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老朽化した原発や石炭火力を温存する「容量市場」の見直しを――eシフト事務局吉田明子さん

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将来の電力不足を防ぐ目的で国が新設した「容量市場」のあり方に市民団体などが危機感を強めている。容量市場は発電会社が持っている設備能力(容量・kW)を売買する仕組みのため、老朽化した石炭火力や原発による電力容量も同じ価格で買い取られ、温存につながるからだ。7月に入札された落札価格は高騰し、再エネを調達する新電力にとっては負担が過大となり経営の危機が起きかねない。菅首相が表明した「2050年CO2実質ゼロ」にも矛盾する。仕組みも複雑でわかりにくい容量市場について、市民団体「eシフト」で事務局を務める吉田明子さんに課題を聞いた。(環境ライター箕輪弥生)

国は火力発電所の新設を目論んだが・・・

――容量市場が今年創設されましたが、これはどのようなものか簡単に教えてください。

吉田明子さん(以下、敬称略):容量市場とは、一言でいうと4年後の発電容量を取引する市場です。発電容量というのは発電所が発電できる能力のことです。

――国(経産省)はどのような目的で容量市場を作ったのでしょうか。

吉田:電力自由化によってさまざまな電力会社が自由に電気を売り買いするようになりましたよね。そうすると太陽光や風力などの再生可能エネルギー(以下:再エネ)は燃料費がかからず、再エネが発電している時間帯は化石燃料より安いので、再エネの電気から売れていくことになります。そうすると火力発電の電気は売れ残ることになり、今後、電力市場で火力発電は売電収入が安定して見通せないということになってきます。

――それは市場原理から言って当然のように思います。

吉田:そうですね。ですから経産省は、「火力発電の採算がとれなくなって減っていくと電力不足になる可能性があるので、あらかじめ供給力を確保しておこう」と考えたのです。原子力発電についても同じで、電力自由化で総括原価方式がなくなると、原発の維持費などが十分に支えられなくなります。そこで考えられたさまざまな支援策、つまり実質的な補助金政策の一つが容量市場です。

――ということは、火力発電や原発の温存を考えて新設された市場ということでしょうか。

吉田:国や電力会社には火力などの発電所の新規建設を進めたいという意図があったと思います。火力発電所の新規建設には通常、計画・アセスメント後から3―4年かかりますが、先行きの見通しが立たないと事業は進められないので、あらかじめ4年後の発電能力を取引することでそれを担保しようという目論見です。ただ、古い火力発電所や原発の電力も、新しい火力発電所の電力も同じ価格で買い取られる仕組みとしたために、古い発電所を温存した方が事業者にとっては得となり、発電所の新規建設をしやすくするという経産省の意図した方向にもなっていません。

――同じ価格で買い取られるというのはどういうことですか?

吉田:「シングルプライスオークション」といって落札した電源はすべて同じ価格がもらえることになってしまったので、新設された電源も古い電源も同じ価格です。そのため、減価償却の進んだ古い電源をより長く使った方が得ですし、老朽化した石炭火力発電所や原発を温存するインセンティブになってしまいます。

古い発電所が金銭価値を生む容量市場の仕組み

――容量市場についての仕組みについてもう少し教えてください。7月に容量市場オークションが実施され、その結果、約定(やくじょう)総額は約1.6兆円、約定価格 1万4137円/kWと報告されましたが、売るのは誰で、何を売り、誰が購入するのでしょうか。

吉田:まず、日本全体で必要とされる発電容量を電力広域的運営推進機関(以下:OCCTO)が決めて、発電事業者に入札を求めます。これは目標調達量と言われていて、OCCTOは2024年度分として1.77億kW(予備率13%)と予測しています。そこに電力会社がこれだけ発電容量を持っていて、価格がいくらであれば運転ができますよと入札していくのです。OCCTOは、落札価格が決まるとそれより安く入札していた電源をすべて同じ価格で買い取り、4年後に、落札したすべての発電所に対して落札価格を支払います。そのお金は、すべての小売電気事業者から集めます。

――その落札価格(約定価格)が1万4137円/kWということですね。

吉田:この約定価格の決め方はとてもわかりにくいです。天然ガスの火力発電所を新設できる平均的投資価格を目安として需要曲線を作って、これと供給曲線との交点を約定点にして価格を決めるという方法です。今回入札したところ上限として設定された価格ぎりぎりの1万4137円/kWで約定しました。

