ネイチャーポジティブと地域課題解決を目指した「ウニ再生養殖」、北三陸のベンチャーが取り組む本気の挑戦
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岩手県洋野町の人口は約1万4000人、そのうちの多くが漁業従事者だという。ウニやアワビを中心とした漁業は町の主要な産業の1つだが、漁獲量は大きく減少している。地球温暖化による海水温の上昇や、餌となる海藻がいなくなる、海の砂漠化とも呼ばれる「磯焼け」が主な原因だという。同町を拠点とする水産ベンチャーの北三陸ファクトリーは、こうした社会課題を解決し地域のにぎわいを取り戻すため、海産物のブランディングや、藻場再生・ウニ再生養殖を主な事業として取り組んでいる。ネイチャーポジティブを実現する同社の取り組みや海洋の変化などについて、サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサーの足立直樹氏が、北三陸ファクトリー代表取締役副社長兼COOの眞下(まっか)美紀子氏に話を聞いた。
負のスパイラルを断ち切るため、「磯焼け」を解決
足立直樹(以下、足立):御社の取り組みは、これから必要とされているネイチャーポジティブにつながるものとして素晴らしいと思います。これは、先人たちが築いた「うに牧場®」の知恵を引き継ぎ、「藻場の再生」と「ウニ再生養殖」を行っているのですね。取り組みに至った背景や事業内容など詳しく教えていただけますか。
眞下美紀子(以下、眞下) :まず、土台となっている「うに牧場®」ですが、当社の拠点である洋野町は、遠浅の岩盤がずっと連なるような海の環境下にあります。干潮時に水位が下がると岩盤に生えている海藻類がむき出しになり、干上がってしまいます。町の特産品はウニやアワビなのですが、その餌となるのがコンブやワカメなどの海藻類です。そこで漁場の海藻を守るために1970年代頃から、岩盤に溝を掘り、海藻を豊富に生える漁場を作りました。それが「うに牧場®」であり、現在、この溝は17.5キロメートルぐらいの間に178本が点在しています。
第2回SB-Japanフォーラム講演資料より
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足立:海藻を守ることで自分たちの生業が成り立つと考えたわけですね。これまでの養殖とは少し異なり、人の手で管理することで漁業を維持する方法として先駆的ではないですか?
眞下:そうですね、世界的に見ても例がない事例です。一方で、洋野町だけでなく日本全国を見ると、年々、地球温暖化により海水温が上昇し、ウニの成長が活発になったり海中で繁殖が助長され、海藻を食いつくしてしまうという現象が見られています。そこから海の砂漠化である「磯焼け」となります。その海中のウニたちは餌がないため痩せてしまい、漁師さんは収穫しない。そうしたウニが海中に残されることで、さらに磯焼けが加速するといった負のスパイラルに陥ってしまいます。
その負のスパイラルを解決するために、当社では「ウニ再生養殖」を開発しました。ウニ再生養殖は、北海道大学 大学院水産科学研究院と連携し行っています。
実は、北三陸ファクトリーの前身となる「ひろの屋」は、2016年からウニの入札権を取得して、ウニの事業を始めていました。最初こそウニの状態は良かったのですが、その後すぐに、漁師さんから餌となる海藻がないといった声を聞くようになりました。
そこで、現在当社の代表を務める下苧坪之典(したうつぼ・ゆきのり)が、温暖化で外部環境が変化していくことを見越し、ウニをより管理しながら生産することが必要なんじゃないかと考えました。ウニ類を研究して養殖技術を開発されている、北海道大学の浦 和寛先生に教えを請う、2017年から小規模ですが、ウニ養殖を始めました。当社では「ウニ再生養殖」と呼んでいます。
足立:その餌なども独自に開発し、特許を取得されていますね。
眞下:海藻由来の粉末を使い、ペレット状の餌「HAGUKUMU-TANE(はぐぐむたね)」を開発しました。海藻のままだと冷蔵や冷凍で保管しなければなりませんが、ペレット状にすれば、常温でも保管でき、たくさん生産することによってコストメリットも出てきます。今後は海藻の端材を使い、よりサステナブルにする予定です。また、DX化も図っていきたいと考えています。例えば、ウニは殻を割らないと実入り状態が分からないのですが、割らなくても実入り状態が分かる検査機も開発中です。
足立:磯焼けについて、御社の取り組みによって改善されたなど、成果は出ていますか。
眞下:ウニは「sea urchin」、つまり「海の暴れん坊」と言われていて、海藻を食い尽くしてしまいます。ウニを獲るだけでもある程度の効果はありますが、一度海藻がほとんどなくなってしまった場所では海藻を生やす必要があるので、それを同時進行しています。なぜ磯焼けが起きているのかは、特に日本で分析は進んでいませんし、明確な原因が分からないので、仮説を立てながら取り組むしかなく、まだまだ“成果”とは言えませんね。
また、失われた藻場を回復するには、ウニを駆除するだけでは効果が薄いと言われています。繰り返しになりますが、ウニを駆除し管理すると同時に、海藻を生やす取り組みが重要になります。私たちは藻場再生活動として、ウニの殻を活用し、海藻が繁茂する堆肥ブロックを作り海に沈めています。ウニの殻には窒素、リン、マグネシウムが含まれており、ウニの栄養源となります。通常であれば産業廃棄物となってしまうウニ殻を活用することで、余すところなくウニを活用し、ウニの可能性を引き出していきたいと考えています。
足立:温度管理はどうしているのですか?
