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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

「子どもたちの幸せな未来」のために、先生から教育を変える――三原菜央・スマイルバトン代表

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専門学校の教員をしていた三原菜央氏は、仕事にやりがいを持っていた。しかし、生徒の進路指導をする中で、次第に「教育現場と社会との乖離」を感じるように。一念発起した三原氏は教育現場を飛び出し、一般企業に転職。そして、その仕事の傍ら、先生と社会をつなぐコミュニティ「先生の学校」を立ち上げた。「先生から、教育を変えて行きたい」、そう語る三原氏。なぜ彼女は「先生」にアプローチするのか。その先にどのような未来があるのか。彼女の目指す教育現場のあり方について話を聞いた。(笠井 美春)

教育現場と社会をつなぐコミュニティ「先生の学校」とは

「先生の学校」と聞くと、誰もが、先生たちがさまざまな意見を出し合い、教育の質を高めていくコミュニティを想像するだろう。たしかに、三原氏が立ち上げた「先生の学校」もその様相ではある。しかし、扱うテーマが想像とは全く違っていた。

ここで展開されるのは国語、算数などの教科の学習ではなく、「社会で今注目をされている学び」。例えば、コーチング、ファシリテーションスキル、マネジメント、心理学、脳科学、ICT教育、Problem Based Learning、SDGs、システム思考、フィンランドや米ミネルバ大学などの海外教育などだ。

2016年設立当初は、月1回ほど、都内で教育に関するイベントを開催することからはじめたという「先生の学校」。

「教科のプロフェッショナルである先生が、日々の仕事の中では学ぶ機会が少ないけれど、社会に必要とされるスキルや、海外の教育事情などに触れられる場所を作りたかったんです」

「学校と社会をつなぐ場所にしたい」という思いでスタートしたこのコミュニティは、設立から4年を経て、2020年夏、教育メディアコミュニティとして、大きくリモデルした。以前から開催し続けてきたイベントに加え、コミュニティサイトを立ち上げ、その中で教育関連の記事を随時更新。月450円で会員となれば、年に3回発行される雑誌『HOPE』を受け取り、研究会や部活動などにも参加できる多角的なサービス展開をスタートしたのだ。入会は教員に限定しておらず、教育に興味のある人ながら誰でも参加可能。会員はイベントへ無料で参加できるなど、学びの幅を大きく広げている。

「教員から一般企業に転職して、4年間広報の仕事をしていましたが、今年に入って、会社を退職しました。広報の仕事は学びが多く、とても楽しかったのですが、やはり人生をかけて何をやるか、改めて考えた時に、自分の作りたいサービスや、作りたい社会を手掛けることに命を燃やしたいと思ったんです。ようやく、教育に軸足を置いてやっていこうという決心がつきました」

満を持してリニューアルした「先生の学校」は、現在、新型コロナウイルス感染症の流行もあり、オンラインイベントを中心に活動している。直接のコミュニケーションは難しくなったものの、口コミでその活動が広まり、次第に、全国各地や海外からも多くの会員、セミナー参加者が集まるようになった。

「2020年は、教育現場でオンライン化の必要性が浮き彫りになり、変革の重要性を多くの人が実感しました。実は、日本の教育は明治維新以降、150年間ほぼ変わっていません。スマートフォンが当たり前の現代に、その時代の教育制度がそぐわないのはあたりまえですよね。まさに、変化の時が来たと感じています」

このままでは生徒たちの機会損失になるという危機感が、分岐点に

教育改革について、並々ならぬ熱意を持つ三原氏。その彼女を奮い立たせているのは、教員時代に教育現場で感じた、どうしようもない危機感だという。

転職前の8年間、三原氏が主に教鞭をふるっていたのは保育士・幼稚園教諭を育成する専門学校だった。「天職だ」と感じるほどに教員の仕事は楽しく、やりがいがあったと語る三原氏。しかしある時、ある男子生徒に「先生のおすすめの一般企業はどこなの?」と聞かれたことで、はっとしたという。

「その時の私は、彼らに語ることができるほど一般社会、企業のことを知りませんでした。保育、幼稚園業界の知識はあるものの、彼らは必ずしもその世界で生きていくとは限りません。くしくも、これらの職種の給与は決して高いとは言えない。この仕事をずっと続けられるかどうか不安を持つ生徒たちは多く、私を信頼して質問をしてくれたのに、それに答えることができなかったんです」

この出来事から、三原氏は「自分自身がここで学びを停止している場合じゃない。学び続けなければ、生徒たちの機会損失を生んでしまう」と危機感を抱き、専門とする分野の外に、目を向けるようになったのだという。

その後、転職した一般企業で働きながら、副業制度を利用して「先生の学校」をスタートした三原氏。活動を通じて、自分と同じように危機感を持ったり、変化の必要性を感じている先生がたくさんいるということを実感した。しかし、前例がないから、横並びでないから新しいチャレンジが難しい、などの声を聞き、ずっと続いてきた考え方を変えるのは至難の業だと痛感することになった。

「“どうせ変わらない”ではなく、“自分たちが変えていこう”というムードを作りたいと思いました。そこから、教育現場は変わるはず。長期的なスパンで先生一人ひとりの意識を変えていくことがとても重要だと考えるようになりました」