――この価格の持つ意味や影響はどういうものでしょうか。

吉田:大手電力会社は発電所を持っているので、高い価格の容量市場収入が発電部門に入り、小売部門の支払いが大きいとしても「右手から渡して左手で受け取る」といった具合で、差し引きでみればさほどの痛手にはなりません。この背景には大手電力の発電部門と小売部門が一体化している、もしくは分離が不十分なことがあります。一方で、再エネ新電力は、発電所を十分に持っていないケースも多いので、払う一方で受け取りがない。つまり容量市場の価格の追加負担がそのまま経営負担になってしまうということになります。

――容量市場によって消費者の負担も増えるのでしょうか。

吉田:当然、消費者への転嫁ということが起こると思います。大手電力がすぐに値上げするかどうかは状況によって不透明ですが、再エネ新電力は値上げしないともたない状況になります。そして価格差が広がると、再エネを増やそうと頑張っている新電力が淘汰されてしまう可能性が危惧されます。電気代が全体的に底上げされ、市場淘汰が進んでから大手も値上げすることは十分に考えられます。

日本に容量市場は必要か

――日本の電力は再エネの伸びもあり、余力があるように思いますが、容量市場の必要性はあるのでしょうか。

吉田:そもそも国が容量市場を導入した大義名分が電力容量不足なので、それについて精査が必要です。現在、電源は余っていますし、将来的にも、適切な対策をとれば電源不足にはなりません。東北大学の環境科学者、経済学者である明日香壽川(じゅせん)教授は、さまざまなデータを分析し、将来、電力の供給力が問題となる可能性は低く「日本では容量市場は不要」と結論づけています。理由は、さらなる省エネや再エネ普及強化に加え、電力の地域間融通やデマンドレスポンス、需給調整契約、蓄電機能の強化などさまざまな方法で需給バランスをとることが可能だからです。それらを実施しないまま、あえて容量市場が選ばれました。

――菅首相が「2050年実質CO2ゼロを目指す」と宣言しましたが、容量市場の創設はその方向性と一致しているのでしょうか。

吉田:石炭火力や原発の温存につながり、再エネを妨げるため全く逆行しています。小泉進次郎環境大臣も、「再エネを最大限導入していく方向にある時に、容量市場がそれに反するのではないか」と9月から発言しています。容量市場は経産省マターですが、環境省はこの施策が国の方向と矛盾するということを積極的に言っていく姿勢を示しています。

――「eシフト」が考える容量市場の最も大きな問題点は何でしょうか。

吉田:日本でも気候危機が現実化し、「2050年にCO2排出実質ゼロ」と宣言し、もう化石燃料を使っている場合ではないという状況です。にもかかわらず、この市場によって古い原発や石炭火力を残すインセンティブになってしまっていることが一番大きな問題点だと思います。そして、これが消費者負担によって行われるという。原発に関しても再稼働して使おうとしているし、石炭火力政策も「抜本的に改革」するとされましたが、容量市場によって非効率な発電所の廃止さえも進まなくなってしまう可能性が高くなっています。

2つ目が、再エネ新電力に特に負担が大きい不公平な制度だということです。大手電力会社との格差が拡大して、再エネ新電力が淘汰されてしまう、それによって再エネの普及が阻害されてしまうという点です。電力自由化にも逆行しています。このことは、今年9月に経済産業省に出した「容量市場の見直しに関する要請」にも盛り込みました。

――海外にも容量市場はあると聞きましたが。

吉田:海外でも同じように電力自由化の中で供給不足になるということで容量市場、容量メカニズムが導入されている国があります。ただ、日本と同様、石炭火力の廃止政策との矛盾などが大きな問題となっています。英国では容量市場が国による補助金を禁止したEUのルールに反するという訴えが欧州司法裁判所に提出され、容量市場は一時停止となりました。その後、再開されたものの、制度は大幅に変更され、例えば今はCO2排出量の多い石炭火力は入札できないようになっています。

「eシフト」(脱原発・新しいエネルギー政策を実現する会)
http://e-shift.org/
国際環境NGO FoE Japan、原子力資料情報室(CNIC)、グリーンピース・ジャパン、気候ネットワーク、市民電力連絡会、環境エネルギー政策研究所(ISEP)など、60を超える市民団体、国際NGO、環境NPOが参画する持続可能なエネルギー政策を実現させることを目指した団体・個人の集まり。
参考:10月15日 オンラインセミナー「衝撃の容量市場結果―再エネ新電力は生き残れるか」

吉田明子 (よしだ・あきこ)
国際環境NGO「FoE Japan」気候変動・エネルギーチームリーダー。3.11後にできたネットワーク「eシフト」事務局や2015年にスタートした「パワーシフト・キャンペーン」事務局なども担当。エネルギー政策に市民の声を届ける観点で活動している。

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箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。

http://gogreen.hippy.jp/