眞下:今後行う、陸上でのウニ再生養殖に関しては水温管理を徹底します。しかし、天然漁業である「うに牧場®」のウニに関しては、温度が上がらないような工夫は、今のところできていません。先日登壇させていただいたSB-Jフォーラムには、さまざまな業種の方が参加されていましたが、そうした技術がある企業と連携して、取り組んでいく必要があると思っています。
足立:私は、磯焼けの大きな原因の1つは、水温の上昇ではないかと思います。この部分は今のままだと何ともしがたいですよね。水温上昇に適応するために人手をかけながら漁業をする、その道筋を御社が示されたのではないでしょうか。
地域の“にぎわい”につながる好循環をつくりたい
9月24日のSB-Japanフォーラムで講演する眞下氏
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足立:眞下さんは、北三陸ファクトリーで持続可能な水産業を実現する事業を行うと同時に、2022年に一般社団法人moova(モーバ)を立ち上げ、代表理事として地域振興事業や海洋教育事業を手掛けられています。どういう思いでこういった事業に取り組んでいるのですか?
眞下:私は洋野町生まれで、大学進学時に町を離れたのですが、子どもの頃は、海には海藻があってウニがたくさん取れて、私の母もウニむきの手伝いに行ったりしていました。とても活気のある、にぎわいがあった風景を見てきたのです。
そのときと比べると今、町の経済は負のスパイラルに巻き込まれてしまっています。藻場を再生させ、おいしいウニを育て提供することによってお客さまに喜んでいただいて、地域のにぎわいにつながる好循環を作りたいと思い、Uターンをしました。
それもただ、地域内で盛り上がるだけではなく、もっと広い世界とつながって、人々が海に触れることをもっと身近に感じる、そういう世界を作りたいと思っています。
魚種が北上、三陸の海ではないという危機感
足立:温暖化で海水温が上がり、各地で魚が増えたり、普通は来ない魚種が発見されたりしています。眞下さんが感じる生態系の変化はありますか。
眞下:大きく2つあります。1つは、洋野町海域で獲れるウニは主にキタムラサキウニなのですが、かつてはエゾバフンウニが1割程度獲れていました。それがもうほぼ獲れなくなってしまっている。エゾバフンウニは海水温が23度になると死んでしまうそうです。
それから、岩手の中部沿岸では、南方で獲れる「アイゴ」が発生したり、三陸ではなかなか見られなかった、南方にいるトゲが長いウニ「ガンガゼ」が発見されたということも聞いています。魚種がどんどん北上してきて、本来の三陸の海ではないような状況になっています。
足立:やはり陸上養殖を増やしていかないと、洋野町のウニの生産や水産業の回復は難しいでしょうか。
眞下:我々は日々海に接しているので、非常に危機感があります。海産物が獲れなくなって、地域経済も回らなくなり、漁師さんの希望が失われている様子が目に見えて分かります。洋野町だけでなく、日本全国こういう地域は多いと思うのです。
やはり1次産業の生産者がいるから、私たちはおいしい物を食べることができる。海から恩恵を受けてきた者として、課題解決に向けたアクションを起こすことが必要です。それを全て1人でできるわけではないので、地域内外や海外、他業種も含めて連携することが重要です。
足立:日本も国としてもネイチャーポジティブを進めていかなくてはいけませんが、まだあまり企業による事例がありません。私は1次産業を復興することは非常に重要で、付加価値を高めてもうかる1次産業にしなければといろいろな所で話しています。御社の取り組みはまさにその好事例だと思います。
養殖ものと天然もの、2つの価値を高めるブランディングに注力
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足立:今後はどのような事業計画があるのでしょうか。
眞下:まず着手するのが陸上養殖です。先ほど足立さんがおっしゃったとおり、水温が上がっていく中で、海面でウニを養殖することは不安定になってきています。ウニを磯焼け海域から獲ってきて、陸上で育てれば、磯焼けの対策を前進させることにもなります。
足立:その陸上養殖は、具体的にどのくらいの規模のビジネスにしていく計画ですか。