そう語る三原氏の思いは、「先生の学校」を通して、少しずつ広がってきている。ある時、九州地区で会員数が急増した。原因は、先生の口コミで、ある教育長に「先生の学校」の活動が伝わったことだった。

「教育長さんが教育委員会のメンバーに参加をおすすめしてくれていたようなんです。東京でスタートした活動ですが、先生方の手でコミュニティに広がっていくのは、とても嬉しいですね」

子どもたちの「幸せな未来」のために、社会全体で変わらなくては

教育現場の変革に取り組む「先生の学校」。一方で国からは新しい学習指導要領が発表され、「生きる力を育む」をテーマに、何をどう学ぶかについて、戦後最大の改革がスタートしている。

「新学習指導要領は、人間性や思考力、表現力などを含め、社会に出てからも役立つ力を学ぶことを掲げています。しかし、いくら学びの内容が変わっても、子どもたちが出ていく社会が変わらなければ意味がありません」

学校で偏差値至上主義を打ち消しても、社会がそれを求めていては、子どもの取り巻く環境は変化することができない。さまざまな価値観を受け入れる社会を作ることで、ようやく教育改革は意味を成すのだと、三原氏は言う。

今の社会は「いい大学に入り、いい会社に入りなさい」と言われて育ってきた大人が作っている。だからこそ、一度つまずくと、なかなか起き上がりにくく、レールから外れることに恐怖を感じることも多い。これでは、子どもたちの多様な夢や挑戦を受け入れることは難しいだろう。

「教育内容、教育現場、社会。それらがともに変わることで、子どもたちは、幸せに生きられる未来を手に入れることができるんです。すぐに結果を出すことが難しい変革だからこそ、できるところから、じっくり取り組んでいきたいですね」

まずは、大人が幸せに。それが子どもの幸せにつながる

変化を必要とするこれからの教育現場において、「自分は大人にアプローチしたい」と、語る三原氏。そこには、教員時代に教室で感じた思いがあった。

「子どもたちは先生の映し鏡です。私がやましい気持ちでいれば、子どもたちは絶対に本心でぶつかってきてくれない。でも、素直に向き合えば、子どもたちもまっすぐにこちらを見てくれるんです」

本気同士で向き合うからこそ、そこに成長がある。大人の姿が子どもを動かすというこの経験から、三原氏は「大人が幸せでなければ、子どもは幸せになれない」と考えるようになったという。

「先生がいきいきと自分の人生を楽しんでいることが、結果的に生徒にいい影響を与える。だからこそ、私は、先生が自分の可能性や個性を開放して、本気で人生を楽しんでほしいと思っています」

そのための活動が「先生の学校」というわけだ。教育現場において、「子ども」、「保護者」にアプローチをするサービスは多々ある。しかし、「先生」へのアプローチは極端に少ない。そこが先生の視野を狭め、視座を下げてしまう。より手軽に簡単に、いつもとは別の環境に身を置き、学校とは違う価値観に触れたり、新しい視点が得られる場、先生にとっての「サードプレイス」を、これからも作っていきたいと三原氏は語る。

「一般企業への転職活動を始めたばかりの頃、私は自分に何ができて、何が社会から求められているのか、さっぱり分かりませんでした。同じ環境に身を置き続けると、専門性は高められても、外の世界を意識することが少なく、社会の中での自分が見えづらくなるものです。しかし、目の前にいる子どもたちは、その社会に向かって歩んでいく。思考停止している場合ではないんですよね」

今日までの日々が当たり前ではないと、誰もが痛感した2020年。

教育現場でも「前年踏襲」が不可能になり、変化を余儀なくされた。その中で、どう変わっていくか。大切なのは、制度や教育内容の変化よりも、実際に子どもたちが触れる「身近な働く大人」である先生の変化ではないだろうか。彼らがいきいきと働き、楽しんで生きている姿は、何よりも子どもたちに明るい未来を伝えるだろう。

そのために、三原氏は「先生の学校」において、先生たちに新たな場所を与え、変化するための鋭気を養う時間を提供していた。

では、教育の場を巣立った子どもたちが向かう社会そのものは、どう変化していくべきなのだろうか。社会全体が、そのことに真剣に向き合う時が来ているのだ。

三原 菜央 

株式会社スマイルバトン 代表取締役社長
1984年岐阜県生まれ。大学卒業後、8年間、保育士・幼稚園教諭を養成する専門学校・大学で教員および学校広報を担当。その後一般企業に転職。株式会社リクルートライフスタイルで広報PRのキャリアを積む傍ら2016年9月『先生の学校』を立ち上げ、2020年3月には株式会社スマイルバトンを創立。同年7月『先生の学校』をリモデルし、教育現場の改革から「先生と子どもたちの幸せな未来づくり」に邁進している。著書:「自分らしく働く パラレルキャリアのつくり方(秀和システム)」

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笠井美春(かさい・みはる)

愛媛県今治市出身。早稲田大学第一文学部にて文芸を専修。卒業後、株式会社博展において秘書、採用、人材育成、広報に携わったのち、2011年からフリーライターへ。企業誌や雑誌で幅広く取材、インタビュー原稿に携わり、2019年からは中学道徳教科書において創作文も執筆中。