サステナブル・ブランド創設者に聞く、世界のビジネスキーワード「リジェネレーション」とは? (前編)
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今年2月に開催した、サステナブル・ブランド国際会議2024東京・丸の内のテーマは「Regenerating Local(リジェネレイティング・ローカル)―ここから始める。未来をつくる。」だった。再生を意味する“リジェネレーション”は世界のビジネスのキーワードであり、日本でも広まりつつある考え方だ。なぜ今「リジェネレイティング・ローカル」なのか。米国から来日したサステナブル・ブランドの創設者コーアン・スカジニア氏に、サステナブル・ブランド ジャパンでサステナビリティ・プロデューサーを務める足立直樹氏が話を聞いた。
改めて「リジェネレーション」を考える
足立直樹(以下、足立):サステナブル・ブランド国際会議のテーマに初めて“リジェネレーション”という言葉が登場したのは2021年でしたよね。
コーアン・スカジニア(以下、スカジニア):そうです。でも実は、サステナブル・ブランドが初めてリジェネレーションという概念を紹介したのは2014年なのです。当時、米国でもこの言葉を知っている人はほとんどいませんでした。2021年でもごくわずかな人しか知りませんでした。リジェネレーションは今も進化している概念で、米国でもまだ漠然と理解されているという状況だと思います。
足立:私が初めてリジェネレーションという言葉を耳にしたのは建築の分野だったと思うのですが、2020年頃に再びリジェネレーションをよく聞くようになりました。それはリジェネラティブ農業(環境再生型農業)という言葉でした。農業においてリジェネレーションが求められていることはよく理解できます。これまでの農業では土壌が破壊されてしまい、農業を続けるためには土壌を再生させることが必要だからです。しかし、すぐにリジェネレーションがもっと広い意味を持つことに気づきました。コーアンさんはリジェネレーションをどのように捉えていますか?
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スカジニア:サステナビリティ(持続可能性)という考え方は根本的に、私たちが望む未来へ導いてくれません。なぜなら、私たちの現在の暮らしやビジネスの在り方がサステナブルではないからです。現状を持続させるのでは、いずれ崖っぷちに立たされます。サステナビリティは安定させるということであり、ネガティブなインパクトを減らすということです。
一方、リジェネレーションは、システムそのものが再生(リジェネレート)されていく新しいシステムを私たちがつくりださなければならいことを前提とした概念です。私たちがすべきなのは、人間のシステムと環境のシステムがそれぞれのシステムを自ら再生し、繁栄させる状態をつくることです。
また、サステナビリティとリジェネレーションの違いは、「魚を与えるか、魚の釣り方を教えるか」という言葉に例えることもできます。サステナビリティは時として、人に魚の釣り方ではなく、魚を与えるようなアプローチです。でも、私たちが選択すべきは、私たちがその場を去っても、その人が食べ続けられるようにすることです。環境も同じです。その環境が健全で繁栄し続けるように、私たちは環境を再生していきたいのです。
足立:よく分かります。現在のシステムがサステナブルでないことは多くの人が認識しています。だからこそシステム全体が本質的にサステナブルになる状況を目指す必要がありますよね。そして、そうしたシステムをつくるには、まずリジェネレーションが必要になるということですね。
スカジニア:そうですね。持続可能な形でリジェネレーションしていくことが、私たちが目指していることです。
今なぜ「リジェネレイティング・ローカル」か?
足立:それでは、2023年度のサステナブル・ブランド国際会議のテーマを「リジェネレイティング・ローカル」にしたのはなぜでしょうか?
スカジニア:私が初めてリジェネレーションという考え方に出会ったのは2010年頃でした。あるコンサルタントと知り合い、その方が環境負荷に関して“文脈に基づいた測定”に力を入れていたのです。
私たちは、生物多様性の損失や水ストレスの増大など、環境的ストレスや社会的ストレスに直面しています。しかし、重要なことは、地球上のすべての場所で負荷や緊急性が異なり、ストレス要因を解決する方法は事業を行っている場所によってさまざまだということです。そのため、ビジネスを行う地域の環境や生態系を理解することが必要です。多国籍企業が共通の目標を設定していても、日本の状況と他の国・地域の状況は大きく異なります。日本国内でも地域によって変わると思います。
そして、私たちはいま一度、リジェネラティブなシステムをつくるために何ができるのかを考える必要もあります。こうしたことが発想のきっかけとなり、今回のテーマ「リジェネレイティング・ローカル」が誕生しました。
足立:なるほど、「私たちは何ができるか」を考えれば、それは自然と「今、ここから始める」必要があるわけですね。リジェネレーションは、ネガティブなインパクトを減らすだけでなく、考え方やビジネスの方法を変えること。では、その変化を起こすことが本当に必要だということを、どうしたら人々に納得してもらえるでしょうか? サステナビリティもまだ達成していないのに、リジェネレーションについて考えられないという人もいるかもしれません。
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スカジニア:残念ながら、考え方やビジネスの方法を変えることができなければ、進むべき方向に向かうことができません。
2006年にサステナブル・ブランドを立ち上げた当初、人々はサステナビリティを理解していませんでした。CSRという概念はありましたが、システム全体がサステナブルではないという考えは、ビジネスの世界で一般的ではありませんでした。そこで、周囲を説得するためにとった方法は時間をかけてそれを示していくことでした。
さらに、サステナブル・ブランドを立ち上げる前、私はヒューレット・パッカードのダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンの責任者だった女性の講演を聞きました。内容は、社会やビジネスにおいて変革を促進する方法についてでしたが、彼女の3つのアドバイスはサステナブル・ブランドを世界に広めるのに役立ちました。
1つ目は、少数派のグループを形成することです。さまざまな分野に散らばっている、共通した規格外の発想を持つ人を新しい方法で一つの部屋に集め、人々が異なる方法でシステム全体を見ることができるよう手助けするのです。そうすることで新しいムーブメントが起こり、イノベーションが生まれるのです。
2つ目は、ポジティブなものを増幅させることです。サステナブル・ブランドを立ち上げたとき、ビジネスは人類の未来の敵だと思われていました。しかし、私はそうではなく、ビジネスをヒーローにしなければならず、サステナビリティに注力することで利益を上げることができなければ、ビジネスをヒーローにはできないと伝えました。ポジティブなものを増幅させることが重要だと考え、初めの頃は、最前線で道を切り開く企業の小さな事例を探して取り上げました。市場の推進力や、その推進力に早期に対応することで、なぜ長期的に勝利を収めることができるのかを理解してもらおうと試みたのです。
3つ目は、商品やサービスを売りたい相手に「自分を似せる」ということです。人は自らに似た者同士でコミュニティをつくります。そのため、変革を起こしたいと思っているビジネスパーソンが疎外感を感じることなく安心して参加でき、認められていると感じられます。そうした合理的な会話ができるコミュニティをつくったのです。
ですから、多くの人がまだリジェネレーションという概念を理解していないとしても、私は心配していません。もちろん取り組みを加速させることは必要です。私たちがすでに地球にもたらしたダメージを、再生するシステムをつくっていかなければなりません。
(後編に続く)
取材・文:小松遥香 写真:松島香織(サステナブル・ブランド ジャパン)