眞下:漁業者の収入につながるように、実入りの悪いウニを当社が買い取って、おいしいウニに育てるといったスキーム作りが非常に大切になります。
洋野町のもともとの「うに牧場®」の年間生産量が多くて300トンでしたが、それが3分の1くらいに減ってきています。まずは、養殖ウニでその数量をカバーしたいと考えているのと、同時に、天然漁業を行う漁場を海藻が生えるよう回復させるために、トリート(処理)したいと考えています。
また、洋野だけでは面積に限りがあります。他地域と連携して陸上養殖と藻場再生のネットワークを作りながら、生産していく形を考えています。
足立:他の地域でも陸上養殖をするとなると、「北三陸産」というブランディングは、どう解決されるつもりですか。
眞下:実はブランディングに関して、特に今年度はかなり強化をしようと考えています。海の課題に関心を寄せるシェフの方が増えてきているので、その方たちとウニ再生養殖で作られたウニを楽しむイベントを打ち出して、一緒に海を守る取り組みを広めていくなども考えています。
また、磯焼け問題をはじめとする海の課題を共有し、アクションに起こす場である「JAPAN UNI SUMMIT」も主催していますので、積極的に発信していきたいと思います。
ウニは世界的にもニーズが高まってきています。そのニーズに、安定供給できる「陸上養殖」で応えていきながら、漁場・藻場をトリートし、天然のウニの価値を長期的に高めていけるようにしていきたいです。日本の1次産業を守り、2次・3次産業と産業を築くためにも、ウニ養殖は大きな可能性を秘めていると考えています。
私たちの取り組みは、まだ道半ばで、自分としてはまだまだ目標の2割弱くらいしかできていない。洋野だけでなく、漁村や水産業の再興は急務で、この10年間で結果を出さないといけないと思っています。未来を見据えながらどう持続可能にしていくか。ここから加速していきます。
眞下美紀子(まっか・みきこ)
1982年 洋野町種市生まれ。
2016年、地元である岩手県洋野町の水産加工会社「(株)ひろの屋」に入社。
町の事業「北三陸ブランドプロジェクト」の事務局長など地域を巻き込んだ、地域食材のブランディング・営業活動に従事。現在は、株式会社北三陸ファクトリーの代表取締役COOとして、持続可能な水産業を実現する事業を行うと同時に、2022年12月一般社団法人moovaを立ち上げ、海洋教育事業、地域振興事業などを行い、地域と産業を軸にした「にぎわいづくり」に注力している。
インタビューを終えて
足立直樹
北三陸ファクトリーの取り組みは以前から気になっていましたので、今回直接お話をうかがえて、とても勉強になりました。
海水の温度上昇で海の生態系がすでに大きく変化しているという話はショッキングでしたが、その中で水産業をどう続けていくかというのは非常に大きな課題です。養殖で補うという考え方もありますが、それでは海の生態系は回復しませんし、別の環境負荷も発生してしまいます。そうした中、ウニの数をうまく管理し、藻場を再生し、海上養殖(再生養殖)と陸上養殖の両方をうまく同時に行い、生産量を着実に増やしている同社の取り組みは、とても素晴らしいものだと思います。
また、G7や生物多様性条約でネイチャーポジティブを目指すことに多くの国が合意はしたものの、実際には自然を増やすというのはそう簡単ではありません。私は1次産業こそ「期待の星」だと考えているのですが、同社の取り組みはまさにそれを実証してくれるものだと思います。ところが、日本では1次産業は古臭い、もうからない産業だと考えられがちです。一方、海外では、農林水産業はいずれも成長産業として注目されているのです。もちろん、そのためには新しい考え方や手法を導入することが必要です。つまり古臭いのは1次産業ではなく、私たちの認識の方なのです。
今回のインタビューに先立ち開催されたSB-Japanフォーラムにおいても、ネイチャーポジティブなビジネスに大きなチャンスがあることや、そうした新しいビジネスに注目が集まっていることを紹介したのですが、同社の事業にはその好事例としてさらに成長して欲しいと願っています。また、読者の方の会社でも、自然を増やすことでビジネスを作れないか、これまでのビジネスで培って来たリソースを生かす形で考えていただければと思います。
文・構成 松島香織(サステナブル・ブランド ジャパン)