃるかもしれませんが、駅は空港直結でとても便利にできています。

実はこの提案にはさらに裏話もあるようで、欧州のハブ空港の一つともなっているスキポール空港は、すでにパンパンの利用状況であり、航空会社にとってより重要な長距離の便を増やすためには、短距離の便は減らさざるをえない状態であるとも聞きます。しかし、それでも航空会社が鉄道の利用を勧めるというのは、なかなか思い切ったことではないでしょうか。

気候危機に立ち向かうために、今やあらゆる企業が具体的な、そして身を切るような行動を求められています。そのためには、自分たちのミッションは何なのか、パーパス(存在意義)は何なのかを問い直す必要も出てくるかもしれません。しかし、勇気をもってパーパスから問い直してみると、そこにはもっとサステナブルなパーパスが見つかるという好例と言えるのではないでしょうか。

あなたの会社の本当のパーパスは何なのか?もちろん地球もビジネスもサステナブルになることを前提に、年末年始にじっくりと考えてみてはいかがでしょうか。

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足立 直樹
足立 直樹 (あだち・なおき)

サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役。一般社団法人企業と生物多様性イニシアティブ理事・事務局長。東京大学・同大学院で生態学を学び、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア国立森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、独立。2006年にレスポンスアビリティを設立し現在に至る。2008年からは企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長も兼務。

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